第104話 砂漠に捨てた恋 - 03 -


「話を聞いてくれてありがとう。いつも通りにしてくれると嬉しいわ」


 ヤナはそう言って、気丈に笑った。

 オリアナは、ヤナの友達だ。だから、彼女の望むとおりにしてやりたかった。





***





(アズラクの好きな人なんて、考えたことも無かったけど……)


 女子寮の入り口でヤナを待っていたアズラクを、オリアナはちらりと見上げる。


(……似合うな)


 オリアナは真顔になった。


(これほどまでに、三十二歳に片思いしてるのが似合う十八歳が、いるだろうか……)


 甲斐甲斐しくヤナの世話を焼く姿は親鳥のようだったが、元々、不思議な色気のある男子だった。太い指や、うっすらと汗ばむしなやかな首、口の端を上げるだけの笑み。同年代の男子生徒とは一線を画している。


(人妻への叶わぬ恋に身を焦がしていても似合うし、なんなら人妻に育てられていても似合う……駄目だこれー! なんかえっちい!)


 自分の妄想を必死に頭の片隅に追いやる。


 基本的に無口だが、ワイルドで、男らしさに溢れているアズラク。

 そんなアズラクがヤナにだけは、一等上品な宝物に触れるかのように恭しい。


(アズラクにもし好きな人がいるなら、ヤナしかあり得ないと思ってたのになー)


 目にしたままのことしか感じ取れない自分は、随分とおこちゃまだったのだろう。


「どうした、エルシャ。命の危機を感じるんだが」


 じっとりとした目で見ていたオリアナに、アズラクがにやりと笑う。アズラクと何かを話していたヤナも振り向いた。


 いつも通りにしろと言われたばかりなのに。アズラクを前にして考え事に耽っていたオリアナは、慌てて取り繕う。


「ごめん。アズラクの寝癖が珍しくって」


 咄嗟に口にした嘘だったが、アズラクは騙されてくれたようだ。大きな手のひらで自分の頭を撫でる。


「目立つか?」

「ううん。そんなには」


 元々寝癖など無いのだ。オリアナは慌てて首を横に振る。

 そんなオリアナをくすくすと笑ったヤナが、アズラクの名前を呼んだ。


「アズラク」


 名前を一つ呼ばれただけで、何を望まれているのかわかったのだろう。すかさず膝を折った。


 百九十センチ以上ある長身が、百五十センチしかないヤナの前に跪く。頭も垂れているからか、ヤナは喜びを隠しもせずに、笑顔でアズラクの頭に触れた。


「頑固な寝癖ね」

「横の小川ででも、濡らしてきましょう」

「それには及ばないわ。もうしばらくこうしていなさいな」


 ヤナがくすくすと笑いながら、アズラクの髪を撫でる。小さく細い指が、アズラクのうねった黒い髪から、ダンスを踊るように出たり入ったりしている。


「直んないねー」

「そうねえ。もう少しのような気がするのだけれど」


 オリアナもアズラクの頭を覗き込み、寝癖を直すふりをするヤナを援護した。


 頭上で二人の女生徒がくすくすと笑いながら髪をいじくり回していても、アズラクは文句一つ言うこと無く、ただじっと待っていた。



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