第36話 ドレスと恋と花束と - 02 -


「エルシャさん。ちょっと、いいかしら」


 授業後、オリアナはクラスの女子に呼び出された。場所は校舎の裏。後ろぐろいことを行うには、ど定番な場所である。


(この四年間、好き勝手ヴィンセントに飛びかかってても何事もなかったのに……?? 好きだって言うのを止めた途端に、こんなことってある??)


 校舎の壁に背をつけ、複数の女生徒に囲まれていたオリアナは冷や汗をかいた。

 そんなオリアナの心境を知ってか知らずか、女生徒達は真剣な表情でオリアナを睨み付けている。


「エルシャさん!」


「はい!」


 迫力のある声に、背筋が伸びた。

 戦々恐々としているオリアナの前で、女の子たちが一気に頭を下げた。


「どうか、助けてほしいの!」


 予想していなかった展開に、オリアナはパチパチと目を瞬いた。


「……ど、どうしたの?」


「私達、長期休みの間に必死にダンスの特訓をしたんだけど……。先生もいない状態じゃ、全然上手くいかなくって」


 代表して言ったのは、今年も引き続き同じクラスになったマリーナ・ルロワだ。


 ダンスやマナーは、四年生の時に基礎だけ授業で教えて貰えるが、あとは個人での特訓となる。昔は貴族しかこの学校に通っていなかったため、ダンスの授業など、形ばかりで十分だったからだ。皆、幼い頃から家で教育を受けていた。


 平民ではあるが、ダンスやマナーの特訓を幼少時から受けていたオリアナも、問題無い。


 だがもちろんのこと、たった数回の授業でダンスを覚えられる生徒ばかりでは無い。


「魔法の勉強なら自信はあるんだけど……運動は……ちょっと……」

「嘆願書を書いて先生に特別レッスンを頼んだんだけど、慣例だからって許可してもらえなくて……」

「パートナーと練習しろって言われて……」

「でもダンスが出来なきゃ、パートナーにだって誘えないじゃない?」

「私たちだって、魔法学校の生徒だもの。最終学年の思い出に、どうしても舞踏会に出たいの……!」


 女の子達のキラキラした目がオリアナを見つめる。


(いじめでもカツアゲでも脅迫でも無かった……! みんな、疑ってごめんなさい……!!)


 前の人生では、こんな出来事は無かったので、本気で心配してしまった。オリアナのいた第二クラスは基本的にクラスメイト同士の仲が良く、男女でもよく遊んでいたため、互いに勝手に練習をしあえていたのだ。


 だが、特待クラスの生徒は、第二クラスよりも内向的な子が多い。簡単に言えば、気軽に異性に声をかけられない。


「オリアナはダンス得意でしょう? どうか教えてほしくって」


 オリアナとて、人に教えるほど上手なわけでは無い。彼女達も、それは承知の上だろう。本当に掴める藁がオリアナしか無かったのだ。


「心当たりを……当たってみる」


「オリアナ~!」


 ぎゅっとマリーナに抱きつかれたかと思うと、次々と女生徒達が抱きついてきた。


 こんな青春みたいなことを、この人生で送れると思っていなかったオリアナは、はわわっと口を震わせる。


 そして力の限り、ひしっとみんなを抱き返した。




***




「――というわけで、男子諸君にお手伝いいただけないかと思いまして……」

「なるほど、理解した。それで、何故その話を持って行く相手がミゲルなんだ?」


 ヴィンセントの圧を感じる。オリアナはぶるぶると震えながら目を逸らした。


 放課後女生徒達に持ちかけられた話をするために、オリアナは夕食後のミゲルを訪ねた。いつものようにスティックキャンディを舐めながら談話室でくつろぐミゲルの隣には、当然のようにヴィンセントもいた。


 同席の許可を貰うと、オリアナはミゲルに頼み込んだ。

 複数の女生徒がダンスの練習不足で困っている。ダンスに慣れた男子生徒に話をつけてほしいと。


 魔法学校の生徒比率は男子生徒の方が多い。男女ペアで舞踏会に参加する場合も、下級生からパートナーを見つけない限り、男子生徒があぶれてしまう構図となっている。


 パートナーがまだ決まっていない男子生徒なら、パートナーとマッチングする場にもなるため、男子側にも得があるはず――と切々と続けるオリアナを、絶対零度の紫色の瞳が睨み付け……冒頭に戻る。


「あまり言いたく無いが君、あまりにも気軽にミゲルを頼りすぎでは無いか?」


「おっしゃる通りで……」


「ミゲルは君のなんだ? 兄か? 従者か?」


「ひゃい……すみません……」


 ヴィンセントから放たれるど正論に反論することもできず、オリアナは体を小さくする。


 確かに、オリアナは簡単にミゲルを頼ろうとした。ミゲルならなんとかしてくれるだろうと思った上、ミゲルならきっと断らないだろうと踏んでいた。完全に甘えていた。


 見返りも無く、簡単に人に頼るのは身を滅ぼすと、父にも口酸っぱく言われていたことだ。最も父は、見返りも無く助けてくれるのは家族だけだ、という意味を伝えたがっていたのだが。


「何って、一緒にパジャマパーティーした仲だよな?」


 オリアナを睨み付けているヴィンセントの視線に、力がこもる。


「ミゲル……! その助け船いらなかった……! でも知ってて言ったよね。ミゲルってばそういう子だよ……!」


 ヴィンセントの目を見ないようにミゲルに顔を向けると、ものすっごく楽しそうな顔をしていた。


(そんな顔をされたら、許してやりたくなっちゃうじゃんか!)


