第45話 星の守護者 - 01 -


「あら、じゃあタンザインさんとペアになれたの? よかったわね。おめでとう」

「えへへ。ありがとう」


 寮の自室で、ヤナに今日の出来事を話す。カーテンの向こうはすでに闇が濃い。階下の談話室では、まだ人が動いている気配があった。


 ヤナは床の上で柔軟をしながら、オリアナにのほほんと聞いた。


「なら、告白もされたのね?」

「告白は……されてない」


 ヤナの顔が微妙な顔になる。オリアナもそっくり同じ顔を返した。


「で、でもーヤナも言ってたじゃん。恋人じゃなくても、パートナーにはなれるって」

「けれど貴方たちの雰囲気だと、恋人として選ばれたのかしらと思うじゃない?」


(まあそりゃぶっちゃけ正直、私も思ったけどっ)


 部屋に飾っているヴィンセントからもらった花束を見て、オリアナは唇を突き出す。


「でも、何も言われて無いんだもんー……」


 不本意であることを隠しもせず、渋々と言った。


 互いに盛大に照れ合った後、オリアナとヴィンセントはぎくしゃくとしたまま別れた。あの時は、それがベストな行動のように思われた。ペアに誘われた以上の話し合いをする余裕は、どちらにも残っていなかったからだ。


「自惚れていいのかなー。いいような気もするんだけどなー」


 ヴィンスの時は、自惚れた。そして、それは正解だった。

 だが、ヴィンセントが誘ってくれた理由が、はっきりとわからない。


(流れからすると、ヴィンスへの対抗心っていうのが一番合いそうだし……)


 目を瞑って、うーんと頭を捻っていると、ヤナがため息交じりに言う。


「なら、シャロン・ビーゼルとペアになったという噂はどうなっていたの?」

「その噂、第二まで届いてたの? んー、多分、ただの噂だったっぽい」


 あの口ぶりからすると、シャロンと一緒に行くつもりは無かったのだろう。


 それに、まだペアの相手は決めていないかったはずだ。そうでなければ、売り言葉に買い言葉で、「シャロンと行く」とも言わないだろう。


 マリーナが「シャロンが休暇前に、タンザインさんと舞踏会に行く約束をしていた」と言っていたのは、もしかしたら休暇中の社交の話だったのかもしれない。

 だとすれば、ヴィンセントが「ドレスの柄なんて関係無い」と言っていたのも頷ける。本当に、関係無かったのだ。


(――じゃあ、何でビーゼルさんは話しかけて来たんだろ。舞踏会の話を振って、ヴィンセントに誘って欲しかったのかな……)


 シャロンとは不仲では無いが、特別親しくも無い。個人的にこんな話をする仲では無いため、憶測することしか出来なかった。


「口うるさく尋ねる女は、総じて男に嫌われるものよ――でも、オリアナ。確かなものが欲しくないの?」


 ヨガを止め、ヤナが神妙な顔でオリアナを見る。


「……もしかしたら、欲しくないのかも」


 欲しいに決まっていると思っていたのに、口を突いて出たのは反対の言葉だったからだ。


「好き」と言わないオリアナに、ヴィンセントは優しい。


 気を許してくれて、困っていたら手を貸してくれて、たった一人のペアに選んでくれて、可愛いとまで言ってくれる。


 ――期待しない方が、馬鹿である。


 もしかしたら、もう一度好きだと伝え直したら――何度も断ち切られた望みを、もう一度だけ持ってもいいんじゃ無いかと思う時もある。


(けど、また断られたら?)


 そう思うと、足がすくんで動けない。


「好きと言うな」という言葉さえ撤回されていない今、自分から言葉を求める気にはなれなかった。


 確かなものなんて無い今のほうがずっと、ヴィンセントの近くにいられるのは間違い無いのだ。


「ヤナは?」

「私?」

「確かなものが欲しいの?」


「――そうね。私も、欲しくないわ」


 だから、ここにいるのよ。と、ヤナは小さな声で呟いた。


 言葉を与えてしまうと、崩れてしまう関係性がある。

 オリアナとヤナは、同じ細い綱の上に立っている同志だった。




***




 舞踏会の準備は順調に進んでいた。


 ヴィンセントとオリアナがペアを組んだことは、瞬く間に学校中に広まったが、かといって、大きな騒ぎも起きなかった。

 大多数の生徒達には「まあ、そうだろうな」という感想しか浮かばなかったからだ。


 放課後にやっていたダンスレッスンも、順調に仕上げに向かっていた。

 先日、ヴィンセントから褒美を賜る一名が、ウィルントン先生によって選ばれた。五年第二クラスの女生徒だ。父親は騎士の称号を持つが、彼女自身は平民だ。


 講堂を手配し、融通を利かせてくれたウィルントン先生の決定に反発するものはおらず、誰もがその女生徒を祝福した。


 彼女は、舞踏会の第一曲目のダンスを、ヴィンセントにエスコートされ、会場のど真ん中で踊ることになるだろう。


 美人で長身の彼女が、ヴィンセントと踊る姿を想像する。それは見事に違いない。前の人生での、オリアナの親しい友人でもあった女生徒を、オリアナは心から祝福した。


 長期休みの間にドレスの準備を進めていたオリアナも、ヴィンセントとペアを組んだことにより、服装の変更を加えた。


 ヴィンセントの衣装と合わせた靴に変えたのだ。

 強い光沢を放つ鈍色の生地で作られた靴は、シャンデリアの下で銀色に輝く。彼のベストと飾りボタンと、同じ色だ。


 オリアナのドレスは、色だけ「ピンク」と伝えた。

 実際は、ピンクと言い切っていいのか迷ってしまう、紫がかったピンクだ。

 ペアになる予定も無かったのに、ヴィンセントの瞳の色を意識してい選んだ生地。


 当時は全くの紫でないので大丈夫だろうと思って選んだのだが、オリアナを知っている者が見れば、誰を想っていたのかは一目瞭然だろう。


 それに、オリアナの髪飾りはイリスの花だった。アマネセル国において、イリスは紫色の花の代表でもある。銀細工で作られたブローチは、色こそ紫では無いが、花に詳しい人間が見れば何をかたどっているのかすぐにわかる。


(今更ながらに、恋する自分が恥ずかしくなってきた……!!)


 どうせ笑われるなら、当日に一度だけがいい。


 オリアナは、ドレスと髪飾りを厳重にクローゼットに仕舞い込んだ。





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