第115話 [デート] 恋い慕う相手と会うこと。その約束。 - 02 -


 地団駄を踏む女性徒らから離れたところで、ヴィンセントが足を止める。丁度空いていたベンチがあり、ヴィンセントが腰を下ろした。


(……あれ。結局、なんで引き留められてたの?)


 てっきりオリアナに追っ払ってほしいのだとばかり思っていたため、ちょっとしゅんとした。


(せっかく、”お友達”として頼られたのだと思っていたのに)


 ヴィンセントがオリアナのローブの端を、つんつんと引っ張った。自分の隣の席を、手で叩いている。


「あ――私も、もうお暇します。ヴィンセント、お忙しいみたいですし」

「全然忙しくない」


 先ほどのが方便だとしても、「全然忙しくない」ことはないだろう。オリアナはつい、ぷっと吹き出してしまった。


「なんだ?」

「いいえ。確かに、街に行く時間は無いだろうなって思っただけです」

「……君となら行ってもいい」

「私と? 何か買い出しの必要でも?」

「……そうだ」


 ゆっくりと頷いたヴィンセントを見て、オリアナは悩む。


(友達なら……街に一緒に買い出しくらい、行くよね?)


 問題無いように思えた。問題無いはずだ。きっと問題ない。


 オリアナもゆっくり頷いた。


「そうですか。では、行くことにしましょう」

「ああ、そうだな。行くことにしよう」


 何故かお互い神妙な顔をして、定型文のような会話を交わす。


「あっ……ミゲルも、誘いますか?」


 ヴィンセントと行くのなら、ミゲルを誘わないのは不自然だ。

「三人でいるのが好き」と言ってくれたミゲルには悪いが、ミゲルを思い出してしまった自分を恨みつつ、オリアナは緊張して聞く。


「――ミゲルは、忙しいんじゃないだろうか」


「そ、そうですか。なら仕方無いですね」


「仕方無いと言えるだろう」


「そうですね」


「ああ」


 うむ。うん。ああ。


 と、二人は何度も相づちを繰り返し、明日出かけることに決めた。




***




「デートじゃないの」


「デートじゃないのっ!!」


 全く同じ文字だが、全く意味は反対である。


「違うのこれは買い出しであって断じてデートでは無くて――」

「デートよ」


 かぶせ気味にヤナが言った。

 オリアナは顔を両手で覆う。


「……デートかな?」


「誰が何と言おうと、デートね」


 夜も更けた自室で、オリアナは息を止めていた。呼吸もままならぬまま、床にぽとりと転がる。両手で顔を押さえたまま、体を丸める。


「まじか……わー……! まじかぁ……」


 デート。


 自分がヴィンセントとデートをする日が来るとは思っていなかった。


 いや、ヴィンセントにとって明日はただの買い出しである。心の持ちようで、デートと言えてしまうだけだ。


「どうしよう……緊張してきた……」

「どうしようも何も無いわ。ヨガをした後、リンパマッサージをするわよ」

「あの痛いやつっ……!」

「きちんと毎日していれば、それほど痛みを感じないのよ。オリアナってば、美に関心があるくせに、努力はサボるんだから」


 呆れた視線を向けるヤナは、美に関してはプロ級のプロだ。マッサージやヨガはエテ・カリマ国の専売特許とも言える。


「うっ……これからは努力します……可愛い女の子になりたい……」


(ヴィンセントに、ちょっとでも可愛いと思われたい)


 言うのは恥ずかしいが、紛れもない本音だった。


 そんな風に思えるようになったのは、この実るはずの無い恋を、捨てずに済んだからだ。


 ヤナが言うように、恋はオリアナを成長させた。ヴィンセントによく見られたくて、勉強に励んだり、彼を手伝ったり、嫌いだったマッサージやヨガも真面目にやろうとしている。


「服とかどうしよう。男子受けする服って、カイとかルシアンに聞いたらいいかな……」

「プロの童貞と名高い、ルシアンに助けを求めるの?」

「童貞でも男には変わりないから! 私はルシアンを信じる!」

「お待ちなさい。ならばアズラクを呼びましょう」

「えっ……」


 三十二歳の年上好きのアズラクの好みの服装を、自分が着こなせるとは思えなかった。悲壮なオリアナの顔を見て、ヤナも何かを感じ取る。


「……つまりは、自分に似合う服が一番、ということよ」


 オリアナは立ち上がり、勢いよくクローゼットを開けた。休日に着るための私服が、クローゼットの中にずらりと並んでいる。


 端から端まで見渡し、オリアナは据わった目をして言った。


「最高の組み合わせを見つけなきゃ……。シックになりすぎず、場の雰囲気にもあっていて、女を見せすぎず気張りすぎず、でも男心をくすぐり、カジュアル過ぎない最高の組み合わせを……!」



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