第37話 ドレスと恋と花束と - 03 -


 次の日から早速、有志の男子生徒達による、女生徒へのダンスレッスンが始まった。


 場所はヴィンセントが教師にかけあい、空き教室を確保してくれた。踊りの上手い品行方正な男子生徒も数人チョイスしてもらい、頭が上がらない。


 参加者の中には、監督生になったばかりのデリクもいた。ダンスに自信がない生徒も、レッスンに参加したがったために、思っていたよりも大所帯となってしまった。


 平民出身の男子生徒の多くは、ダンスに自信が無いようだった。だがこういった機会でも無ければ、やはり女子を自分から練習に誘ったり出来なかったのだろう。

 オリアナはダンスが上手い女生徒を確保していなかったので、僭越ではあるが自ら練習台になってやるつもりだ。


(場を提供したから、はいさようなら……じゃさすがに無責任だと思ってたし、監督がてらに丁度いい)


 みんな基礎は出来ているので、まずは度胸をつけること、そして女の子に慣れることを優先して行う。一人一人に、細かく丁寧に教えるには、オリアナ一人では無理だ。


 ミゲルも練習台として参加してくれることになった。イケメンで人当たりも良く、誰にでも優しいミゲルが練習に付き合ってくれると知り、女生徒達はきゃいきゃいと喜んでいる。


 ――が、問題はもう一人の方にあった。


 そう。ヴィンセント・タンザインである。


「……ですからね。ヴィンセントさん」

「なんだ」


「ご協力は大変ありがたいんですが……」

「僕だってダンスぐらい踊れる」


「もちろん存じております」

「君も手ほどきをするのだろう?」


「そうなんだけど、でもそれは、ここに踊れる女生徒が少ないから……」

「同じ条件じゃないか」


「そうじゃなくて、そうじゃなくてね……人間には適材適所っていうものがあって……」

「だから、適材だろう」


 不思議で仕方が無いといった顔をして、ヴィンセントが言う。


 後ろで固唾を呑んで見守っている女生徒達が、たまらずオリアナに懇願の視線を向けた。オリアナはわかっている、と伝えるように小さく頷く。


(こんなに美しい未来の公爵閣下の足を踏みたいと思う女生徒が、いるわけないじゃんっ……!)


 ヴィンセントは自分の身分や責務についてはかなり正確に把握しているのに、何故今、自分の美貌と女生徒の羞恥心に対して、これほど無頓着なのだろうか。


 ヴィンセントは、誰がどう見ても特別な生徒だ。


 穏やかで朗らかで、平民も貴族も分け隔て無く優しく接し、多少の失礼は水に流す――どころか、最初から無礼など働かれていなかったかのように接してくれる。


 平たく言えば、貴族なのに気取ったところが無い。そのくせ、貴族としての責任は人一倍重んじる。


 優秀な頭脳と魔力に、整った顔立ちと引き締まった長身、穏やかな話し方に、高貴な責任感。


 雨の日に、お試しで履くスリッパにするのは、あまりに似つかわしくない。


「……なら僕だけ、役立たずにここで見ていろと言うのか」

「役には立ってくれましたので……! 教室も取ってくれたし、男子も呼んでくれたし……」

「今の話をしている」


(なんなんだ。なんで突然、僕もお母さんのお手伝いしたいって言い始めた五歳児みたいになってるんだ……)


 女生徒達は、ヴィンセントが不機嫌になったのではないかと、ハラハラとオリアナを見ている。オリアナなら、なんとか宥めてくれるのではないかと思われているようだ。

 彼女達の期待を背に、オリアナはおずおずと切り出した。


「ヴィンセントには、もっと適してる役割があって……」

「なんだ?」


 拗ねているような顔をしたヴィンセントが、オリアナを見る。


(可愛いから止めてくれぇ……)


 他の生徒達とは違う意味でオリアナはハラハラした。こんな可愛いヴィンセントを、他の誰にも見てほしくない。


 オリアナは、ヴィンセントが手伝うと言い出した時から、密かに思いついていた案を出した。


「だからね――女生徒の中で、一番上達した人と、最後のご褒美として、舞踏会で一曲目を踊ってあげてほしいって、思ってて」


 ヴィンセントがくいっと眉毛を上げた瞬間、後ろから悲鳴と喝采が聞こえた。

 驚いてオリアナが後ろを見ると、女生徒達が期待に満ちた目で、胸の前で両手を握りしめている。


「エルシャさん、とても素敵な提案ですわ!」

「舞踏会で、タンザインさんと……?」

「私たち、死をして励みます」

「モチベーション上がる……!」


 他の女生徒達も皆一様に顔を輝かせる、ぶんぶんと首を上下に振っている。


「……ほ、ほら! みんなめっちゃ喜んでる」


「なぜ練習は駄目なのに……一度ならいいんだ?」


 唖然としてヴィンセントが呟いた。

 予想以上の喜びようではあったが、オリアナには女生徒達の気持ちが、痛いほどにわかった。


 ヴィンセントは、履きつぶす靴には相応しくない。

 彼は、初めてのデートの日に、胸を躍らせながら下ろすミュールなのだ。


 触れるのを憚られるほどに特別なヴィンセントと、自分が努力した結果にたった一度、奇跡のような瞬間を手に入れられる――それほどに素敵で最高な、青春の思い出があるだろうか。


 誰かに、思い出にしたいと思えるほどの気持ちを抱かせるのは半端なことではない。


 けれどヴィンセント・タンザインは、ダンス一つで彼女達に夢を見せた。


「ということで、みんなのご褒美になってください」


「なんだか釈然としないな……だがそれが、皆のためになるというのなら、甘んじて褒美となろう」


 ヴィンセントは苦笑を浮かべて承諾した。女生徒達は興奮し、歓喜の悲鳴を上げてダンスの練習に励み始めた。







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