第124話 [デート] 恋い慕う相手と会うこと。その約束。 - 11 -


 いざ二人きりで向き合うと、緊張した。ミゲルがどれほど自然に、いい雰囲気を作ってくれていたのか、ありありとわかる。


 だが、謝ると決めたのだ。オリアナは勇気を振り絞って、口を開いた。


「ヴィ――」

「オリアナ」


 言い出しが被ってしまった。互いにハッとして、顔を見合わせる。

 ヴィンセントは何かを言おうと口を開いたが―― 一度閉じ、そして言った。


「先に、いいか?」

「う、うん」


「……さっきは、きつい言い方をして悪かった」

「――私の方こそビーゼルさんに上手く話せなくて……ごめんなさい」

「君が謝る必要は無い」

 オリアナはぶんぶんと首を横に振った。


「それに……それに、今日、楽しかったのに。無かったことにしちゃって……本当にごめんなさい」


 言っていると、涙が浮かんだ。


(謝る時に泣くなんて、最低)


 オリアナはぐるんと後ろを向いた。声が震えてしまったので、泣いていることに気付かれたかもしれない。泣けば済むと思っている卑怯者だと思われたく無かった。


「ごめんなさい。すぐに……」


「オリアナ、見たい」


 カシャンと音が鳴る。


 ランタンを地面に置いた音だと気付いたのは、後ろから抱きしめられるように、両手首を掴まれた時だった。


 驚きすぎて呼吸は止まったのに、涙は更に溢れた。背中に伝わる体温が、温かい。


「見せて」


 ぐるんとこちらを向かされる。涙を堪えようと必死に顔中に力を入れた顔は、不細工に違いない。


「み、見るなぁ」


「はははっ。子どもみたいだ」


(わ、笑った。また。二度目だ)


 ヴィンセントが、本当に楽しそうに、嬉しそうに笑った。笑い声に、信じられないほど甘い優しさが含まれているようで、オリアナは更に涙をこぼした。


「やだ。泣きたくない。止めて」

「どうやって?」


 ヴィンセントは、パッと両手を開いて手首を離した。

 自由になった手で、顔を覆う。鼻水が漏れそうだった。


「友達なんだから、頑張って!」

「なら、抱きしめても?」

「それは駄目」


(泣き止ませるのに抱きしめるって――なんでだよ! このすけこまし! 期待させるな。今日はもう、許容オーバーだ)


「うーん……」


 悩ましげな声が聞こえる。オリアナは一秒でも早く泣き止もうと、顔に必死に力を入れ続ける。


「これは誰にも言ったことが無い話なんだが」


 ぴくり、とオリアナの耳が動いた。「うん」と、ダミ声で答える。



「実は僕――これが二度目の人生なんだ」



 へ? と間抜けな声を出して、オリアナは顔を上げた。



「前の人生でも、君とはそこそこに親しくてね。今日のように『死んでも忘れない』と、君は僕に言ったことがある。けれど、死んだ君は、見事に全てを忘れてくれていたというわけだ」



 真剣な表情で、真っ直ぐとオリアナを見ながらヴィンセントが言う。


 大きくゆっくりと、オリアナは瞬きを一度した。


 瞬きの拍子に、睫毛についていた涙が目尻を流れた。頬を伝った涙が顎から落ちた。


「なんてな」


 ヴィンセントは表情を和らげて口角を上げる。


「止まったか?」


「――止まった」


 びっくりすることに、涙は止まっていた。


「……ふふっ」


 ヴィンセントが下手な冗談で慰めようとしてくれたことも、そんなことで泣き止んでしまった自分もおかしくて、オリアナは気付けばくすくすと笑い出していた。


 そんなオリアナを見て、ヴィンセントも笑顔を浮かべる。


 その笑顔を見て、体中から力が抜けてしまいそうなほどほっとした。


「……ねえ、また。仲良くしてくれる?」

「それを言うのはこちらのほうだ。――友達でいてくれ、オリアナ」


(きっともう、”お友達”は、称号じゃなくなった)


 友達と言われて辛いはずなのに、凄く誇らしかった。ヴィンセントにとって、汗だくで走り回って、下手な冗談を言って涙を止めようとする相手に、なれているのだから。


「ありがとう、ヴィンセント」



(なら、いいや)


 オリアナは心から笑った。



(――この場所を、大事に守ろう)




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