第101話 冬に始まる恋のオペラ - 03 -
「パパ……。ヴィンセントと……っていうか、紫竜公爵と知り合いだったの?」
「お前も。紫竜公爵のご子息相手に、随分と親しげな呼び方だね」
舞台を見下ろすような馬蹄の席に、オリアナと父は腰を下ろしていた。オペラは盛況していて、平土間の席はもちろん、桟敷席も、上の階の立ち見席も見事に埋まっている。
テーブルに置かれていた、誕生日を祝う花束を見る振りをしながら、オリアナは小さな声で答える。
「友達なの」
数百人もの客のおしゃべりに紛れるように、できるだけなんでもない顔をして言った。
こういう場では、何処で誰が聞いているのか、どう受け取られるのかわからない。開演前の桟敷席は、一種の競技場だ。誰もが他人の服装や表情、お喋りの内容を気にしている。
「親しいのか?」
「そこそこ」
「そうかい。それは
(頑張ったねと褒められるほど、私は何かを頑張ったかな)
オリアナはほんの少し申し訳無くなった。ミゲルに対してもそうだ。もう少し、彼らに胸を張って友人だと言えるよう、何か頑張りたい。
しかし父が公爵から声をかけてもらえる立場にいるとは思ってもいなかった。父の社交や仕事ぶりを実際に見たことが無かったが、驚くほどにやり手だったようだ。
(でも、いつもパパの横にいたリスティドは、パパの交友関係が広がってることを知ってた……)
だからこそ焦り、あんな暴挙に出たのだろう。だからといって同情するわけでも許すわけでも無いが、ずっと疑問だったことがわかり、すっきりとした気分だった。
(あの時……詳しく聞かなかったけど、ヴィンセントは何か知ってる風だった。パパとも面識があったみたいだし……)
「パパはどうやって、ヴィンセントと知り合ったの?」
「おめでとう、十六歳のオリアナ。さっそく、お前の知らないことは、世の中に沢山あることを、今日は知れたね」
父がほんわかと笑う。
これは何を聞いても駄目な顔だ。伊達に十六年、娘をやっていない。
父に言及することは諦め、ぶしつけな視線を送らないように、オリアナはこっそりとヴィンセントを見た。
礼儀作法を教えてくれた
どこにいるのかはすぐにわかった。一等桟敷席に、四人で座っている。
紫竜公爵と紫竜公爵夫人、ヴィンセントと、彼と同じ年頃の少女だった。ヴィンセントや紫竜公爵によく似た淡い金髪の美少女には、見覚えがあった。
(……あの子だ)
ドレスを着ていてもわかった。特待クラスでミゲルやヴィンセントと親しげに話していた少女である。
穏やかな表情で話す四人の表情を見れば、彼女が紫竜公爵夫妻に受け入れられているのは一目瞭然だ。親しげな表情で、互いに気後れせずに会話をしている。
甘いシャンパンのグラスに視線を落とす。
正装を身に纏ったヴィンセントは、ぎょっとする格好さだった。
日頃見慣れている魔法学校の制服とも、実習服とも違う。身分相応に着飾ったヴィンセントは、より貴公子然としていて美しく、格好良い。
(住む世界が、違うなー)
魔法学校という特殊な場に馴染みすぎていたのだと、今ならわかる。校則に守られていないオリアナは、ヴィンセントを見つけても、こちらから話しかけることすら出来ない。
「パパ、今日は連れてきてくれてありがとう」
「いい思い出になりそうか?」
「うん」
父には感謝せねばならない。
(きっと、間違わずにいられる)
今日のおかげでオリアナは自惚れず、冷静に物事を見ることが出来るようになったはずだ。
(いくら親しくしてもらっても、”お友達”と呼んでもらっても――私達はこんなに遠い)
オリアナは舞台を見下ろした。
もう、一等桟敷席に視線を向けることは無かった。
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