第119話 [デート] 恋い慕う相手と会うこと。その約束。 - 06 -


(可愛い)


「……本当にこれを持って食べるのか? どこに座るんだ?」


(可愛い)


「串まで熱いんだな」


(可愛い)


「は? かぶりつく? ……さすがに冗談だろう?」


(可愛い)


 オリアナはヴィンセントをにこにこと見ていた。にこにことしすぎて、頬の筋肉がそろそろ痛い。





 二人で街をぶらぶらとしていると、魚焼きの露店を見つけた。火鉢に並ぶ魚を刺した串を指さし、あれは何をしているんだと尋ねてきたヴィンセントと、一本ずつ串を買う。


 先ほどのように植え込みのブロックに腰掛け、オリアナは膝の上に二枚目のハンカチを敷いた。


 香ばしく焼かれた魚の表面には、飾り塩がついている。

 何もかもが初めてのことに狼狽するヴィンセントに、オリアナは自分の分の串を差し出して、持って貰った。


「そっち貸して」

「ああ」


 ヴィンセントの串を受け取り、ヒレを取る。膝にかけたハンカチの上に、取ったヒレを置いて行く。ぽろぽろ、と塩もこぼれた。


 ヒレを取り終わると、オリアナはヴィンセントに串を渡した。自分の分も同じようにヒレを取る。


「こっちからね、かぶりつくと食べやすいよ。真ん中に骨があるから、気をつけてね」


 串の両端を両手で持つと、魚の背からがぶりと噛みついた。力をほぼ入れる必要もないくらい簡単に、ほろりと身が骨から離れる。細い糸のような骨が、魚から覗く。


「んん、んまぁい」


 オリアナの食べ方を目を丸くして見ていたヴィンセントも、おずおずと魚に背からかぶりつく。


「……美味いな」

「そうなの。美味しいの」


 オリアナは夢中で魚にかぶりついた。はらわたの、少し苦いところも非常に美味しい。


 あっという間に食べ終えてしまった。あと三本くらい買っておけばよかったかもしれない。


(魚を食べるまでは、胸がいっぱいでお昼ご飯なんて入らない……なんて思ってたくせに。現金な胃め)


 膝に置いていたハンカチをたたむ。ヒレはこの後、どこか捨てられる場所があったら捨てよう。


 唇に、魚の脂がついていた。舌でぺろりと舐め取った後、隣にヴィンセントがいることを思い出し、慌てて先ほどのハンカチの隅で拭う。


(見られたかな)


 ちらりとヴィンセントを見ると、目が合った。ガッツリ見られていたことに気付き、恥ずかしくなる。


「塩、頬にも付いてるぞ」

「え、嘘」


 魚の尻尾についていた塩が、かぶりついた時に付いたのだろう。指の背でぱっぱと払うが、「反対だ」と言われる。反対をさすっても、何かが落ちた気配は無い。


「落ちた?」


 オリアナはヴィンセントに顔を見せた。見やすいように頬を突き出す。

 これからまだウロウロするつもりなのに、塩を付けたままヴィンセントの隣を歩きたくない。


(あ。鏡持ってたんだった)


 リュックから手鏡を出そうとしたオリアナに向け、串を持っていたヴィンセントの手が、すっと伸びてきた。


(えっ、あっ、ええ?!)


 頬にヴィンセントの指が触れる。指先は汚れていたため、指の背で撫でたのだろう。たどたどしく触れる手つきに、ぞわりとした。甘い痺れが体に波紋を広げる。


「と、取れた?」

「……指の汚れが付いた」

「え……じゃ、じゃあそれも、取ってくれる?」


 まだ指を離してほしくなかったオリアナは、ドギマギとしながら尋ねた。やり過ぎだろうか。不審に思われなかったろうかと、待っていると、低く、掠れた声が届いた。


「ん」


「……」


 オリアナは目をぎゅっと瞑った。


(――ん、って何。んって何!?)


 唐突なウィスパーボイスに頭が爆発しそうなのに、突然可愛くならないでほしい。


 くすぐられる頬の感触が、目を瞑ったことで鮮明になった。顔が赤くなりそうなくらい、熱くなってきている。


 撫でる指は、オリアナの頬の感触を面白がっているようだった。柔らかく押して、少しなぞって、思い出したかのように擦る。


(駄目だ)

 唇が震える。


「ヴィ、ンセント」


 息を呑んだ気配がして、オリアナは薄めを開けた。


「……まだ?」


 いつのまにか涙まで滲んだ瞳で、オリアナはヴィンセントをそっと見た。ヴィンセントはどこか虚を突かれたような顔をしている。


「……ようやく取れた」

「よかった」


 ヴィンセントの指がそっと離れる。


(本当に良かった。これ以上されたら、多分溶けてた)


 深呼吸を繰り返す。

 何故か隣で、ヴィンセントも深呼吸をしていた。





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