第113話 それはいわゆる、両片思い - 09 -
皆が寝静まった寮の一室。
カーテンで囲まれた二段ベッドの下の段で、ごろんと寝返りを打つ。
何度右を向いても、左を向いても、思い出すのはヴィンセントのことだ。
肩に鼻を寄せるが、昼間に嗅いだシガーウッドの香りは既にお湯で洗い流されている。シャンプーの匂いしかしなくて、オリアナはぽすんと枕に頭を落とした。
「ねぇ。オリアナ」
突如、ベッドのカーテンの向こうに垂れ下がった長い影に、オリアナは悲鳴を上げそうだった。
ヤナが上のベッドから、顔を垂らしているようだ。長い髪が月明かりに照らされ、ベッドを囲うカーテンに不気味な陰陽を浮かべている。
「ど、どうしたの」
ドキドキと、恐怖で鳴る心臓を抑えながらオリアナは返事をした。
「そちらへ行ってもいいかしら」
「もちろん」
いつもは美容のためにすぐに寝るヤナが、今日はかなり遅くまで起きている。
枕元に置いてあった
ヤナがオリアナの布団に潜り込む。思っていた以上に、距離が近かった。枕を分かち合うと、おでことおでこがくっつきそうなほどだ。
「どうしたの? ヤナ」
「今日、談話室で貴方の様子がおかしかったから」
いつも通り振る舞えていると思っていたオリアナは、驚いた後に、恥ずかしくなった。
「……皆も、変に思ったかな」
「私はオリアナが気になって見ていたから、気付けたんじゃないかしら」
そうだといいなと、オリアナは願った。
(明日からは、もっと気合いを入れなきゃ……)
焦りが滲み、深刻な表情をしたオリアナを、ヤナが見つめていることに気付く。
「オリアナ」
うっすらと照らす魔法灯の灯りで、ヤナの漆黒の瞳がキラキラと輝いている。
「恋をしたのね?」
真っ直ぐにぶつけられた事実に、オリアナは息を呑んだ。見つめられた瞳を逸らすことさえ出来ない。
顔色を変えたオリアナを見て、ヤナが微笑む。いつもの悠然とした笑みでは無い。心からの慈しみがこもっていた。
「貴方は美しくなるわ。オリアナ」
「……美しく?」
誰を好きになったのだと聞かれるとばかり思っていたオリアナは、突拍子もないヤナの言葉に、掠れた声を出した。
「恋は、苦しいでしょう。切ないでしょう。――けれど貴方は今から、一人では出来ない成長を遂げるのよ」
オリアナの瞳から、無意識にポロリと涙がこぼれた。いつの間にか、体に入っていた力が抜けていく。
(私――私のために、ヴィンセントを、好きなままでいても、いいの?)
ひくり、と喉が動いた。
(世界が違うって、ヴィンセントには好きな人がいるからって……私が勝手に殺してしまった恋を、ヤナが救ってくれた)
この恋を抱えていてもいいのだと、それは誰かのためでは無く、オリアナのためなのだと――恋を捨てなくてもいいのだと、免罪符をくれた。
気付けばぽろぽろとこぼれていた涙を、指で拭う。顔を見せるのが恥ずかしくて、布団を引っ張り上げて顔を隠す。
「……っヴィンセントに、迷惑かもって」
「いいじゃない。彼のための、恋じゃないわ。オリアナの心は、オリアナのためのものよ」
布団に閉じこもったオリアナを、ヤナがそっと抱き寄せる。細いヤナの腕の中が、どんな布団よりも暖かく感じる。
「ぶつかる必要は無いわ。無くす必要もない。大事にしていいのよ。オリアナ、よかったわね」
好きな人が出来たことを喜ぶことも出来なかった。
邪魔だと見向きもしなかったオリアナの恋を、ヤナが喜んでくれた。
オリアナはヤナにしがみついて泣いた。
しばらく泣いた後、顔を上げると何故かヤナも泣いていた。
「私、今タンザインさんが嫌いよ」
「私、アズラクは割と嫌いじゃない」
「当然よ」
顔を見合わせて、ふふっと吹き出す。
いい気持ちで、眠れそうだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます