第116話 [デート] 恋い慕う相手と会うこと。その約束。 - 03 -
(どうか、知り合いに会いませんように……)
ラーゲン魔法学校に敷かれた、煉瓦の道を歩く。昨日の内に外出申請は出しているので、ヴィンセントと待ち合わせをしている正門に、そのまま向かう。
結局一晩考え抜いた服装は、春らしいトップスにスカートというシンプルなものになった。
今は亡き母に、立派な安産型に産んでもらったオリアナは、ズボンが究極的に似合わない。ワンピースは女を意識しすぎているように感じられそうで止めた。はっきり言って、数時間も悩んだくせに、消去法だった。
オリアナの所持する服の中では、裾が一番長いスカート。デコルテを隠すデザインのブラウスの上に、体型を意識させすぎないだぼっとした上着を羽織った。袖口はリブで絞られている。緊急時には腕まくりも楽ちんなため、機動性にも富んでいる。万が一何かあれば、公爵家嫡男の命は自分が守る所存だ。
何を買ってもヴィンセントに持たせることが無いよう、大きめのリュックも背負った。ハンカチも入れた。予備にと、全部で三枚入れた。
靴は踵の高いベロアのパンプスにしたかったが、街デートだということを考慮して、紐のついている編み上げブーツにした。
(大丈夫……。朝早くから来てくれたアズラクには「よく出来ました」をもらえた……きっと大丈夫……)
初デートを父母に見送られるようで恥ずかしくて仕方が無かったが、どうしても男性の意見が無ければ安心できなかった。アズラクには今度、酒でも贈らせていただくつもりだ。
ヤナがしてくれたリンパマッサージのおかげで、顔のサイズもいつもの半分くらいになっている。盛りすぎた。だがそのぐらい、違う気分だった。
顎回りがスッキリとし、目がぱっちりとしている。前日にたっぷりと使ったオイルのおかげで、メイクののりも良かった。ただし、悲鳴は上げ続けた。
ヤナママとアズパパに見送られたオリアナは、数歩歩く度に立ち止まり、リュックのポケットに入れてある手鏡を取り出す。メイクは完璧に近かった。いつもの学校メイクよりも数倍の時間をかけた。ベースに力を注いだため、ぱっと見でそれほど気合いが入っているとはわからないはずだ。
(浮かれまくりってバレたく無いけど、いつもより可愛いって思われたい……あわよくば、ドキッとさせたい……)
これほど緊張したことは、人生で初めてかも知れない。オリアナは何度も自分の前髪を指で直しながら、のそのそと歩く。
「オーリアナ」
ビクンッ、とオリアナの体が震えた。後ろから肩をぽんと叩かれるまで、誰かが近付いていることに全く気付いていなかった。
「お、おはようミゲル」
会ってしまった。それも一番、オリアナが浮かれポンチな事に気付かれそうなミゲルに会ってしまった。
「おはよー」
ミゲルは私服だった。今日はオフの日にするのだろう。ヴィンセントとミゲルは基本的に、土日でも校舎や畑でなんやかんやしているので、基本的にローブ姿だ。私服を見る機会は少ない。
「ん?」
振り返ったオリアナを見たミゲルが、眉を上げる。
「ん? とは?」
「頬紅。いつもと違うじゃん」
「えー? ほんとー? なんでだろー?」
オリアナは馬鹿の子になった気分で、斜め上を見ながら、一生懸命「なんでー?」を繰り返した。
(そんなにわかりやすいかな……ミゲルの目が肥えているという可能性を捨てたくない……)
「いいじゃん。ふんわり載ってて可愛い」
「そう?! いつもはパフで載せるんだけど、今日はブラシ使ってみたの!」
「うん」
「いつもよりちょっと範囲は広いんだけど、その分薄めにしたから――」
「うん」
「自然かなって……」
「うん。超可愛い」
「うっううう……ありがとう……」
結局、墓穴を掘ってしまった。今日、オリアナが特別な日だと思って化粧したことを、自白したも同然だった。
「大丈夫。可愛い可愛い」
ミゲルはオリアナの頭を撫でようとして、手を止める。
「セットしてるもんな」
(その通りだけど、出来るなら、言わないでほしかった)
オリアナは顔を真っ赤にして眉根を寄せる。んんっと口を引き結ぶオリアナに、ミゲルが笑う。
「ほら、あーん」
「あーん?」
言われるがままに口を開けると、ズボッと何かを挿された。
舌に乗ったのは、ミゲルがいつも持ち歩いているスティックキャンディだった。
「ふぁ」
「いってらっしゃーい」
「ふぇーい」
ありがとー、と手を振って、飴を咥えたオリアナはミゲルと別れた。
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