第102話 砂漠に捨てた恋 - 01 -


 四年生になった。

 オリアナは相変わらず、第二クラスである。




「ヤナ~おかえり!」


 自室で荷解きをしていたオリアナは、寮に帰ってきたヤナをぎゅっと抱きしめる。小さくて細いヤナはオリアナの腕の中にすっぽりと入った。


「ええ、ただいま」


 再会の喜びを表すように、ヤナがそっと体重をかける。普段甘えない恋人が甘えてくれたようなときめきに胸を揺さぶられ、オリアナはわなわなとした後、もう一度ぎゅっと強く抱きしめた。


「お休みの間、どうだった?」


 ヤナは長期休暇の間、王都の大きなホテルに滞在する。

 ホテルには国元から訪れたスタッフが詰め寄り、あちこちの社交に連れ出されていたらしい。

 長期休暇の間はエテ・カリマ国の王女として外交に努めていたヤナは、疲れ切っているようだった。


「試練はまだ終わらないのかと、会う人会う人うるさくてしょうがなかったわ。アズラクがひと睨みすれば黙るのだけれど、いない間がねえ……もう来年はアズラクと、どこかに高飛びでもしようかしら」


 本気で鬱陶しかったのだろう。表情こそ微笑んでいるが、大きなため息を吐き出す。

 ヤナから聞いた、初めての弱音だった。オリアナはつい口を衝く。


「じゃあ来年はうちに泊まる?」


 仮にも王女を誘うには、あまりに気軽過ぎただろうか。不躾だったかなと思い始めたオリアナを、ヤナが黒い神秘的な目で見る。


「……いいの?」


「え? ほんとに来てくれるの? うん! もちろん!」


 オリアナが全力で頷くと、ヤナはぱっと顔を輝かせた。日頃、美しい表情ばかりを作っているヤナの素の笑顔を向けられ、オリアナは完全にノックダウンされた。


「嬉しいわ。ありがとう。来年になっても、気が変わらないでちょうだいね」

「大丈夫。私はいつでも、ヤナが可愛い」

「あら」


 ふふ、とヤナが笑う。ようやく旅装束を解き始めたヤナの着替えを、オリアナも手伝った。





「まあ、では今年も届いていたの? 花束」

「うん。ほらこれ。香りの強い花もあったから、サシェにしてきたの」


 荷解きをしながら、毎年届く花束のことを話していたオリアナは、懐から小さな包みを取り出した。


 届いた花束を生花で楽しんだ後、業者に頼んで魔法でドライフラワーにしてもらった花を、オーガンジーの巾着に包んだものだ。

 金色のシルクのリボンで包まれた巾着の中からは、様々な野の花が透けて見える。


「あら、可愛いわね」


「ね。我ながら上手く出来たよね」


 サシェを眺めながら自画自賛する。鼻に近づけるとほのかに香って、誕生日の朝の喜びを思い出させてくれる。


「……何年も、なんで贈ってくれるんだろう」

「惚れられているのじゃなくて?」

「そんな小さな時から? それに、それならそーで、名前ぐらい明かしたくならないのかな?」

「見つけてもらうのを待っているのかもしれないわね」


 なるほど。しかしあまりにもヒントがお粗末すぎる。

 毎年誕生日に「お誕生日おめでとう」というカードと共に届く、野の花の花束という手がかりしかない。


「……来年も届いたら、探ってみようかな」

「いいわね。お手伝いするわ」

「王女を助手にする名探偵なんて、物語にだっていないよ」


 くすくすと笑いながら、ヤナがクローゼットに服をしまっていく。


「野草の花束かぁ……ヤナだったら、好きな人には何を贈る?」

「私? そうねえ、アズラクは酒が好きだから――」


 せっせとクローゼットに服をしまっていたヤナが、動きを止めた。ぴくりとも動かないヤナを不思議に思い、オリアナは顔を覗き込んだ。


 ヤナは服を掛けようとしている姿勢のまま、顔を真っ赤に染め上げ、汗をだらだらと流し始める。


「……ヤナ?」


 声をかけると、びくんと体が震えた。持っていた服を、ヤナが床に落とす。振り向いたヤナは目をぐるぐると回しながら、必死に口を開く。


「あっ、えっ、ええと、そうね、私は、ええと――」


「ヤナ……」


「違うのよ、これは、違うの。待って、今の話題でアズラクを出すのは不適切だったわ。仕切り直しをさせてちょうだい」


「ヤナ、聞きたい」


 聞かせて。と両手でぎゅっとヤナの手を握る。

 握りしめられた手を見て、オリアナを見あげたヤナは、唇を震わせる。


「……ううう」


「かっわいい……」


「ううう……」


 顔を真っ赤にして、恋する少女の目をしながら、野生の獣のように唸るヤナが可愛くて仕方がなかった。


 観念したヤナがぽつりと呟く。


「疲れていたの。役目からようやく解き放たれ、寮に戻ってきて、久々にオリアナの顔を見て……だから、つい口が滑って」

「わかるよ」

「隠しておきたかったの。これは、卑怯な恋だから」

「そっか。でも、私は聞きたい。駄目かな?」


 本当に駄目なら、無理にとは言わない。


 オリアナの気持ちが通じたのだろう。ヤナは潤んだ目でオリアナを見上げる。切羽詰まった瞳は、縋るようでもあった。


「――アズラクが、好きなの」


 ガチガチに固まったヤナの声は、驚くほどにか細かった。この世の勇気全てをかき集めて紡がれた声は、ヤナの思いの丈を表しているようだった。


「ずっと、ずっと好きなの。子どもの頃から――」


 ヤナがぎゅっと、オリアナの手を握り返した。





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