第78話 死に戻りの魔法学校生活 - 09 -
入学式の前日は眠れなかった。
王都の屋敷のベッドに潜るヴィンセントを襲ったのは、楽しみだけでは無い。
(オリアナに会ったら、何を言おうか)
「ほら。私の言ってたこと、正しかったでしょ?」と言われたら、ヴィンセントはすぐに謝るつもりでいた。
それに、もしまた好きだと言ってもらえたら、抱きしめるつもりでもいた。
何度も寝返りを繰り返し、ようやく寝付けたのは朝日が差す頃だった。
うとうととしながらなんとか魔法学校まで運ばれたヴィンセントは、送ってくれた訳知り顔のマルセルに別れを告げ、門をくぐった。
(前にここを潜った時――オリアナが、大きな声で名前を呼んで、飛びついてきてくれた)
それに対し、ヴィンセントは固まるばかりだった。全然知らない可愛い女の子に抱きつかれた十三歳だった自分を思い、ほんの少しの哀れみが湧く。
(あれから、恋が始まると思っていたのにな――)
いや、実際には始まった。
だが、随分とこじれ、遠回りをしてしまったことは、否めない。
再び一年生となってラーゲン魔法学校の敷地内を歩く。何もかもが懐かしかった。九年ぶりの学校生活が始まる。
緊張しながら、ヴィンセントは歩いた。
(いつ何処で、声をかけられるだろう。オリアナは無事に、登校しただろうか。先に、僕がオリアナを見つけられたら……)
入学式が始まる前に、クラス表が貼られている場所へ行く。そこは新入生と、新入生の兄姉でごった返していた。入学前に受けた試験の結果で、クラスが分けられているのだ。
ヴィンセントは特待クラスだった。それは、わかりきっている事実だった。以前もそのクラスから落ちたことは無かったし、今回は首席入学としてスピーチをしてほしいと、入学前に学校から連絡を受けてもいた。
クラス表の氏名を、上から順に見ていく。見知った名前ばかりだった。当然だ。変わっているはずが無い。同じ人生を繰り返しているのだから。
(だから、これは何かの間違えだ)
ヴィンセントは、特待クラスの名簿を三度見返した。
四度、見返すことはしなかった。
呆然と、口元を抑える。
(オリアナの名前が――無い)
それが何を意味するのか、ヴィンセントは気付きたくなかった。
ふわりと、あれほど欲したミルクティー色の髪が、ヴィンセントの視界で揺れた。
「あ、あったあった」
どれほど聞きたかっただろう。どれほど会いたかっただろう。心臓が、ぎゅっと掴まれたかのように苦しくなった。
ヴィンセントの隣で、オリアナがクラス表を見ている。彼女は第二クラスの前に立っていた。そのクラスに、彼女の名前があるのだろう。
あちゃあ、解答欄ズレてたのかも――なんて言ってくれるのを、期待して待ち続けた。
記憶にあるよりも少しだけ短い髪をふわりと靡かせ、こちらを向き、笑顔になるのを、ヴィンセントは拳を握りしめて待っていた。
だがオリアナは、ヴィンセントに気付くと、少し戸惑った様子で会釈した。
「あ、邪魔でしたか? すみません」
「いや……」
「私もう行くんで。ゆっくり見てください。じゃあ」
ヴィンセントに一欠片ほどの興味も無い瞳で、戸惑い以上の表情を浮かべることなく、オリアナはその場を立ち去る。
唖然としたヴィンセントは、オリアナの後ろ姿が人混みに消えていくまで、ずっと見ていた。
***
これまでヴィンセントを支え続けてきたものは、オリアナと会える――ただ、その気持ちだけだった。
だがオリアナはヴィンセントを――二巡目の人生を覚えていない。それは明らかだった。
絶望に打ちひしがれたかった。もう二度と、あのオリアナに会えないのかと思うと、苦しくて仕方が無かった。
共にいた日々も、喧嘩したことも、一緒に踊ったステップも、交わせなかったキスも――全ての時間が愛しくて、彼女との思い出を自分しか覚えていないことが、どうしようも無いほど悲しい。
(オリアナも、こんな気持ちだったのか――)
理解していたつもりで、全く理解出来ていなかった。
それどころか二巡目のヴィンセントは、
(不甲斐ない……クソの役にも立ちやしない……)
絶望しても、立ち止まらずにいられたのは、皮肉にも竜木のおかげだった。
オリアナの無事を見届けるまで――ヴィンセントは自分に、歩み続けることを義務付けた。
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