第110話 それはいわゆる、両片思い - 06 -
「なーなー! こないだの、どうだったんだよ」
夕食後、談話室でくつろいでいると、ルシアンがオリアナの隣に座った。
「このあいだのって何? ルシアン」
「手引かれてさ。いい感じだったじゃん」
ヴィンセントが帰省直後に、オリアナを中庭から引っ張って行った時の話をしたいらしい。
気を遣ってか、ルシアンは声を抑え、耳打ちしてきた。オリアナがなんとも言えない表情をしているのにも気付かずに、にっこにこと笑っている。
「前からお前だけにはなんか特別な感じしてたけど、こないだのやばかったよな」
(私だって、そんな気がしてたさ)
それがどれほど恥知らずな自惚れであったか、ガッツリと見せつけられたオリアナは平気な顔を浮かべるだけで精一杯だ。
(はーー……そりゃ、勘違いするよね。するわー。だって優しいし。だって笑ってくれたし。だって、だってだってだってさー)
だが、優しさは誰にでも平等に与えるヴィンセントが、あれほど率直に物を言う女の子は、シャロンだけだ。「お前だけにはなんか特別な感じ」がしていたオリアナでさえ、それほど親しい空気を出されたことは無い。
「別に何も無いよ。私たち、友達だし」
自分が出そうと思っていたよりも、少しかための声が出た。ハッとして笑顔を足したため、ルシアンは異常に気付かなかったらしい。
「お前もうちょい押せよ~。どうするよ、公爵家の嫁になったら」
「無いって言ってるでしょ」
それより離れてよ、とオリアナはルシアンを片手で追い払った。
「ルシアンは押したらどうにかなると思っている節がありますわよね」
「さすが童貞。前にしか進めないもんね」
いつからこちらの会話を聞いていたのか、コンスタンツェとエッダが笑顔でルシアンを詰る。
「はあ~?! 関係ねえだろ!?」
「この間もさぁ。下級生の女の子に声かけて、可愛いねって言いながら胸しか見てなかったもんね、あんた」
「ハイデマリー、お前っていつも俺のことよく見てるよな――っは! ごめん。俺、お前の気持ちに気付いて無くて……」
「今度の赤点は自力でなんとかやんな」
「ハイデマリー様っ! お慈悲をっ!」
話題が変わっていく様子を笑いながら見ていたが、愛想笑いは長くは続かず、皆にバレないように顔を曇らせる。
(早くこんな恋、捨てなきゃ)
図書室で、ヴィンセントに触れられそうになった自分が見せた、過度な反応を思い出して死にたくなる。
恋をしたのは、初めてだ。
人を好きになると、こんなに自分が制御出来なくなるなんて、オリアナは知らなかった。
(ヴィンセントがほしいのは”お友達”だ)
”お友達”から「恋」はいらない。
(それに――特待でも無い労働階級の私が、次期八竜を好きだなんて、知られたくない)
ヴィンセントには、分をわきまえている娘だと思われたかった。彼が”お友達”にと望んだ人選は、間違いでは無かったことを証明したかった。
(ヴィンセントに失望して欲しくない)
恋をした途端、ヴィンセントに望むことばかりが増えていく。
(こんなので、”お友達”だなんて笑える)
自分の思いに蓋をしてしまいこむ。
ちょこっとでもこの恋が顔を出したら、きっと恥ずかしい自分でしか、ヴィンセントに向き合えないだろう。好意を瞳に宿し、恥知らずな優越感で隣に立つ自分を想像し、ぶるりと身を震わせた。
(大丈夫。ちゃんと”お友達”でいるから)
オリアナは騒ぐクラスメイト達をぼんやりと見ながら、決意を改めた。
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