第143話 番外編 / 不透明な明日の僕ら - 02 -
ハイデマリーとの付き合いは、思っていたよりも順調だった。
ただ、一体どうやってこれまで、自分とただの友達のように接していたのかと疑問に思うほど、ハイデマリーは恋人となったカイの前では態度が違った。
カイが挨拶をするだけで、移動教室の時に隣を歩くだけで、重そうな荷物を持ってやるだけで――ハイデマリーは顔を真っ赤にして、拗ねたような顔をする。
その顔が、暗に好意を隠しているだけなのだとわかっているからこそ、カイは何も言えない。
ルシアンのようにからかうほど子どもでもなく、アズラクのように何でも無い顔をして受け止められるほど大人でも無い。
カイとハイデマリーの関係も意識も今までと変わったが、それが不思議と不快とは思えなかった。
***
露店に並べられているアクセサリーの中の、大ぶりのピアスが目に留ったからだ。
カイが足を止めて露店を眺めていると、勝手に話ながら前を歩いていたルシアンが、大慌てで戻ってくる。
「んだよ! 止まるなら言えよ~! 知らない人に話しかけてただろー」
隣でプンスコ怒るルシアンを無視して、カイはピアスを見つめる。
「カイ、穴開けてたっけ」
ルシアンがカイの耳たぶを指で持ち、勝手に穴を確認する。気持ち悪い手を払った。
「開けてない」
「あれ、見てたのピアスじゃねえの?」
「いや、ピアス見てた」
「んだよそれ」
笑うルシアンに返事をせずに、カイは気になっていたピアスを手に取った。真鍮で作られた、シンプルなわっかのピアスだ。穴に通して引っかけるだけの簡単な造りのピアスは、歪な円を描いている。
「おう兄ちゃん。それ見習いの作ったもんだから、オマケしてやるよ」
露天商がにやりと笑って金額を言う。
金額に問題は無かったが、背を押されたことで買いやすくなった。女の子に何かを買ってあげるなんて、初めてのことだ。人知れず緊張していたカイは財布を開いて、露天商の言うとおりの硬貨を支払った。
ポケットに入れたピアスを渡す瞬間を想像するだけで、カイの心は弾んだ。
ピアスを一目見た時から、ハイデマリーに似合うと思った。粗暴なイメージのハイデマリーだが、休日に私服を見る限りでは、女性らしい服装も好むらしい。
柔らかそうな耳にはいつも、ピアスをつけている。小ぶりな物が多かったが、大人びた彼女には大ぶりなピアスが絶対に似合うはずだと、いつもカイは常々思っていた。
友達の時には口に出すことも、またプレゼントとして贈ることも出来なかったが、今は違う。
カイはまだ、ハイデマリーが好きかどうかはわからない。だが、自分の一挙一動にこれまでとは全く違う反応をするハイデマリーを見るのは、楽しかった。
次は何をしてやろうか。
どうやったら喜ぶだろうか。
(何をしても、喜ぶだろうけど)
元が友達だったためか、これまでの恋人に対する気持ちとは違う親しみも感じている。
「うわっ。きしょ」
ポケットの中に入れたピアスを指でなぞっていると、頬が緩んでいたらしい。ルシアンが「えんがちょー」と眉を顰めてこちらを見ている。
「自分が上手く行ってないからってひがむなよ」
「上手くいってないことは無い!」
全力で否定しているが、上手くいっているとは言えないレベルなのだろう。
ハイデマリーがあの日、カイに持ってきたパウンドケーキと同じ物を、ルシアンもマリーナにあげたと言っていたが、そこから吉報らしき吉報はまだ聞かされていない。
「でもまぁ、意外だったわ」
「何が」
ルシアンが教科書をかったるそうに肩に乗せ、廊下をぶらぶらと歩く。
「カイとハイデマリーが付き合い出すと思わんかった。そんな空気無かったじゃん?」
「あー。俺も知らなかったしね」
ルシアンは唯一、ひねくれ者のカイが素直に話が出来る男友達だ。
「知らない? 何を?」
「ハイデマリーが俺のこと好きなこと」
「え、そうなん? むしろそっちからなん?」
「うん」
嘘をつくのもおかしな気がして、カイは素直に頷いた。
「そんなだからまぁ、俺もまだ好きかどうか、よくわかんないんだよな」
「へえー。その内じゃね?」
「な?」
好きだと胸を張って言えない自分が許された気がして、カイはまた、ポケットの中のピアスを指で撫でた。
***
(いや大丈夫! これはわかってた。わかってたやつだから!)
ハイデマリーはトイレの個室の壁に寄りかかり、半ば涙目で自分に言い聞かせていた。ゼエハアと肩で息をしているのは、具合が悪くなった振りをして医務室に向かったが、本当に医務室に入るわけにもいかず、こっそりとトイレに進路変更した時に走っていたからだ。
トイレの個室まで、授業開始を知らせるチャイムが響いてくる。ハイデマリーはこのままふて寝してやろうかと、壁に体をもたれさせたまま目を閉じる。
医務室に行くことになった原因を思い出す。
カイとルシアンを見つけ、駆け寄ろうと思った矢先、二人の会話を盗み聞きしてしまったのだ。後ろから、何故ハイデマリーにばかり彼氏が出来るのかと嘆きながらやってきたコンスタンツェとエッダに青白い顔をしていることに気付かれ、医務室へと連れて行かれた。
――カイと付き合いだして、夢のような日々を送っている。
ずっと密かに好きだったカイが、自分の気持ちを受け止めてくれている。
友達とは違う距離で、傍に居続けられる。びっくりするほどいつも通りの振る舞いは出来ていないが、カイが呆れている様子でないことに救われていた。
カイのことは、傍にいる内になんとなく好きになっていた。
自分の気持ちに気付いたら、特別扱いしないことが難しくて、特別扱いされてるんじゃ無いかと思う度に苦しかった。けれど、全員仲の良い第二クラスの中で、告白して気まずい空気を作る勇気は無かった。
一生言うつもりが無かった気持ちを、お菓子と一緒に差し出したのは、完全にノリとテンションだった。今だったら、絶対に言えなかっただろう。
『俺もまだ好きかどうか、よくわかんないんだよな』
思い出す、カイの言葉。少し困っているような声の響きに、自分には出して貰えない素直なカイの心を垣間見た気がした。
(好きって言って、受け入れて貰えて、それで十分じゃん)
きっと互いに好き同士で付き合い始めるよりも、こういう始まり方の方が、世間的にも多いはずだ。
(ダメだな、多くを望みすぎだ)
受け入れてもらえるとすら思ってなかったのに、まだ隣で笑えるんだから、オッケーだ。そうだ。違いない
(くっそ。泣き止め)
いつの間にか、瞑った瞼の隙間から流れていた涙を、ローブの裾でぐぐっと拭った。
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