第130話 朝焼けに雫 - 02 -
一人、また一人と。
夜の闇に倒れていく。
気付けばシートの上は屍の山になっていった。全員が寝転べるほどのサイズでは無かったため、男子は頭だけシートの上に乗っているようなものだった。
「……寝ちゃってた」
夏で良かったと言わざるを得ない。少なくとも、凍死は免れた。
寮に帰宅したら、無断外泊について寮母に散々怒られるかもしもしれないが、殺されることは無いだろう。甘んじて受けよう。
目を擦りながら起き上がったオリアナは、自分の体にローブをかけられているのに気付く。ヴィンセントとミゲルのものが、二枚もかかっている。通りで暑いはずだ。
ヤナはブランケットにくるまり、座るアズラクに抱かれて眠っていた。いつもべったりとくっついているため、あまり違いはわからないが、起きたらさすがにびっくりするのだろうか。
二度寝をする気にはなれない。
皆の寝顔を勝手に眺めるのも良くないと思い、オリアナは座ったままぼうと空を眺めていた。
「……起きていたのか」
「ヴィンセント。おはよ。ごめんね、私、寝ちゃってたみたいで……」
ヴィンセントが起き上がり、首を回す。シートも無く、屋上の煉瓦の上に直に寝ていたヴィンセントの体はバキバキだろう。
「仕方無い。流れ星が遅かったからな。それより、こちらこそすまない。寝ている君を抱えて、屋上から階段を下りるのは危険だと思った」
「とんでもない。お泊まり会みたいで楽しかったよ」
「そう言ってくれると信じていた」
ヴィンセントが隣に座る。「んんっ……」と口を開けないまま、声が漏れた。あくびを噛み殺したのだろう。
自分も起き抜けを見られていることを急に自覚し、髪を手ぐしで整える。ヴィンセントが自分のローブをたぐり寄せ、オリアナの頭にかけた。
「……僕もようやく、君とパジャマパーティーが出来た」
「え? パジャマじゃ無いよ、これ」
「パジャマじゃ無いと、パジャマパーティーでは無いのか?」
「多分、そうだと思う?」
パジャマと名が付くのだから、パジャマでなければならないだろう。
「ていうか、私が他に誰とパジャマパーティーをしたの?」
「一度目の人生で、君は僕だけを仲間はずれにして、このメンバーでパジャマパーティーをしていた」
「えっ……一度目の人生のオリアナちゃんが非道ですみません……」
「全くだ」
ヴィンセントが憤慨したように言う。だが、その顔はひどく優しかった。
二度目の人生ジョークに、今度はちゃんと返せたようだ。嬉しくてオリアナの顔も綻ぶ。
「君は、マハティーンさんらのことを祈ったのか?」
「流れ星に? ううん」
(なんでヤナ?)
不思議に思ったことがそのまま顔に出たのだろう。ヴィンセントは苦笑を浮かべた。
「すまない。君は彼女らの試練の行く末を、気にしているだろうと思って」
昨晩ヴィンセントはやはりヤナ達を見ていたのだ。ヴィンセントがヤナ達の試練に興味を持っていたとは知らなかったため、オリアナは驚いた。
「うん。もちろん気にしてる。……どう進むのが一番いいのかはわかんないけど、ヤナ達が納得がいくように、終わって欲しい」
誰が勝っても、ヤナは失恋する。
なら、一戦でも多く、一秒でも長く、アズラクに負けないでいて欲しい。
「そうだな。……僕も、そう思うよ」
神妙にヴィンセントが頷く。
自分の友人のことを、ヴィンセントが気にかけてくれたことが嬉しくて、オリアナは柔らかく微笑む。
「……眠い。眠い……眠い」
皆を起こさないよう、ヴィンセントと小声で話をしていると、もぞもぞとミゲルが動いた。
「眠い」
匍匐前進してきたミゲルが、ヴィンセントの腰にしがみつく。ラブラブなカップルのような格好だ。
「ミゲル。離れるんだ」
「眠い……」
