第7話 夏の面影 - 02 -
「勉強が出来たり、みんなに親切に出来たりするのも、私たちと一緒で、ただヴィンセントが努力してきたからだろうし……」
勉強に関しては、ほぼ断言できた。ヴィンセントは成績優秀だが、何も生まれ持って全てを知っているわけではない。オリアナのように前もって数年先までの知識を手に入れているわけでもないだろう。
ただ彼が、努力をしているのだ。
その努力を、オリアナはこの四年間、側でずっと見てきた。
(前の時も、頑張ればよかったな……)
前の人生では、勉強なんてそこそこやれていればいいと思っていた。無理して上のクラスを目指す必要も感じなかった。
(一緒のクラスだと、こんなに出来ることが変わるなんて、思っても無かった……)
移動教室に一緒に歩ける幸せを、オリアナは今生で初めて知った。
(短い休憩時間にも、わざわざ来てくれてたんだな……)
オリアナの知らなかった努力で成り立っていた二人の関係を思い返すと、少しだけ罪悪感が募る。ごめんヴィンス、と心の中で両手を合わせる。
(愛されて、た)
前の人生と比べ、出来なくなったことは多いが、今の人生でしか出来ないこともたくさんある。
ヴィンセントは、ミゲルやオリアナの前では年相応の姿を見せる。だが、前の人生で恋人だったヴィンスは、オリアナにはそういった面を全く見せなかった。それは、ひとえに彼の努力と言えよう。
オリアナに親切にしたくて、いいように見られたくて、ヴィンスは努めて優しく振る舞ってくれていた。
(今回の人生で努めていただけないことは大変遺憾ですけれども……素のヴィンセントを見せてくれるのも、同じぐらい……ううん、もしかしたら、ずっと嬉しいかもしれない)
結局、ヴィンセントの近くにいられればなんでも幸せなのだ。
「誘ったら一緒にラーメンとか食べてくれるよ。きっと」
「えー?! タンザインさんがラーメン食べるところは想像できないんだけど?!」
ラーメンとは、最近食堂で大人気の新メニューだ。料理修業の旅に出かけていた、異国から帰ってきたばかりのシェフが考案した料理で、無類の麺好きであるオリアナの大好物になっていた。
(食べた後、ちょっとヴィンセントを避けなきゃいけない匂いになっちゃうのが玉に瑕……)
だが、食欲も愛と同じほど大切なものである。オリアナは、四年生のこの時期までずっと、ラーメンが食堂に並ぶのを待ち続けていたのだから。
「食べないよ」
「そうかあ。やっぱ食べないかぁ……ヴィンセント!?」
草むしりの手を止めて振り返ると、ヴィンセントがこちらを見下ろしていた。
「実習着姿のヴィンセント、超可愛い……」
「ああ、そう」
ヴィンセントは呆れた顔でオリアナを一瞥した。オリアナが立ち上がると、怯んだように一歩下がる。オリアナはずいっとヴィンセントに近付き、顔を覗き込んで、首をかしげた。
「……大丈夫? 日射病になりかけてるんじゃない?」
「は? 何故?」
「頬がちょっと赤い」
オリアナの指摘に、ヴィンセントの頬は赤みを増した。不本意そうな顔を一瞬浮かべ、袖で顔の汗を拭う。
「何でも無い」
「いやいや、水飲もう。大変だ。体が弱いかもしれないのに」
「体は弱く無い。僕の何を見ていたらそんな風に思うんだ」
貴方の、死んだ姿だよ――とは言えず、オリアナは眉根を寄せた。
泥まみれの手袋を脱ぎ、ポケットからハンカチを取り出したオリアナは、ヴィンセントの額の汗を拭いた。ハンカチはよれよれだったが、ヴィンセントはオリアナを撥ね除けることなく、大人しく拭かれている。
「気をつけて、とにかく水をもらいに行こう」
「それよりも、ここに来た用事を済ます方が先だ」
「そうだ。なんでここにいるの?」
オリアナが訪ねると、ヴィンセントはみんなのほうを向いた。一様にびくりと緊張するクラスメイト達に優美な笑みを浮かべると、ヴィンセントはゆっくりと話した。
「ハインツ先生からの伝言を伝えに来た。畑から見慣れないものが出るかもしれないので、重々用心しておくように、とのことだ」
班の子達はみんなで顔を見合わせた。先ほど、野次馬にいったマリーナが聞いてきていたからだ。
「はい、わかりました」
「じゃあ、僕は次の班に言いに行くから」
優しい声と口調で言うと、ヴィンセントは踵を返した。他の班にも言って回っているようだ。
「ヴィンセント! 水! 水を飲んでから!」
「ついて来ないでくれないか」
クラスメイト達に向けていた態度とは一変して、オリアナをぴしゃりと遮る。
だがオリアナは、全く気にせずヴィンセントを追いかけた。水を飲む姿を確認するまで、離れるつもりは無い。
***
オリアナの抜けた班では、マリーナ達がひそひそと会話をしていた。
「騒ぎがあった時、ほとんどの班から出歯亀が来てたよ。多分、どこの班でもすでに知ってるんじゃないかな」
「ハインツ先生が、タンザインさんにわざわざ伝言係、頼むと思うか?」
「いやあ、頼むとしても他の生徒だろ~……」
「あれさー……わざわざ会いに来たんじゃないかな……?」
「エルシャさんがタンザインさんのこと、普通の十七歳だって言ってた時……実はタンザインさん、近くにいたんだよね」
「えっ、先に言えよ!」
「言えないよ~~! だってタンザインさんの顔、真っ赤だったもん……!!」
班の全員が、少し頬を赤く染める。
おのおの、声にならない悲鳴を上げながら、オリアナが帰ってくるまでくねくねと悶絶していた。
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