第123話 [デート] 恋い慕う相手と会うこと。その約束。 - 10 -


 闇雲に走りすぎた。


 学校内をうろうろとしていたら、すっかり夜になっていた。

 暗くて視界が狭い上に、庭や道は似ている場所が多い。オリアナは今、学校どの辺りに立っているのかもわからなかった。四年も通っていて、情けないことこの上ない。


 今日はローブも羽織っていないため、魔法灯ランタンも持っていない。点在する街灯を頼りに、オリアナはとぼとぼと歩いた。


 オリアナがキョロキョロと辺りを見渡しながら、建物沿いに歩いていると、何かにぶつかった。


「んぷっ」


「んっ、悪い――オリアナ?」


 鼻からぶつかってしまったのは、ミゲルだった。ミゲルが掲げた魔法灯ランタンが、彼の顔を照らす。建物の死角からやってきたミゲルに、出会い頭に衝突したようだ。


「なーにしてんの? 駄目だよ。こんなへん一人でウロウロしてちゃ。ヴィンセントに連れ込まれた?」


「えっ?! いやいや、連れ込まれたとかじゃ……でも助かった。ミゲル。ここ、何処?」


 縋ってきたオリアナを見て、ミゲルはぷっと吹き出した。


「まさか迷子になってたの? 学校内で? オリアナそれは流石に笑える」

「笑ってないで助けてよー」

「これ、男子寮」


 ミゲルが「これ」と指さしたのは、今までオリアナが壁沿いを歩いていた建物だった。


(わかんないはずだ……男子寮の方なんて、近付いたことも無い)


 別に、近付いてはいけないというルールは無い。だが、女子生徒には中々近付きにくい場所である。


「おかえり。その様子じゃ、あんまりいいデートじゃなかったっぽいな」


 ぽんぽんとミゲルが頭を叩いた後に、髪をくしゃりとされた。行きは遠慮されていたのに、もうそんな必要が無いことをミゲルは知っているのだ。


「いいお出かけだった。でも、私が台無しにした……」


 後悔が滲んだ声は弱り切っていて、オリアナはぎゅっと唇を噛みしめた。


「ふむ」


 ミゲルが私服のポケットを漁る。


「じゃーん」


 と言って取り出したのは、いつものスティックキャンディだ。


「お兄ちゃん、飴持ってるんだけど、いいとこ行かない?」


 オリアナは、つい吹き出した。


「……知らない人がお菓子をくれるって言っても、ついて行っちゃいけません。って教育受けてるんだけど――知らない人じゃ無いから、いっか」


 笑って飴を受け取ると、堪えていた涙がぽろりとこぼれた。けれどミゲルは気付かないふりをしてくれて、何も指摘しなかった。


「じゃあ行くか。何すっかなー。夜食持ってピクニックでも行く?」

「いいね、楽しそう」


 飴を握るオリアナの背を、ミゲルが押す。隣に立つとよくわかるが、アズラクと同じほどミゲルも大きい。すぐ隣に並ぶと、思いっきり首を傾げないと顔が見えなかった。


「――ッオリアナ!」


 ミゲルと共に歩き出そうとした時、切羽詰まった声がした。驚いて見渡すと、魔法灯ランタンを持った腕を口元にあて、肩で息をしているヴィンセントがいた。


「……ヴィンセント?」


(いつも沢山走っても、息一つ乱さないのに……)


 ほのかな灯りで照らされたヴィンセントは、息苦しそうな程に大きく体を揺らして呼吸をしている。


「よかった……マハティーンさんに聞いたらっ……まだ、部屋にはっ、戻ってないと……言うから――」


 息切れしながらなんとか紡ぐヴィンセントの言葉に、オリアナは胸がぎゅっと締め付けられた。オリアナが逃げ出した後、部屋にも戻っていなかったから、きっと学校中を走り回って探してくれたのだ。


(こんなに、息が切れるほど)


 駆け寄ろうとしたオリアナを、ミゲルが止める。オリアナの手首を引き、よろめくオリアナを自分の背中に押しやる。


「ヴィンセント、どした?」


「――ミゲル。っ少し……オリアナと、話がしたい」


「残念。ヴィンセントのお願いを聞いてやりたいけど、俺、オリアナも友達だから」


 ミゲルが、ヴィンセントから遮るようにオリアナの前に立っている。

 まさか断られるとは思っていなかったのだろう。ヴィンセントは目を見開いてミゲルを見る。


 澄ました顔をしてヴィンセントと対峙するミゲルの背で、オリアナは唖然としていた。


(……もしかしてミゲル、私をヴィンセントから守ろうとしてる……?)


 何が起きているのかわからずぽかんとしたオリアナは、思い至った可能性に愕然とした。オリアナは慌ててミゲルのシャツを引っ張る。


「ミ、ミゲル! 私、ヴィンセント、怖くないよ!」


「ほんと? なんかされたとかじゃない?」


「違う! 違う違う! 大丈夫!」


 首だけ振り返りながら、ミゲルがオリアナを見下ろした。


 オリアナが一人でこんな場所をふらふらとしていたのは、ヴィンセントに手を出された――もしくは、それに準ずる行為があったのでは無いかと、ミゲルは危惧しているのだ。


(そんなことあるわけないのに)


 いくらデートとはいえ、ヴィンセントがオリアナに手を出すはずがない。ましてやヴィンセントは恋人でも無い女子に、手を出したりする人では無い。


 親友に、そんな嫌疑を向けなければならないミゲルにも、そんな嫌疑を向けられたヴィンセントにも、申し訳なさすぎて仕方が無かった。


「――オリアナが怖がることはしない。約束する。走り回って、頭も冷えた」


 呼吸を整えながら、ヴィンセントが固い声を出す。ミゲルは、オリアナに「どうする?」と尋ねた。


「追っ払ってやってもいいよ」


「……大丈夫。私もちょっと落ち着いたから。謝れるよ」


 しっかりと頷いて言うと、ミゲルがオリアナの頭を撫でた。先ほどよりも乱暴に撫でられる。バッチリと編み込んでいたので、もう修復不可能な髪になってしまっているに違いない。


「わかった。オリアナ、変なことされたら大きな声で呼んで」


「ヴィンセントはそんなことする人じゃないよ」


「わかった。じゃあヴィンセント、オリアナに変なことされたら大きな声――」


「いいから、行ってくれないか」


 ちぇー、と唇を突き出したミゲルは、オリアナに手を振ってその場を離れた。先ほどの言い分だと、どこか近くにはいるつもりなのだろう。






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