第6話 夏の面影 - 01 -
二度目の人生を迎えているオリアナは、様々な方面で他者よりも有利であった。
一番恩恵に与っているのは勉学方面だ。
全てにおいて完璧に覚えているわけではないが、流れを知っているだけで、受ける授業が復習になる。
先生の言うことをほぼ理解しながら聞く授業は、焦りも生まれず、多少面倒なことを除けば楽しいと言えた。
特にオリアナは魔法薬学の授業が、前の人生では苦手だった。
植物といえど、生きている。生き物を自分の失敗で、枯らしてしまうことがとても嫌だったのだ。
だが今回は、ある程度どういう風にしたらいいのか知っている。品種によっての、置く場所や水はけの違いも、前回失敗しているおかげでなんとなく覚えている。そのため、必要以上に気構えること無く、植物とも接すことが出来ていた。
魔法薬学の授業は、教室や実習室、畑、そして植物温室で行われる。
天井も側面もぐるりとガラスで覆われた植物温室は、夜ともなると星のごとく瞬く魔法灯に彩られ、夢のように美しい。
校舎から離れた場所にある植物温室の周りには、科目で使用する野菜畑や薬草畑が広がっている。
移動や実習着への着替えに時間を取られる魔法薬学の実習は、基本的に午前中か午後といった、半日単位で行うことになっていた。
「明日、絶対筋肉痛だね、これは……」
今日の実習は、薬草畑で行われる。
鍬で大量の土を耕しながら呟いたのは、デリク・ターキーだった。四年特待クラスのクラス長をしている、平凡さが売りの優しい男の子だ。
六人組の班に分かれ、株分けをしているのだが、力仕事は男子生徒が担ってくれている。
班を決めたのは魔法薬学の教師であるハインツ先生だ。
ボサボサ髪に伸びかけの無精髭、着崩した服に汚れっぱなしの白衣という、ぱっと見、教師とは思えない風貌のハインツ先生は、親しみやすいが威厳が無い。教師らしくないだるだるさに、あまり評判はいいとは言えなかった。
「ありがと。ごめんね。土の方、任せちゃって」
「いや、女子も。草むしり大変でしょう」
植え替え場所の草むしりを担当しているオリアナと、同じ班のマリーナ・ルロワは、同時に腰を叩いた。
「明日、立てるかわかんないね。これは」
「明日どころか、私は今日の午後からもう心配」
「わかる」
実習着の袖で額の汗を拭うと、顔に泥がついた。手袋を外して顔を拭おうか迷ったが、もういいやとオリアナは雑草に視線を戻す。
「自動で耕して、自動で草むしりをして、自動で石を掘り出してくれる、そんな夢みたいな魔法道具がほしい……」
「そんな大きな魔法紙作るのにどんだけお金かかるかわかんないし、この畑全部分は無理でしょ」
魔法紙に陣を書くことで、様々な分野で魔法は役立っているが、残念ながら魔法紙は使い切りの消耗品だ。それに、こんなに大きな畑を覆うだけの魔法紙が作られているとも思えなかった。
「魔法よ、進化してくれ~」
「それをするのが、未来の私たちでしょ」
「エルシャさんなら、大きな魔法紙になんて書く?」
「うーーん……畑全域を覆うなら、{波}かなあ。耕して、石もとれそう。実験してみないとわからないだろうけど……」
「まず、大きな魔法紙という前提に縛られすぎなんじゃないか?」
「じゃあどうするの? 魔力が尽きる前に魔法を動かすってこと?」
「いや動かすのは魔法紙自体じゃ無くて、何か動かせるものに魔法紙を付けて……」
「鍬とか?」
さすが、特待クラスの生粋の優等生達である。鍬を持ったまま、魔法議論が始まってしまった。前の人生でオリアナが所属していた第二クラスならば、絶対にしなかった会話だ。
(皆、元気かなぁ……)
かつての友人らを思い出し、ほんのりと感傷が胸をよぎる。偶に、校舎で楽しそうな笑い声を聞くと、胸が痛んだ。彼女達ともまた笑い合いたいが、会いに行く余裕も、仲良くなる時間も無い。
今はただ、ヴィンセントに全力を注いでいたい。
「鍬になんて書くよ。{足}? 鍬が歩くだけだろ」
