第97話 君と僕と―― - 08 -
「えっ――」
オリアナの背に回したヴィンセントの腕は、すぐに離れた。ずるずる、とヴィンセントの体が滑っていく。どうやら、オリアナの背中にしがみつこうとしたようだ。
驚いて、手に飴を持っていたことも忘れ、ヴィンセントの体を抱きしめるが、突然力の抜けた男子一人を受け止めきれるはずも無く、オリアナはその場に倒れ込んだ。
尻餅をつくオリアナの膝に、ヴィンセントがうつ伏せで倒れ込んでいる。
「いたたっ……」
「大丈夫か?」
ミゲルが小走りでこちらに駆け寄ってきた。何故か離れたところにいたらしい。だから先ほど恥ずかしくて死にそうだったのに助けてくれなかったのかと、オリアナは涙目で睨み付けた。
「大丈夫に見えます!? ヴィンセント、ヴィンセント!?」
膝の上のヴィンセントは完全に気を失っていた。顔を見ると真っ赤だった。呼気も荒い。先ほど、夕日に照らされているせいだと思っていたが、熱が出ていたのだと気付く。
「どうしよう! なんか病気かな!?」
突然倒れ込むなんて、何か大きな病気なのではと焦るオリアナに反して、ミゲルはどこか楽観的だ。
「ここんとこ勉強に研究に忙しかったから、疲れが出たんだろ。悪かったな。重かったろ」
オリアナの膝に倒れ込んでいたヴィンセントを、ミゲルはひょいと引っ張った。オリアナでは全く動かせる気がしなかったのに、軽々と背負う。ヴィンセントは本当に意識が無いようで、ぐったりとミゲルの背に体を預けていた。
「無理させすぎたな」
「……風邪も引いたことのない超人だって聞いてたのに」
「せっかく隣にいるんだから、噂なんかよりこっちを見ろよ」
(その通りだ)
頬をひっぱたかれたみたいだった。オリアナの悲観を見たのだろう。ミゲルが自分の髪をくしゃりと掻き回す。
「悪い。今のは八つ当たりだ。こいつの『大丈夫』を鵜呑みにした自分に腹立ってた」
「……ううん。ごめん。ヴィンセントの成果は、全部頑張った結果だったって、知ったはずなのに」
ヴィンセント・タンザインとて勉強せねば一位は取れず、無理をすれば熱も出す。オリアナも小さな頃はよく知恵熱を出して、父を困らせていた。
ただの人なのだと知る機会を得ていたのに、馬鹿なことを言ってしまった自分をオリアナは恥じた。
ヴィンセントの実習着のポケットから鍵を取り出し、実験途中だった魔法道具をしまい込む。ヴィンセントが真剣に見ていた紙はオリアナが持ち、ヴィンセントを背負ったミゲルと並んで医務室に向かう。
「いつもは上手くセーブしてるんだけどな。今回は頑張りすぎたんだろ」
「何かあったの?」
「……オリアナと会って、初めての試験だったからなー」
「え?」
ヴィンセントを背負ったミゲルが、前を向いたまま言う。
「新しく出来た”お友達”に、いいとこ見せたかったんだろ」
「いいとこなら、いつも見せてもらってるのに……」
「見舞いの時にそれ、言ってやってよ」
「オリアナちゃんに任せなさい」
えっへーん! と胸を叩くが、ヴィンセントの苦しそうな吐息を聞いていると、オリアナは眉を下げた。
「男子寮にもお見舞いに行けたらいいのに」
「来る? 入れたげるけど」
「えっ、入れるの?」
「うち二階だし。傍に木あるから」
「……あ。先生や寮長に許可を取るとかじゃなくて、こっそりの方? しかも木を登れと?」
「もち」
当たり前に頷くミゲルに、オリアナは吹き出した。
「ミゲルは当たり前みたいに、私を男友達のように扱うね。木に登れなんて、言われた事無いよ」
「女の子扱いしたら遊んでくれないだろ? ――俺、オリアナとヴィンセントと、三人でいるのが好きなんだよね」
たとえ冗談でも、まるっきり嘘ということは無いだろう。
まともに話し始めたのは、四ヶ月前。
まださほど長い時間、三人でいたわけではない。けれどその少ない機会を特別なものに感じてくれていたことを知り、オリアナは心がほっこりとした。
「ありがと……こういうのって、言ってもらえると嬉しいんだね」
今度から恥ずかしがらずに言ってみようと思ったオリアナは、手始めにミゲルに向き合った。
「私も三人でいるの、好きだよ」
まだそれほど実感は湧かないが、さっきもらった嬉しさの、お返しのつもりだった。
だから、驚いた。
(そんなに嬉しそうに、笑うなんて)
いつもは掴み所がないミゲルが、心底嬉しそうに目を細めるから、オリアナはつい見とれてしまった。
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