第162話 作戦H・L - 02 -


 ヴィンセントと話せないまま、三週間が過ぎていた。


(ヴィンセントに会いたい……)


 その思いばかりが日ごと募っていく。同じ学校で生活しているのに、まるで会えない。長期休暇の延長戦だ。いつ何処へ行っても、誰かが邪魔をしてくる。オリアナのストレスは最高潮に達していた。


 毎日馬鹿みたいに届く贈り物を見て、オリアナは大きなため息をつく。

 朝になると、寮の扉の外に趣味でもなければ嬉しくもない、見栄で塗り固められた贈り物が届く。それを、毎朝談話室で仕分けするのが、オリアナの最近の日課だった。


 馬鹿な男子の間では、誰がオリアナのパートナーになれるか――なんて賭けまで始まっているらしい。もう、オリアナが丁度いいから誘いたいのか、オリアナをダシに騒ぎたいだけなのか。きっとどちらもなのだろう。


 届けられる贈り物も、最初はストールや本など、そこそこまともな物が届いていたが――今は何を狙っているのか、藁で編んだ靴や、蛇の抜け殻なんてものまで届く日もある。


 日用品は寮に寄付して、貰い手がある物は寮内の子に配る。蛇の抜け殻を喜んで貰っていく子もいたので、何がツボにはまるのかはそれぞれなのだろう。もう当事者同士で勝手にペアになって欲しい。


「オリアナ、あれ貰うね~」

「どうぞー」

「これは?」

「いいよー」

「それも貰っちゃうね」

「あ。ごめん! それは私が!」


 ほとんどの物が貰われていった談話室で、オリアナは慌てて寮生から小さな花束を取り返す。


 それは、野草の花束だった。


 毎日届く花束は、花束と呼んでいいのかもわからないほど小さい。片手で簡単に握れてしまう頼りない花束は、いつも少し長い草で、ぎゅっと結ばれている。


 ここ数日、毎日届くこの花束だけが、荒みきったオリアナの心を慰めた。


「まだ寮の花瓶、余ってるかな」

「もう無くなったって言ってた気がする。うちの部屋にある小瓶使う?」

「借りてもいいの? ありがとう」


 寮生の部屋まで取りに行き、オリアナは瓶に水を入れ、花を生けた。花瓶を持ってオリアナとヤナの部屋に戻ると、ヤナが呆れた顔をする。


「また増えたの? もう置く場所も無いわよ」

「ごめん。邪魔にならないようにするから」


 ヨガをしているヤナは、床に物を置かれるのを嫌う。窓辺をなんとかやりくりして、日の当たる場所に花瓶を置いてやった。

 ヤナとオリアナの部屋は、もうすでに花瓶でいっぱいだ。その花瓶には全部、野草が飾られている。


 花瓶に飾られた野草をそっと撫でるオリアナを、ヤナが見つめる。


「その名も無い崇拝者――本当は誰か、わかってるんじゃないの?」


「えっ」


 驚いて、オリアナはヤナを見た。ヤナはオリアナの隣にぴたりと寄り添うと、オリアナの顔を覗き込む。


「オリアナがそんな顔をする相手は、いつも一人だわ」


 顔が赤くなったのを感じて、オリアナはむぐぐと唇を噛んだ。


(本当は、そうだったらいいなって、思ってる)


 でも、確信は無い。華やかな花束では無く、こんなに素朴な花を贈る意味もわからない。


 そもそも、最初に野草の花束が贈られ始めたのは、彼と知り合うずっと前――まだ入学すらしていない頃だ。


(きっと花屋に頼んだんじゃ無くて―― 一本一本、手で摘んでる。花の彩りやバランスの取り方も、昔贈ってくれてたのより、ずっと上手になってる)


 この花束を贈ってくれるのは、誕生日の花束と同一人物だと確信していた。毎年貰っていたのだ。貰った後は花瓶に飾り、毎日眺めた。見間違えるはずも無い。


(違う。彼じゃない)


 何度そう自分に言い聞かせても、こんな風に、心を込めた贈り物をしてくれる相手を――オリアナは一人しか思い浮かばなかった。


「いいの? このままで」


 ヤナが聞きたいことは、わかっていた。


(ヤナはこの恋を、殺さなくていいって言ってくれた)


 嬉しかった。

 まだ彼を――ヴィンセントを好きでいていいのだと、安堵した。この気持ちが自然に無くなるまで、大事に抱えておこうと思えた。


 けれど、どれだけ経っても、この恋が消えることは無かった。


 ヴィンセントを知る度に、思いは募っていく。向けられる視線一つにときめいて、期待して、馬鹿みたいに彼の面影をバースデーカードに探した。


(ならもう、答えは出てる)


 オリアナは、噛んでいた唇をぎゅっと引き締めた。そして、体を寄せているヤナの両肩を掴む。


「……ヤナ。私――ヴィンセントに会いたい!」





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