第171話 紅茶と恋と花束と - 02 -


「ようやっとくっついたんだって? おめでとう、オリアナ」


 完璧な笑みを浮かべ、完璧な声色で言うミゲルを、オリアナはじっと見つめた。


 ミゲルだ。確かに、ミゲルである。


 彼はいつも余裕な態度を崩さないし、いつも笑顔を浮かべている。今日の様子にも、特別おかしなところは無い。

 だが、昼休みになり、ヴィンセントと共に第二クラスに来たミゲルに、オリアナは言い知れない違和感を抱いた。


「食堂まで一緒行こ。今日はオリアナの好きな麺料理あるってよ」


 明るい声で言うミゲルの前面に、オリアナは回り込んだ。足止めをされたミゲルが「ん?」と小首を傾げる。


「……ミゲル、今日ピクニックにしよ」

「え。麺は流石に持って行け無いと思うけど」

「ヴィンセント、今日お外で食べてもいい?」

「かまわない」


 ヴィンセントは「頼んだ」という目でオリアナを見ている。その目を見たオリアナは、今日ヴィンセントが呼びに来た理由を、ほぼ間違い無く正確に理解出来た気がした。


「よし! 食堂でバスケット貰って、お昼は三人で外で食べよ!」


 オリアナはパンッと両手を叩くと、ミゲルとヴィンセントを従えて、食堂に向かった。




***




 芝生の上にハンカチを敷いて座ると、食堂で貰ってきたバスケットを広げる。外で食べる生徒達のために、食堂は昼食の持ち出しにも対応していた。


「ミゲルはトマト好きだったよね。トマトの入ってるサンドウィッチあるよ」

「茶は僕が注ごう」

「ミゲル、チキン食べる?」

「骨付きがいいか? 無い方がいいか?」


「……ちょっとちょっと、なんなわけ」


 ミゲルが両手を突き出し、ストップをかけた。彼の前にだけ、料理をどんと盛られた皿と、お茶が用意されている。


「なんで俺、そんな気ぃ遣われてんの?」


 胡乱な目で見られ、オリアナはぱちぱちと瞬きをした。ヴィンセントを見ると、視線を逸らしている。どうやら、ヴィンセントはこういうのは不得手らしい。


「ミゲルが気を遣ってるから、お返ししようかなって」

「二人が付き合い始めたんだし、俺が気を遣うのは仕方無くない? ていうか俺、食堂では別々に食べようと思ってたんだけど」


 その空気を察したからこそ、オリアナはピクニックに誘ったのだ。この様子では第二クラスまでも、ヴィンセントが無理矢理連れてきたのだろう。


「強がっちゃって。淋しいくせに」


 オリアナが強気に言うと、ミゲルの完璧な笑みにひびが入る。


 オリアナは、ヤナとアズラクの結婚の報告を聞いた時、ヴィンセントに甘えに行くほど淋しくて仕方が無かった。

 ヤナは、オリアナとヴィンセントが付き合いだしたと伝えたら、オリアナから片時も離れないほど淋しがっていた。


 そしてオリアナもヤナも、それぞれ互いへの淋しさだけだ。


 なら、ヴィンセントとオリアナと三人でいるのが好きだと言って憚らなかったミゲルは、どれほど淋しいだろうか。


(けど多分、ミゲルは「淋しい」って言わない)


 オリアナにとっては異性の友人だ。ヴィンセントに、そしてミゲルにも誤解されたく無いのなら、必要以上の親しい行為は止めるべきだ。


 でも、ミゲルを満たしてあげられるのは、オリアナとヴィンセントしかいないとヴィンセントも思ったからこそ、今日オリアナを誘いに来たのだ。


 二人きりじゃないことに不服を感じないほど、ミゲルの笑顔の違和感は、オリアナにとっても一大事だった。


「いいじゃん。隠さなくったって。私とミゲルの仲でしょ」

「俺達どんな仲だっけ?」

「ちょーお友達」


 はい、とオリアナはチキンを突き出した。ミゲルは今日初めて、不服そうな顔を見せる。今日どころか、もしかしたら出会って初めて、こんな顔を見せてくれたかもしれない。


「オリアナ。どうしてもミゲルに手ずから食べさせたいなら、それは僕がする」

「待ってよ。俺もさすがにヴィンセントにあーんはされたくない」


 男子二人は渋々、自分達の皿に各自の手羽元のローストを乗せた。手に持っていたチキンを、オリアナは自分の口に運ぶ。


「大体、なんで付き合い始めた次の日に三人で食うの。今日くらい普通二人で食うだろ」


「そうだよ。そんな特別な日にミゲルを選んだ彼女を許してくれるのはヴィンセントぐらいだし、そんな特別な日にミゲルを連れてきた彼氏に喜ぶ彼女も、オリアナちゃんぐらいだね」


 ミゲルの顔が一瞬、ふて腐れたように歪んだ。この男、あまりにも完璧な仮面をつけすぎていて、きっと淋しがり方も忘れてしまったのだ。


「私はこれからヴィンセントとイチャイチャするけど、ミゲルと三人でワイワイも続行するんだから。成金出身なので、強欲なんです」


 付き合い始めたばかりのヴィンセントに浮かれてはいるが、隣でこんな風に拗ねられていては、冷静にもなるというものだ。


 宣言するように言ってやると、ミゲルはヴィンセントを見た。


「イチャイチャするんだって。ヴィンセント」

「……オリアナ」

「するよ! しますよそりゃ! 念願だもの! めっちゃするよ!」


「念願だって」

「ミゲル……」


 ミゲルが話を振る度に、ヴィンセントは眉根を寄せる。鬱陶しそうだが、ミゲルが少し調子を取り戻していることに安堵しているようで、いつものように冷たく切り捨てない。


 その空気を感じ取っているのだろう。ミゲルが大きな声をあげた。


「あーーーっ、もう!」


 叫ぶと同時に、ミゲルが芝生の上に仰向けに寝転んだ。灰色の空から隠れるように、両手で顔を覆う。




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