「なんかもっと、くねくねしてくれたり、激しく動いてくれるカーン文字無いのかな~」
議論は白熱している。
付け焼き刃であるオリアナは、知識はあるが向上心が無いため、こういった会話に自ら参加しようという気概が無い。
(鍬に付けるなら、{起}かなぁ……)
みんなの議論を聞きながら一つのカーン文字を思い浮かんだが、言うのは止めておいた。これはまだ、四年生では習っていないはずだ。
議論に加わらずに黙々とオリアナが草をむしっていると、いつの間にかみんなも作業に戻っていた。
***
炎天下の中、それぞれ作業をしていると、違う畑で歓声が上がる。何かあったのだろうか。顔を上げると、誰の班だかわかった。ヴィンセントとミゲルがいる班だ。
「なんだろ」
「まさか、もう終わったとか?」
ひと休憩、とデリクが尻餅をついた。男子生徒四人でやってくれているが、薬草用の小さな畑とは言え、全てを耕すのは相当な労力だ。そもそも、魔法使いに屈強な戦士は少ない。魔法に腕力は必要ないからだ。
「聞いてきたよ! 何かが土の中から出てきたんですって!」
いつの間に聞きに行っていたのか、マリーナがはしゃいで帰ってきた。
「タンザインさんが見つけたっぽいわね。石みたいだけど、もしかしたら凄いものかもしれないから、あとでハインツ先生がウィルントン先生に聞いてくれるって」
「もしかして竜の遺物とかだったりして」
「石みたいってことはあり得るんじゃ無い?」
「え、じゃあ大騒ぎになって、薬草畑閉鎖されちゃったりして」
「えー?! こんだけ耕したのに?!」
そりゃないよ~、と男子らが鍬を支えに項垂れた。
「ハインツ先生が、他の畑でもこれから出るかもしれないから、気をつけておいてくれって」
「……えええ? そんなの見る余裕無いよ……」
マリーナから聞くハインツ先生からの伝言に、デリクは愕然とした。これからの分を気をつける、ということは、これまでの分も見直す、ということだ。掘る間に出てきた石は避けているが、適当に畑の外に投げていたために、どれが畑から出てきた石かなんてもう見分けがつかない。
畑の側にある石を、しらみつぶしに見直さなければならなくなった。
「タンザインさんはやっぱ凄いな……」
誰からとも無く、感嘆の声がする。
「同じクラスでも、頭一つ飛び抜けてる感じするよね」
「庶民の俺みたいなのにも優しくしてくれるし」
「してくれる、って感じわかる。やっぱ別世界っていうか、近寄りがたいよね」
「オリアナはすごいよね。あのタンザインさんに強引に迫れるんだから」
「あははは……」
強引に迫る。クラスメイト達は、確かな審美眼を持っているようだった。
確かに、明白に、まごうことなく、オリアナがヴィンセントに強引に迫っている。
「怖くないの?」
「え? 怖い? 怖くは無くない? ヴィンセントは話しかけるだけじゃ、怒ったりしないよ?」
「んー、怒られるとは思ってないのだけれど、やっぱ近寄りがたさがあるっていうか……」
同じ班の子達の言葉に、オリアナは驚いた。同じ特待クラスの子でさえも、そんな風にヴィンセントに対して思うんだなと驚いたのだ。
前の人生のオリアナも、ヴィンスと知り合うまでは、彼を近寄りがたく感じていた。
性別もクラスも違うため、同じ学年と言えども接点がほぼ無い。ヴィンスに対して個人的な興味も無かったため、オリアナは無理に彼に近付こうとは思っていなかった。
いい噂しか聞かないヴィンスを、夜空で光る月のように感じていたものだ。
「そっかー。でも多分――、ヴィンセントも私達とかわんない、ただの十七歳の男の子だよ」
それは二度目の人生を過ごしているオリアナだからこそ持つ、感覚だったのかもしれない。
無意識のうちに同級生を、一歩離れた、俯瞰した目線で見ている時がある。若干の淋しさを覚えるが、二度目を過ごしているのだから、仕方が無いことなんだろうなと受け入れてもいる。
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