第43話 ドレスと恋と花束と - 09 -
シャロンの泣きそうな顔を見てしまったオリアナは、不安になって自分の手を引くヴィンセントの背を見た。
よかったのだろうか。オリアナを優先させたように、彼女には見えたに違いない。パートナーに、ウキウキと舞踏会のドレスの話を振ったのに袖にされてしまったシャロンを思うと、ほんの僅かに残った良心が疼いた。
(ちゃんと説明はしてたのかな……私には、何か確認したいことがあるだけだって)
浮かんだ考えに自嘲する。
ペアを組むほどなのだ。余計なお世話に違いない。
廊下を曲がり、庭を突っ切り、何処に行くのだろうとオリアナが不安になり始めた頃、人気の無い校舎の裏でヴィンセントは足を止めた。
「……さっきのは従姉妹だ」
「え?」
「彼女の父には世話になっている。幼い頃からよく会いに来ていたから、気安いだけだろう。ドレスの柄なんて、僕には何も関係ないのに」
「なるほど……?」
オリアナの反応が想像と違ったのか、ヴィンセントは苦々しい表情をして、焦ったように口早に言う。
「ほんの短期間、一瞬にも満たない間、婚約を結んでたこともあった。だから未だに馴れ馴れしさが残っているんだ。婚約は完全に、破棄されている」
「あ、うん。知ってる」
こくこくと頷いたオリアナに、ヴィンセントが戸惑ったような視線を向けた。
「――何故? このことは親族でも……」
尋ねながら、何かに気付いたようにヴィンセントは言葉を止めた。そして、これまでの視線とは比べものにならないほど、きつい目でオリアナを見た。
「……
オリアナはこくりと頷いた。
重い沈黙があたりを包む。
ヴィンセントにとって、大きな秘密だったのだろう。
秘密を打ち明けることで、オリアナに何かしらの反応を求めた。けれど元々オリアナは知っていたために、ヴィンセントの表情は憎々しげに歪んでいる。
「でもヴィンセントは……シャロンと舞踏会に行くんだよね?」
「それもヴィンスに聞いたのか」
最近は、前の人生のヴィンスの話題を、ヴィンセントとしていなかった。
だからこそ、二人の関係は穏やかだったのだと、突如感じた。たった一瞬ヴィンスの影が覗いただけで、こんなにヴィンセントの心は荒れている。
「ではそうしよう。君の望み通り、彼女と踊る」
(望んでなんて無い! シャロンと行ってほしいなんて、言ってない)
ひどい言いがかりをされた気分になって、オリアナは眉根を寄せた。
なんと言い返していいのかわからず、言葉が出なかった。ぎゅむっと唇を引き結んだまま、オリアナは黙り込む。
「――ちなみに」
先に沈黙に耐えきれなくなったのは、ヴィンセントだった。
「君は誰と踊ったんだ? 僕だけ知られているのは、フェアじゃ無いだろう」
忌ま忌ましそうな声で、決して聞きたくは無さそうに尋ねられた。
別に、オリアナがずるをして知っているわけではない。オリアナはムッとしたことを隠しもせずに言う。
「貴方ですけど」
「――は?」
「だから。私が前の人生でペアになったのは、貴方ですけどって、言ったの!」
ヴィンセントは戸惑ったように眉根を寄せた。
「……僕はシャロンとペアになったんじゃ無いのか?」
「シャロンとペアになったのは、今の貴方でしょ? 前の貴方は、私に……っ」
オリアナは顔を赤く染め上げた。吸う息が熱い。本人に向かって、何を言おうとしているんだと言う冷静な自分がいる。
けれども、胸を渦巻く、行き場の無い怒りが勝った。
「貴方はっ、私に、花束を持って、告白してきてくれたんだもんっ……!」
これ以上無いほど、オリアナの顔が赤くなる。両手で頬を押さえて、恥ずかしさに身悶えた。
それを、ヴィンスとの懐かしい思い出に胸をときめかせているとでも思ったのだろうか。ヴィンセントが長いため息を吐く。
「……僕は、何から何までヴィンスに勝てない」
怒ったり、貶されたりするかと思っていたのに、オリアナの予想に反して脱力した声だった。
怒りも照れも忘れ、ヴィンセントの様子を訝しんでいると、どこか覚悟を決めたような顔をして、彼がこちらを見た。
「いいか。ここにいるんだ」
「へ?」
「絶対に、何があっても動かないでくれ」
「え……」
「頼むから、僕が帰ってくるまでここで待っていると、約束してくれ」
ヴィンセントの真剣な瞳がオリアナを貫く。
オリアナはおずおずと頷いた。よくわからないが、ここで待っていればいいのだろう。
「わかった。待ってる」
「できる限り、すぐに戻る」
そう言い残して、ヴィンセントはローブをはためかせながら去って行った。その足取りはすでに、早歩き、なんてものじゃない。走っていた。
(ヴィンセントが走ってるところを見るの、初めてかも……)
かっこいいななんて無意識に湧き出る自分と、ヴィンセントの格好良さにむかつきながら、オリアナは校舎の壁にもたれて座った。
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