第35話 ドレスと恋と花束と - 01 -
――なんといっても、舞踏会である。
***
魔法学校に通う全ての者が注目するイベント、それが
豪華な装飾や魔法で飾り立てられた会場は、夢のような美しさである。この時ばかりは、外部から呼び寄せられたプロの楽団が、音楽を奏でる。
舞踏会に出席できる生徒は、最終学年である五年生と、五年生のパートナーに選ばれた他学年の生徒のみだ。舞踏会の参加は自由で、参加せずにのんびりと寮で過ごす者もいる。
舞踏会には、男女ペアの参加が義務付けられている。
他学年のパートナーを選ぶことも可能なため、この時期は全校生徒が気もそぞろだ。
この時ばかりはひよっこ魔法使いらもローブを脱ぎ、煌びやかな正装で出席する。
早い人では、一年前から準備を進めている家もあるほどに、魔法学校の生徒はこの舞踏会に力を注ぐ。
それほどに、学生にとって、また学生の生家にとって、舞踏会での成功は大きな意味を持っていた。
「わあ……ちょー綺麗……!」
「本当に美しいわね。王に感謝しなくては」
エテ・カリマ国から届いたばかりのヤナのドレスを、女子寮の自室でオリアナとヤナは覗き混んでいた。
さすが王女のドレスである。一年かけて生地から取り寄せていたらしく、エテ・カリマ国お抱えの針子に作らせた一級品だった。
手に取ってみると、背中が透けているのがわかる。向こう側が見えるほど極薄い生地に、ビーズと宝石で、繊細でいて大きな模様が描かれているのだ。背中一面に宝石を貼り付けたような、豪華で大胆な衣装だ。
「アズラクにまた、カーディガン着せられそうね」
「ふふ、そうね。その時は大人しく、彼の上着を借りておくわ」
ヤナのダンスのパートナーは既に決まっている。試練が絡むヤナの場合、アズラク以外を選んだら、それはそれで問題になりそうなので、さもありなんである。
「いいな~! ヤナはパートナー決まってて……」
まだ枝も選んでいないひよっこ一年生達がうろうろとする校舎では、パートナーが決まるまで、生徒達はみなそわそわと落ち着きを無くす。
誰かを誘うにしろ誘われるにしろ、異性全ての行動が気になって仕方が無い。
オリアナも、このパートナー選びのせいで舞踏会は欠席したいレベルで嫌な行事である。
この浮かれた場と、胃がキリキリとする日々が、耐えられない。同じく耐えられない者、ペアになれなかった者、また金銭的にドレスを調達出来ない者達は、当日寮の談話室で大きなチキンを食べる習慣があった。
「私もチキン食べに行きたい……」
もちろん、エルシャ家の娘として言語道断である。最先端の技術で作ったドレスを、舞踏会で見せびらかして来いと父から厳命を受けている。
「オリアナはタンザインさんを誘うのではないの?」
「えー。誘わない」
きっぱり言い切ると、ゴロンと絨毯の上に転がる。絨毯の上でヨガをするヤナのために、この部屋は下足厳禁だ。
(前の人生では、誰を誘おうとしてたんだったかな……ルシアンは無いし、カイだったかな……いやでもカイは……)
かつての友人らを思い出し、オリアナはそっと目を閉じる。
(あぁ、そっか……胃がキリキリし始めたと思ったら、割とすぐにヴィンスに誘って貰ったから、あまり悩まずにすんだんだっけ……)
新学期が始まってすぐに、パートナーとして参加してほしいと、花束を抱えて申し込んでくれたヴィンス。その時まで、オリアナにとってヴィンスは「ミゲルの友人」だった。廊下で会ったら一言二言話す程度の仲だったため非常に驚いたのだが、耳の赤さに胸を打たれ、交際を始めた。
思えば、ヴィンスと付き合っていたのは短い期間だった。
人を愛する優しさも強さも苦しさも――失う悲しみも。
オリアナにとって舞踏会は、楽しみなだけのイベントでは無い。舞踏会が終わってすぐに、ヴィンセントは死んでしまった。どうしても、彼の死を連想してしまう。
「どうして誘えないの?」
「えっ……」