「オリアナ」


 これ以上の助け船は期待できそうにない。そもそも泥船に放り込まれただけのような気がするが、オリアナは厳しい目を向けるヴィンセントがいる方に顔を戻した。顔は上げられない。


「君はもう少し、筋道を立てて考えるべきだ」


「はい」


「相談されたのはクラスの女子なんだろう?」


「はい」


「なら、クラス長に相談すべきだと、そうは思わなかったのか?」


(思いませんでした)


 それを言っては、いよいよ凍え死んでしまうのでは無いかと我が身を案じ、オリアナは黙った。しかしその沈黙で、新クラス長に任命されたヴィンセントは、オリアナの意思を察してしまったようだ。冷たい視線がオリアナを貫く。


(あっ。凍った。今頭のてっぺん、絶対凍ってる)


 何故ヴィンセントがこんなにご立腹なのか、甚だ疑問である。オリアナはぶるぶる震えながら答えた。


「でもヴィンセント、監督生は辞退したって聞いたから……! 忙しいのかなって……!」


「辞退したのは、監督生が大きな責任と名誉ある職だったからだ。適任の生徒が他にいると思ったから、受けなかっただけだ。その点クラス長はただの教師の雑用係だから、僕なんかでも役に立てる」


 ラーゲン魔法学校で監督生を経験すれば、経歴に箔がつく。ヴィンセントはもう、抱えきれないほどの名誉を持っているため、他の――特に就職活動などで難儀する、平民の生徒に譲ってやりたかったのだろう。


 ヴィンセントの思わぬ優しさを知り、オリアナは胸がほこほこした。

 監督生になったデリクは平民出身だが、優しい人柄と面倒見のよさから、下級生にも慕われ、いい監督生をやっていると評判だ。


「……なるほどわかった」


「何が?」


「ターキーさんに頼め、ってことね?」


 一瞬の沈黙が落ちた。次の瞬間笑い出したのは、言わずもがなミゲルだった。


「筋が通っちゃったな」


 ヴィンセントはミゲルを睨むと、不承不承オリアナの頭から視線を剥がして、ソファに腰掛けた。珍しく、だるそうに背もたれに寄りかかっている。


 頭が凍っていないか、オリアナは咄嗟に触れて確認したが、髪がくしゃくしゃになった程度しか異変は起きていなかった。


「確かに、一番筋を通すとなるとそうなのだろう……」


 ヴィンセントは嫌々認めたように言うと、悲しげな顔をしてオリアナを見た。


「なあ、オリアナ――僕に頼ろうとは、本当に一瞬も思わなかったのか?」


 オリアナはヴィンセントの顔を見ていられなくて、顔を俯けた。


(そりゃあ、思ったに決まってる……)


 クラス長に頼むという選択肢は、オリアナには生まれ無かった。


 だが、ミゲルに頼ろうと思った時点で当然、ヴィンセントのことも頭によぎった。


(頼りたかったけど。頼りたかったけど~……)


 ヴィンセントに断られるのが嫌だった。


 普通に断られても傷ついただろうが――舞踏会は男女ペアで参加する行事だ。

 もし、ヴィンセントがパートナーとの事情を理由に断ったりしたら、助けを求めてきたクラスの女子達を恨んでしまうかもしれないと思った。きっと計り知れないショックを受けただろう。


 だから、ヴィンセントが隣にいることを知りながら、ミゲルに相談した。

 もし、ヴィンセントが乗り気なら、手助けしてくれるんじゃないかと卑怯にも思ったのだ。


 いつも真っ直ぐなオリアナとて、自分の恋心を守るためなら、そのぐらいのこざかしい手は使う。


(でもこれは、ナンカチガウ……何故脅迫……何故怒られている……)


 いや怒られたのは、ミゲルに頼りすぎたからなのだが。


「……ヴィンセントはクラス長だから、頼ってよかったよ、ってこと?」


「そうだ。――何のためにこんな雑用係、引き受けたと思ってるんだ」


「え? クラスと先生のため?」


「ああ、そうだろうな。全くその通りだ」


 ヴィンセントがやけっぱちに言った。

 その様子を見て、ミゲルがゲラゲラ笑っている。何がそれほど愉快なのかわかりたくもなかった。


 喉に飴が落ちてしまえ、とオリアナはミゲルに呪いの視線を送り、余計に笑われる羽目になった。







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