なら寝ていたらいいのに、ミゲルはヴィンセントから離れようとしなかった。オリアナはふるふると震える。
「ミゲル、可愛い……寝起き悪いんだ……」
「眠い」
いつも余裕綽々のミゲルの、意外な一面にきゅんとしていると、ヴィンセントがミゲルの頭をがしっと掴んだ。わしゃわしゃと、強くミゲルの髪をかき乱す。
「起きるなら起きろ」
「んだよー……」
先っぽを結んだままだったミゲルの髪が、あり得ないほど爆発している。
「ミゲル、こっち座って。髪の毛したげる」
「んー……」
のそのそと歩いてきたミゲルが、ヴィンセントの隣に座る。そのままヴィンセントに寄りかかるものだから、「重い」とヴィンセントに体を押し返される。
ミゲルの長い髪に結ばれていた紐を解いて、オリアナは指を櫛にして梳く。ぴょんぴょん飛び跳ねているが、滑らかで綺麗な髪だった。
座ったままミゲルの髪を編んでいると、こくん、こくんとミゲルの首が船をこぐ。
「毎朝こんな感じなの?」
「まあ、大抵」
それは四年間、大変だっただろう。オリアナもヤナも寝起きは悪くないため、ヤナに強制的にヨガをさせられそうになること以外、朝に苦労したことは無い。
「オリアナ、紅茶を飲むか?」
「まだ残ってる? じゃあこれ、結び終わったら貰うね」
不思議な気分だった。朝起きておしゃべりして、ミゲルの髪を編みながら、ヴィンセントがお茶を入れてくれる。こんな日を想像した事なんて一度も無かったのに、まるで違和感が無い。
「あっ――ミゲル、起きて。ミゲル。朝日だよ」
紐を丁度結び終える頃、建物の端から朝日が見えた。少しずつ顔を出す朝日に、目を細める。
「綺麗だね、ミゲ――」
ミゲルの顔を覗き込んだオリアナは、息を呑んだ。
ミゲルの綺麗な瞳に朝日が反射し、目の端からこぼれた涙がキラリと光っている。
「……まぶしい」
途方に暮れた子どものような声で、ミゲルがぽつりと呟いた。
「そ、そうだよね。急だったし、ごめん。急に起こしちゃって」
頭からかけてもらっていたローブを掴み、ミゲルの涙を掬う。黙って下を向いたミゲルの灰色の目から、ぽろぽろと涙がこぼれた。
「ミゲル。どうしたの? そんなに眩しかった? 目、痛い? 何か入った?」
オロオロとするオリアナに、ミゲルが一つ頷いた。
「大丈夫。涙と一緒に出て行くからね」
「どうした?」
お茶を注いでくれていたヴィンセントが、異変に気付いて戻ってくる。
慌ててミゲルの様子を見せると、ヴィンセントもひどく驚いた顔をした。
いつも掴み所のないミゲルが、こんなに無防備に泣くなんて、二人とも、とても信じられなかったからだ。
「……願いなんて、無かった」
涙をこぼしながら呟くミゲルの声は、酷くひしゃげていた。
「俺は全部貰ってるから――もう充分、幸せなんだよ」
オリアナは首を傾げつつ、涙を拭った。
「……何があったんだ?」
流れがわかっていないヴィンセントがオリアナに尋ねる。しかし、オリアナも胸を張って説明できるだけの自信は無い。ミゲルの顔を覗き込んで尋ねる。
「目にゴミが入っちゃったらしいんだけど……ね? ミゲル? もしかして、寝ぼけてたりする……?」
「そうか。ミゲル、辛い夢でも見たのか?」
「ほーら、ヴィンセントくんだよ~。抱きつく?」
ヴィンセントを差し出すと、ミゲルがぎゅっとヴィンセントに抱きついた。そのまま、巨体でぎゅんぎゅんと締め上げる。
「っ――ミゲルッ、こらっ、締め殺す気かっ!」
焦ったヴィンセントが割と強めにミゲルの背中を叩いて手を外させようとしたが、寝ぼけたミゲルは朝日がゆっくりと昇る間、ヴィンセントを締め上げていた。
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