第12話 夏の面影 - 07 -


「ヤナが結婚?」


「アズラクに勝てる者がいれば、という話よ」


 ラーゲン魔法学校の在校生が一堂に会す食堂は、いつも騒がしい。

 話し声や、スプーンやフォークが食器とこすれる音、笑い合う声、椅子を引く音、全てが混ざり合い、雑多な音となって存在する。


 そんな食堂の一角で、オリアナとヤナとアズラクのお馴染みの面子が、同じテーブルを囲み、食事を取っていた。


 オリアナはボンゴレビアンコを、フォークでくるくるしていた。


(何度やっても、初耳みたいに聞くのは難しいなあ)


 人生を二度生きる者にとって――他にもそんな者がいればだが――一度聞いたことがある話を、初めて聞いたようにリアクションせねばならない時間は少なくない。


 アズラクとヤナが抱える試練・・のことを、前回の人生で知っていたオリアナは、びっくりした顔を作る代わりに、パスタを頬いっぱいに頬張った。


「砂漠の王女には、王が決めた男と結婚するか、とある試練を受けるか、選べる権利があるの」


 試練で、王女が決めた護衛に勝った者は、王女を妻に出来る。


 現代では形骸化されてしまっているようだが、かつてこの試練が、多くの強者を他国から砂漠の国に招いたことは、言うまでも無い。


 砂漠の国エテ・カリマは、強者と美女と、富の国だ。


「それで、魔法学校に入ったの?」

「ええ。国の外に出たのは初めてだったから、一年生のころは貴方にも沢山迷惑かけたわね」

「ドアを開けて頂戴、って言われるのも楽しかったよ」

「本当に鼻持ちならない小娘だったわ……でもオリアナのおかげで、少しはまともになったと思いたいわね」


 かつての自分達を思い出し、オリアナとヤナはふふふと笑った。その様子を、アズラクはいつも穏やかに見守っている。


「――アズラクに勝てた者と結婚する……もちろん、私を娶る権利を得ると言うだけで、あちらには拒否権があるのよ」


 護衛は、挑戦者がいる限り、いつ何時でも挑戦を受けねばならない。


 決闘は一人ずつだが、連戦は認められている。

 禁止行為ではあるが、集団で卑怯な手に出られることももちろんあるため、それさえも掻い潜る歴戦の護衛が必要とされた。


 戦いの中で、忠義のあまり護衛が死んでしまうこともあるという。


 逆に護衛自ら不当に負け、試練を早々に終わらせようとすることもあったのだとか。


 王女の結婚ともなれば当然、政治的な思惑が絡んでくる。合法に王女の夫の座を手に入れられる機会を、有力者達が黙っているはずも無い。不当に負けた護衛には、それ相応の見返りがあったことだろう。


 結局最初から、勝者が王宮で選ばれているような出来レースなのだ。


 護衛がいずれ負けることを前提とした試練のため、この敗北は不名誉とはならない。


 挑戦者も、甘い誘惑も、全て撥ね除けられた護衛はこれまでに片手の指の数ほどしかいないらしい。


 どれほど非道な結果になろうとも、試練を受けた王女は異議を申し立てられない。


 試練中、護衛が忠義を捧げなかった場合、それは王女の責任とされる。


 それこそが、王女にとっての試練なのだ。


「決闘に真剣と魔法は使用しないとはいえ、生徒を荒事に巻き込んでしまうのは事実。入学前に、しかるべく方法で我が国の伝統を説明し、学校と協議を重ねて許可を貰っているから、安心してね。――ごめんなさいね。アズラクの怪我のことで心配させてしまって」


 食事をテーブルまで運ぶ際、いつか見たアズラクの怪我のことを、オリアナがつい心配してしまったところから、この会話が始まった。


「理由があっての喧嘩だったんだね」

「そうね。事情を知らないものには、アズラクがさぞ無頼漢ぶらいかんだと思っていることでしょう。私はこれほどの、忠義者を知らないと言うのに」


 試練のことは、当事者である男子生徒には広まっているらしいが、女生徒で把握している者は多くは無い。


 女生徒の多くは、アズラクが放蕩な乱暴者だと思っている。彼はよく体に傷を作っているし、頻繁に喧嘩を繰り返しているという話も聞くからだ。


 頻繁に決闘が行われるのも、さもありなんだ。


 エテ・カリマ国の王族と縁続きになれる上に、”砂漠の星”と呼ばれるほど美しいヤナの夫になれるのだ。学校中の腕自慢らが、こぞって挑戦している。


「どうしてヤナはその試練を受けることにしたの?」


「強者を連れて帰るのは、王女の義務ですもの」


 ヤナはにこりと微笑んだ。

 結婚を手段として割り切るのは、十六歳の娘にとって、簡単なことでは無い。


 平民のオリアナは、かなり高い確率で恋愛結婚が出来る。


 父の役に立とうと思えば、父の望む結婚をすべきだろう。

 実際、周囲がオリアナの結婚相手に――と望んでいる相手もいた。だが、ヴィンスを愛していた二度目の人生のオリアナは、幼少時から心底、その相手――父の弟子との結婚を嫌がり続けたため、そういった話は立ち消えている。


 ヤナの婚姻は、そんなおままごとのような、簡単に消えて無くなる話とは全く次元が違う。


 王女の覚悟はきっと、オリアナに計り知れるものではない。


「……すごいね」

「いいえ。本当にすごいのは、アズラクよ」


 オリアナはヤナの正面に座るアズラクを見た。アズラクは、算術学の授業でも聞いているかのような、興味の無さそうな顔でスプーンを動かしている。


「そうだよね、アズラクも大変だよね。刃物は使わないとは言え、木剣とかはオッケーなんでしょ?」


「何も大変では無い。ヤナ様の未来がかかっているのだから」


「お前を護衛に選べた私は果報者ね」


 ヤナが優しい笑顔をアズラクに向けた。


「身に余る光栄です」


 アズラクの声は驚くほどに柔らかかった。その声が、彼の言葉が本心だと告げている。


 見ては悪いものを見てしまった気がして、オリアナは慌てて皿に視線を戻した。


 今の話だと、アズラクがヤナの結婚相手に選ばれることは無い。アズラクがアズラクに勝つことは、物理的に不可能だ。


(でもさ……。アズラクは、さあ?)


 ボンゴレに一度視線を戻していたが、オリアナはもう一度ちらりとアズラクを見た。


「ヤナ様。トマトもきちんとお食べなさい」

「トマトから摂取するべき栄養は、他の野菜からきちんと摂るわ」


 アズラクはそれでも頑として譲らなかった。ヤナは渋々、トマトにフォークを入れる。先ほどまでの、息をも詰まりそうな空気は消えていた。


(アズラクはさ……ヤナを、好きじゃん?)


 二度目の人生だからこそ、気づけるものもある。


 一度目の人生では知らなかったアズラクの気持ちを、オリアナは多分、正確に読み取れていた。


 いつもは巧妙に隠しているが、ふとした時に見せるヤナの名を呼ぶアズラクの誇らしさ、ヤナを見る彼の視線の甘さ、ヤナに触れる彼の手の神妙さ。


 二人のことをゆっくりと、じっくりと見ることが出来ているからこそ、気づけた僅かなアズラクの反応を、オリアナは誰にも伝えたことは無かった。


 ヤナがアズラクの気持ちを知っている気配は無い。そしてアズラクは、ヤナに伝えるつもりも無さそうだった。


 報われない片思いをしているアズラクが、なんだか人事に思えなくなってきて、オリアナはくるくるくるくるとパスタを回し続けた。





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