第52話 星の守護者 - 08 -


 アズラクと別れたオリアナが部屋に戻ると、ヤナが窓辺に、身動きもせずに立っていた。


「オリアナ――今、貴方の顔を、見られないわ」


 ハッとしてヤナを見たオリアナは、言葉を失った。オニキスのように美しいヤナの瞳から、止めどなく涙が溢れていた。


 オリアナは、ヤナが泣いている姿を初めて見た。


「アズラクは、行ってしまったのでしょう? 私には、何も言わず……」


 ヤナが寄りかかる窓からは、先ほどの場所が見えていたのだろう。オリアナの顔が青ざめる。


「アズラクが最後に会いに来たのが、私じゃないなんて、耐えられない……明日にはいつも通りになるから、どうか……どうか今だけは、一人にしてほしいの」


 ヤナが、体を震わせて泣き出した。布団を体に巻き付け、アズラクに一番近付いていたいとでもいうように、窓辺に寄り添っている。


(ヤナの傍にいたい……でもそれは、自己満足かもしれない)


 ヤナを心配する気持ちと同じほどに、彼女の気持ちもわかった。サンドウィッチの入った籠をサイドテーブルに置きながら、オリアナは言った。


「わかった。今日は、出て行くね」


 壁掛けからマフラーを取り、首に巻く。ヤナに背を向け、ドアノブをもう一度持ったところで、オリアナは立ち止まった。


「……ものすっごいお節介なんだけど、ヤナがわかってることを、言わせて欲しい」


 ヤナは返事をしなかった。

 オリアナはゴクリと生唾を飲み込むと、口を開く。


「アズラクは、ヤナのことしか話さなかったよ」


「……」


「ずっとずっと、ヤナのことばかりだった。ヤナのことしか……――ごめん」


 自分の過ちに気づき、オリアナは謝った。


(どれほどアズラクがヤナを思っていても、もうヤナには関係ないんだ。どれだけ好きでも、彼は決断したのだから。ヤナから離れることを……)


 その、結果が全てだ。


 アズラクはもう、ヤナの傍にはいない。どれほど、彼女を大事に思っていても。


 逆に、慰められれば慰められるほど、なら何故と悲しくなってしまうに違いない。オリアナはドアに額をぶつけた。


「ほんとごめん。出て行くね」


(友達に、何一つしてやることが出来ない)


 ドアノブを回したオリアナを、呼び止める声が背中に投げつけられた。


「……オリアナ」


 ドアノブを持ったまま、オリアナが振り返る。オリアナの体の動きに合わせて、ドアが少しだけ開いた。


「オリアナ」


「……うん」


「……オリアナッ……」


「うん……」


 オリアナはドアを閉めた。窓辺に駆け寄り、包まっている布団ごとヤナを抱きしめる。


 きつくきつく抱きしめると、応えるようにヤナもオリアナを抱きしめた。ヤナの慟哭がオリアナに突き刺さる。そのまま二人で、絨毯の上に倒れ込む。


 オリアナが、自分のベッドから布団を引きずり下ろした。二人でもみくちゃになりながら、絨毯の上で布団に包まる。


 そのまま二人は、絨毯の上で眠った。




***




 次の日から、ヤナはいつも通りだった。

 誰にも分け隔て無く笑顔で接し、よく食べ、よく話し、よく歩く。驚くほどいつも通りだった。


 ただ後ろに――アズラクだけが、いなかった。




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