第44話 ドレスと恋と花束と - 10 -


 次にヴィンセントが戻ってきた時、彼は片手にまとまるほどの、小さな花束を持っていた。よく見ると、野草や森に生える花ばかりだ。


 その顔はどこか不満げだ。額から小粒の汗が流れ、いつも綺麗にまとまっている髪はほつれていた。ズボンの裾には泥や枯れ葉がくっついていて、何処かを走り回ってきたように見える。


「こんな小さなものしか用意できなかった」


 不本意そうな声で毒づきながら、ヴィンセントがずいっと花束を差し出す。

 オリアナはわけもわからず、よろよろと立ち上がった。



「これで僕と踊るんだろう?」



 花束を受け取ったオリアナはしゃがみこみ、その場に膝をついた。

 あまりにも勢いよく倒れ込んだものだから、ヴィンセントがもの凄く狼狽える。


「どうした!」


「うううっ……踊るっ……! 行くますっ……!」


 胸に大きなハートの矢が飛んできた気分だった。ズキュンと打たれたら、人はこんなに息も絶え絶えになってしまうだろう。


 顔中に皺を寄せ、声を絞り出したオリアナに、ヴィンセントは「ふん」と鼻を鳴らす。

 その仕草まで可愛くて、好きで仕方が無くて。オリアナは地面に顔を埋めた。


 ペアになれたことよりも、ヴィンセントに誘われたことよりも、彼がまた花束を持ってきてくれたことが最高に嬉しかった。オリアナの二度の人生の中で、一番好きな瞬間だったから。


 そしてそれをヴィンセントは否定もせずに、もう一度してくれた。


(抱きつきたい。手、繋ぎたい。キスしたい)


 ヴィンセントとヴィンスは、違うところがある。


 けれど、全部が違うわけじゃない。


(だから困る。こういう時、ヴィンスには何でも伝えられたし、甘えられた。今だって、隣にいるのに――)


「はあああ……」


 大きな大きなため息をつく。オリアナを起こそうとしていたヴィンセントの手がびくりと震える。


「それはさすがに失礼すぎないか?」


「ううう……もうしゃべらないで欲しい……」


「うるさい」


 ヴィンセントがぐいっとオリアナの体を引っ張った。土だらけのオリアナの顔にぎょっとしながらも、持っていたハンカチで丁寧に拭き取ってくれる。


「ううう……」


「何故唸っている」


「あんまり近くで見ないでぇ……」


「またそれか。可愛いと言っただろう」


「うあああ! やめて! 黙って! もう見ないで、言わないで!」


「何故だ。ヴィンスと同じ顔で、同じ声だからか? 同じ人間なんだから、当たりま――」


「照れるからにっ、決まってるでしょっ!?」


 拭いて貰っていたハンカチを取り上げて、オリアナは真っ赤な顔で叫んだ。

 大きく開けた唇がわなわなと震え、涙がぶわあっと流れる。


「……」


「……」


 叫ばれたヴィンセントも、何故か徐々に顔色を赤く染めて行き、二人で押し黙る。


「……」


「……そ、そうか」


「……」


「……」


「……うん……」


 二人は揃って下を見た。

 顔はしばらく、上げられなかった。





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