第114話 [デート] 恋い慕う相手と会うこと。その約束。 - 01 -


「ヴィンセント。ちょっといいですか? ダンスレッスンについてご報告したいことが」

「ああ、わかった。すぐに行く」


 穏やかな承諾の声に、頬が緩む。


(……好きだな。ヴィンセントが「ああ」って言うの)





 ――冬が終わり、四年生の春になっていた。


 ラーゲン魔法学校の敷地内にも緑が溢れ、薬学畑では種まきに追われている。前期の試験も終わり、皆、のんびりと過ごしていた――ヴィンセント・タンザインを除いて。


「練習場所の件ですが――長期の利用ですし、第一希望だった講堂はやっぱり押さえられませんでした。その代わり、西棟の三階、一番奥の予備室を二つ、お借りできるようです。嘆願書と共に、ダンスに不安がある生徒ら百二十四名分の署名も渡しました。週に二度、ウィルントン先生が監督してくださるそうです」


「ありがとう。君が手伝ってくれて、本当に助かった」


 ヴィンセントが、心からの信頼を預けるような顔で微笑む。こんな笑みを向けられる度に心が浮き立つ。


(馬鹿な恋心。こんなことで一々ドキドキして)


 だが、ヴィンセントに心を揺さぶられる自分を恥じたり、落ち込んだりはしなくなった。


(馬鹿だけど、嫌いじゃ無い)


 ヤナの激励のおかげで、オリアナは逃げてばかりいた自分の恋と向き合うことが出来た。恋をしていても良いと認めることで余裕が生まれたのか、恋するまでと同じように、ヴィンセントとまた話せている。

 戸惑うことはあっても、変に気負うことなくヴィンセントと接すことが出来ている。


「指導の協力者も確保できました」

「なら、夏前には始められそうだな」


 オリアナは多忙なヴィンセントの手伝いをしていた。舞踏会に向け、彼が発案したダンスレッスンの課外活動を立ち上げようとしている。

 ヴィンセントにより作り込まれた企画書の通りに動いているだけなので、オリアナは本当にお手伝い程度だ。


 しかしオリアナの働きもあり、来年の舞踏会まで、ダンスが不安な生徒らに、課外で週に二回のダンスレッスンの提供にこぎ着けた。


「けれど、よくこんなに沢山の生徒が、ダンスに不安を持ってるって気付きましたね」

「君のおかげだ。ベルツさん達の意見も参考になった」

「ならよかったですけど……こんなに細かい企画書、ずっと練ってたんじゃないですか?」

「ああ。色々平行してやっていたから、こんな時期まで動けなかったがな」

「半年も練習する期間をもらえるんですもん。コンスタンツェはもちろん、みんな喜んでましたよ」


 オリアナの周りには、平民が多い。オリアナの家のように幼い頃から行儀作法を習っている家庭は問題無く踊れるが、そうでない家庭もある。

 親が科学者で世情に疎いエッダや、一人親である父が家を空けがちな騎士の娘コンスタンツェがそうだ。コンスタンツェは剣の腕は天下一品でも、スカートの捌き方一つ知らない。


「オリアナは本当に友達思いだな」

「ええ、みんな大好きです」


 彼女達の力になれるのならと、オリアナはこの一ヶ月四方八方を走り回っていた。そして先ほどようやく、最後の砦ウィルントン先生に許可をもらえたのだ。


「タンザインさん」


 オリアナとヴィンセントが話していると、キャピキャピとした女生徒達が声をかけてきた。

 ヴィンセントはそちらを向き、にこりと笑う。


(あ、営業用)


 ”お友達”になって一年も経つと、笑顔の違いもわかるようになってきた。


 女生徒達に囲まれ始めた当初こそ、周囲の変化に戸惑っていたヴィンセントだったが、四ヶ月もすれば随分と慣れたようだ。オリアナの手を取って逃走することも無くなり、笑顔で対応することが出来るようになっている。


 ダンスレッスンについてあらかたの報告は終わっていたので、オリアナは女生徒らにヴィンセントを譲るため、移動しようとする。


 しかしその時、ヴィンセントが視線を寄越した。


(……え? 何?)


 オリアナが足を動かすと、ヴィンセントの視線が更に強くなる。


(ここに、いろってこと?)


 胸がぎゅんと高鳴った。


(……ヴィンセントが、私に助けを求めている……?)


 オリアナは楚々とした顔でその場に留まった。顔がにやけていなければいい。


 やってきた女生徒らは、動かないオリアナを一瞬睨んだが、すぐにヴィンセントを取り囲んだ。


「あの、私、自分の杖を何型にするか悩んでいて……相談にのってくださいませんか?」

「わたくしもなんです。杖は一生の物でしょう? 一人で決めるには荷が重くて……」

「まあっ! 皆さんもなの? 私も相談したいと思っていたんです」

「丁度明日は花ノ日どようびですし、街のカフェででも話を聞いて頂けませんか?」


 なにが丁度で、なぜ街なのかわからないが、女生徒達は皆、妙案だと言うように頷いた。


「あの――」


 引き留められた仕事を果たすかと、オリアナが間に入ろうと口を開いた時、ヴィンセントがまた視線を投げてきた。「待て」の合図に、オリアナはお利口さんに口を閉じる。


「そうか。杖についてはプロストン先生に話を通しておこう。君達は何年生だ?」


 魔法道具工作の教師の名前を出された女生徒らは、勢いを削がれる。


「あっ……三年生です。せ、先生に言っていただくほどじゃ」

「そうですわ。タンザインさんが教えていただければ……」


「残念ながら予定が立て込んでいてね」

「ほんの少しでいいんです」

「私たち別に、街じゃなくても……ねえ?」

「ええ」


「すまないが、忙しい。僕に出来るのはそこまでだ。では」


 有無を言わさない口調でそう言い切ると、ヴィンセントは女生徒らに背を向ける。


 視線で促されたオリアナは、女生徒らに一礼すると、ヴィンセントに続く。ヴィンセントはオリアナが後ろからついてきていることを確認すると、歩を緩め、ゆっくりと歩いた。


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