ヤナから突っ込んで聞かれると思っていなかったオリアナは、びっくりして体を起こした。
「ヴィンセントが、『好き』って言われたく無いんだって。ペアに誘うってことは、言ってるも同義じゃん」
「あら。私とアズラクは恋仲じゃないけれど、一緒に行くわよ」
(この世界で、互いに互いしか座れない椅子を持っている人たちと、同じ土台にあげないでほしい)
オリアナの胸中を察したのか、ヤナが笑う。
「誘ってみるだけ、誘ってみたら? 好きだと言われたくないと彼が言えるなら、断られるだけじゃない」
「……ん~。嫌がられたり、断られるのに、もう耐えたくない」
再び床にぐでんと転がる。
(ヴィンセントのそばにいなきゃいけなかった時は、自分にさえ言い訳が出来ていた。そばにいるために誘ってるだけだから、是非は問わない。そう思えてた……でも今は)
そもそもオリアナは、ヴィンスからあんな態度を受けたことは無かった。誰よりも愛し、愛されていた男に邪険にされ続けるのは、想像を絶する苦しみだった。
あの頃はただ単に、自分の痛みよりも優先すべきことがあったから、耐えられていた。言わずもがな、ヴィンセントを守り抜くことだ。
だがヴィンセント自身が協力してくれることになり、彼の安全はぐっと増した。健康にも身辺にも気をつけてくれている。この状況では、本当にオリアナがいたところで、何の助けにもならないだろう。
無理にそばにいなくても彼はきっと安全で、無理にそばにいようとしなくても、彼は友人としてオリアナを大事にしてくれる。
――好意を押しつけて無理矢理近くにいた時、ヴィンセントの心は遠かった。
最初に「好きと言われたくない」と言われた時、オリアナは好意を拒絶されているのだと落ち込んだ。
次に話した時に、ヴィンスとヴィンセントを混合しているから嫌がられたのだと考えた。ヴィンセントのことも好きだと伝えたが、それもやはり嫌がられてしまった。
そうなってしまえば、それ以上「好き」と言うのは、ただの嫌がらせに他ならない。
だけど、感情のままにいることは、なんとなくふんわり許してもらえている気がする。傍にいるのも、そっと抱きつくのも、ヴィンセントの事が好きで過剰に反応するのも、目を瞑ってくれている。
オリアナが「好き」と言わなければ、ヴィンセントは心を近づけてくれているのだ。
(だからこれでいいんだ。他の人よりちょっと近くて、少し甘やかしてもらえるこの位置が、とても心地いいから)
「ヤナ~ヤナヤナヤナヤナ~」
「はいはい。甘えたさんね」
座っていたヤナの腰にしがみつき、ぐりぐりと顔をこすりつける。仲良くなって、長期休みに泊まりにまで来てくれて、ふんわり色恋の話までしても、ヤナとの距離だってまだ掴みかねている。
どこまで甘えていいのかなんて、結局人間なのだから、いつまでも計り続けるしか無い。
「ヤナとアズラクは踊れるの?」
「ほんの少しだけ。けど踊れなくても関係ないわ。パーティーでは、美味しい食事をいただくから」
「練習するなら付き合うよ?」
「ありがとう。でも最近、アズラクが少し忙しいようだから――」
「え?!」
アズラクが忙しい。そんな言葉を、オリアナは初めて聞いた。
暇人だと思っているわけでは無いが、彼にヤナ以上に優先させる物があると思っていなかったのだ。
「どうしたの?」
「最近、国から手紙が届いているみたい。手紙は珍しい事では無いのだけれど、頻繁だから気にかかっていて……」
「返事を書くのに忙しいってこと?」
「そうね。それに少し、気もそぞろな時があるわ。悩み事でもあるみたい」
アズラクもヤナ以外の事で悩んだりするんだ。かなりめに失礼な事を考えるオリアナの頭を、ヤナがそっと撫でる。
「あまり無理はさせたくないの」
「そうだね」
オリアナはヤナの腰に頭をぐりぐりと押しつけた。
ヤナの気持ちをどうにか少しでも、和らげてあげたかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます