第122話 [デート] 恋い慕う相手と会うこと。その約束。 - 09 -


 ラーゲン魔法学校の正門に辿り着いた頃にはもう、夕日は山の端にかかっていた。辺りはもう、随分と薄暗くなっている。

 正門が閉まる前に帰り着くことが出来て、オリアナはほっとした。


 守衛に帰ったことを報告し、門を抜けると驚くべき人が待っていた。


「ヴィンセント!」


 門の塀にもたれかかっていたのは、シャロンだった。


(こんな遅くまで、いつ帰ってくるかもわかんないヴィンセントを、待っていたの?)


 突然走り出したせいか、シャロンの足がもつれる。ヴィンセントが腕で抱き留めると、そのままシャロンは自然な仕草でヴィンセントの腕に手を巻きつけ、寄りかかった。


 オリアナの胸がぎゅっと締め付けられる。足も自然と止まっていた。


「シャロン?」


 訝しげな声だった。シャロンはヴィンセントを見て、そしてオリアナを見た。彼女の美しい顔が、青ざめる。


「……ヴィンセントを探してたら、朝から出かけていると聞いて……二人で出かけていたの? まさか、デート?」


 苦しみを堪えるような悲しい声に、オリアナは咄嗟に首を横に振った。


「ち、違います! 全然デートとかじゃなくって! さっき、偶然そこで会って、一緒に帰って来ただけです! ……ね? ヴィンセント」


 ヴィンセントのために、シャロンにだけはデートと勘違いさせるわけにはいかない。

 慌てて言い訳を口にし、オリアナは横にいるヴィンセントを見上げた。


 安堵し、同意するだろうとばかり思っていたヴィンセントは、冷ややかな目でオリアナを見下ろしている。


「――そうだな」


 抑揚のない声だった。


 先ほどまでの楽しかった時間を、自分が台無しにしてしまったことをオリアナは悟った。


『さっき、偶然そこで会って』


 自分が言った言葉に後悔する。


(……今日の楽しかった全部の時間を、否定してしまった。死ぬまで忘れないって、言ったくせに)


 ヴィンセントの言ったとおり、オリアナは嘘つきだ。更にはヴィンセントにまで、シャロンに嘘をつかせてしまった。


「ビーゼルさん……ごめんなさい。デートだって言われて、びっくりして否定しちゃったけど、本当は一緒に買い出しに行っていたんです」


 一つずつ懸命に築いていたヴィンセントとの友情を、自分で粉々にしてしまったオリアナは、深々と頭を下げた。


「でも、私達はただの友人で! お互いにそういう気持ちは全く無くて――!」


「オリアナ」


 凍り付くほど冷たい声に、オリアナはびくりと肩を揺らした。


「それで十分だ」


 ヴィンセントは微笑んでいた。けれど、どれほどヴィンセントと親しくない者であっても、それが本心からの笑顔でないことは、すぐに見破れただろう。


 そんな笑みを向けられて――情けなくて惨めで、辛かった。


「――じゃ、じゃあ。私はこれで」


 あんなに楽しかった日に、こんな気持ちで別れるとは思っていなかった。


 オリアナは頭を一つ下げると、走って逃げた。




***




「シャロン」


 去って行くオリアナの後ろ姿を、ヴィンセントはじっと見つめていた。身のうちに渦巻く苛立ちを堪え、厳しい目をして従姉妹を見た。

 ヴィンセントの腕を支えに立つシャロンが、びくりと体を揺らす。


「この間から君は、一体何をしている?」


 自分が思っている以上に、冷淡な声が出た。先ほどオリアナに言われた言葉に、腹が立って仕方が無かった。


『全然デートとかじゃなくって!』

『私たちはただの友人で、お互いにそういう気持ちは全く無くて――!』


 腹の奥がシンと冷える。


(知っている。浮かれていたのも、楽しみで仕方が無くて眠れなかったのも、僕だけだって知っていたことじゃないか)


 だが苛立ちが抑えきれなかった。シャロンさえ出てこなければ、きっとオリアナと楽しい思い出のまま、別れることが出来たはずだ。


 もしかしたら本当に、次の約束も取り付けられたかもしれなかったのにと思えば思うほど、この従姉妹が憎たらしくて堪らなかった。


「君に、何の権利がある?」


 怒気を孕んだ威圧的なヴィンセントの言葉に、シャロンは青ざめた顔で離れ、一歩下がった。


「君が始めたことだ。逃げるなんて許さない」

「お、お母様が――」

「叔母上が?」

「貴方に、親しい友人が出来たと、耳にして……」


 ヴィンセントは舌打ちしたい気分だった。


 二巡目でシャロンが近付いてきた理由も、それなのだろう。特にヴィンセントと学校内での親交など無かったくせに、オリアナと喧嘩をした頃を境に、突然またすり寄り始めた。あれも、叔母からの指示だったのだ。


「君で、僕を繋ぎ留めておけと?」


「お母様の性格、わかるでしょ? 私が何を言っても、聞かないのよ!」


「君と苦労を共有する気は無い」


 きっぱりと言い切ると、シャロンが怯んだ。これまで、これほど冷たい態度で彼女に接したことは無かったからだろう。


 ちらほらと正門前にいた生徒達が、シャロンとヴィンセントの不穏な空気を察して、注目していた。ヴィンセントはシャロンを連れ、建物の裏に回る。


「ヴィンセント、私は――」


「言われないとわからないのか、シャロン。母はお前に同情している。幼い頃に利用されたお前を憐れみ、気にかけてやっているに過ぎない。表立って不仲を表明するつもりは無いが、あのことを、我が家の誰も忘れてはいない」


「――私はっ……知らなかった!」


「それでも、許されないことだ」


 だからこそ、ヴィンセントはシャロンに罪悪感を抱いていた。しかし、これ以上オリアナとの仲を邪魔されるのであれば、別だ。


「あんな、あんな事件が無かったら……」


「無くても変わらない。僕は君を選ばない」


 シャロンが愕然としてヴィンセントを見た。


「僕が許すのは、従姉妹までだ。これ以上踏み込むのなら、僕もそのつもりで対処する」


 これで話は終えた。ヴィンセントはオリアナを追いかけようと、踵を返す。


「待って、ヴィンセント! だって、じゃあなんで、ずっと女の子を遠ざけて――」


 シャロンは、ヴィンセントが女性を遠ざけていたために、ヴィンセントが自分との婚約をやり直すつもりがあると信じていたのだと察する。しかし、そんなことを知ったところで、ヴィンセントの気持ちは変わらなかった。


「理由が叔母上だけで無いのなら、なけなしの誠意をもって君に答えよう」


 ヴィンセントは振り返り、涙を流すシャロンに言った。


「昔から、ずっと好きな人がいる」


 そしてそれは、君じゃ無い。


 よろめくシャロンから視線を剥がし、ヴィンセントはオリアナを探すために走った。





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