第111話 それはいわゆる、両片思い - 07 -


「オリアナ。少しいいだろうか」


 ルシアンの隣に座ってぼんやりと考え込んでいると、背後から声をかけられた。ソファの背もたれの向こうにいたのはヴィンセントだ。


「よう。今日、何食った?」


 ヴィンセントの隣にいたミゲルは、カイに声をかける。

 カイとコンスタンツェが長椅子の端に寄り、席を空けると、ミゲルがごく当たり前に座った。人の隙間に入り込むのが上手いミゲルは、大きな猫のようである。


「どうしました?」

「出来ればあちらで」


 控えめな笑みで誘い出され、オリアナは談話室を出た。今までなら気にもならなかったのに、一人だけ団欒の席から呼び出されたことに、胸が変な期待をし始める。


(いやいやいや、違うから。別に何でも無いから。くっそ、なんなの、恋って……)


 ヴィンセントにとって、「何でも無い」のはわかっている。


 けれど呼び出されただけで、こちらにとっては全く「何でも無い」ことでは無いのだ。


 矛盾しているような、完璧に理解できるような恋についてを考えながら、ヴィンセントの後ろを歩く。


(あのローブの……ヴィンセントの匂いを、知ってる)


 はためくローブの裾を見て、昼間のことを思い出した。


(前までは、彼の汗が染み込んだタオルで、堂々と汗を拭けていたくせに)


 ちょっと触れられそうになっただけで、馬鹿みたいに反応した自分が死ぬほど恥ずかしい。


(駄目だ。頭がおかしい。早く、早くこんな気持ち、終わってほしい)


 恋を終わらせるのは、どうしたらいいのだろうか。時間が解決してくれるのだろうか。何もかもが初めてで、わからない。


 こんなにも意識してしまうものなのか。舞い上がる気持ちとともに、血まで顔に上がってきそうで、オリアナはヴィンセントに隠れて深呼吸をした。


 談話室を出た先の、廊下の窓にヴィンセントが背を持たれ、窓枠に手を置いた。オリアナは窓から外を覗き込むように立つ。

 窓の向こうはもう真っ暗で、枯れた木が淋しげにつっ立っている。窓の傍は冷たく、ほんの少しオリアナの気持ちを落ち着かせた。


「目はもういいのか?」

「ご心配おかけしました。もう大丈夫ですよ」


 あの後、図書室から急いで帰って、メイクをし直してきて良かった。今日もう一度会えるとは思っていなかったが、こんなに近くで話をするのに、よれたメイクのままでいたくはない。


「よかった。実は、土産を買ってきていたんだ」

「おおっ。ありがとうございます。友達っぽい」

「だろう? 生まれて初めて買った」


 得意げな顔で笑うヴィンセントを、あと一瞬でも視界にいれ続けたら溶けて死ぬかと思った。オリアナは不自然にならないように、全力で顔を背けた。


「……君に土産を渡すタイミングを、見計らっていたんだ」

「ありがとうございます」

「何故そちらを向いた」

「虫がいて」

「虫?」

「もう飛んでいきました」

「そうか」


 顔を戻した時には、平静を装えていた――はずだ。オリアナはできる限り、なんでもない顔をして土産を受け取る。


「魔船路の駅で買った。菓子だ」


 友達に送るに相応しいお菓子の入った袋を手渡され、オリアナは慇懃に受け取った。


「ありがとうございます。――すみません。私は何も用意が無くて……」

「気にしないでほしい。僕が君にあげたくて買ったんだ」


(出来たばかりの”お友達”だからだ。それ以外に意味は無い。期待するな。オリアナ)


「……ミゲルには、お土産を買ったことは無かったんですが?」

「元々隣の領地だ。土産をやりとりするような距離でも無い。……第一、わざわざ男に土産なんて買わないだろう」


 ということは、初めての女友達特権である。オリアナは袋を抱き、淡く微笑む。


「ありがとうございます。美味しく頂きますね」

「ああ。麺がよかっただろうが、さすがに売ってなかった」

「……私が、麺が好きだと、ご存じで?」

「君はいつも麺ばかり、食べていたからな」


(知ってくれて、るんだ)


 オリアナは目を閉じて、深呼吸をした。


(こんなことに一々ときめいて、呼吸さえままならなくなるなんて……恋は、なんてとんでもないの)


 これ以上この話題を続けていると、にやけた顔を見られてしまう。オリアナは口を開いた。



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