第5章 ⑤『今日という日』
クリスマスの夜、人々にプレゼントを渡して回る。皆の幸せを願い、笑顔を護る、それがサンタクロースである。それは、小さい頃聞かされるサンタクロースの話であり、子供が抱くサンタクロースのイメージだ。
そのイメージ自体に間違いはなく、現実に存在しない架空の存在であるサンタクロースは、子供達の夢を守るための親が創り出した幻想なのだ。だけど、知らないだけでサンタクロースは存在していた。
その先祖の名前はサンタ・クロース。今でも語り継がれているその名は、先祖の名前から来ているらしい。彼は、伝説の魔法使いだ。誰かの幸せの為に魔法を使い、笑顔を護る為に魔法を駆使して、彼は自分の役目を全うした。
その彼の願いを、サンタクロースは今でも受け継いでいる。
誰かの幸せを願い、その為に魔法を使い、その為に自分が動く。
彼はついに、命を引き取る最後の最後まで自分の為に魔法を使うことはなかったそうだ。
そんな彼にとって、誰かを傷つけてしまったという事実は残酷なものでしかなかっただろう。
サンタ・クロースは幸せだったのだろうか。
皆の幸せを願うサンタ・クロース、ならば彼ら自身は幸せなのか。
彼ら――彼女の願いはいったい何だというのか。
俺はただ、あいつにも幸せになってほしくて。
シャロが大事な話をする場として選んだのは、大きな木がそびえ立つ広場だった。
俺達は一度この場所へ来ていた。シャロを野良犬から救い出して、その後にやって来た場所だ。そこで俺はシャロが魔法使いだと知らされた。もちろん、その時は信じてもいなかったけれど。
そしてこの場で、俺は再び真実を知ることになるのだと思う。
「ここならベンチもあるし、おしゃれなカフェではないけど、温かい飲み物は出てくるもんね?」
何かを期待するよな眼差しを俺に向けてくるシャロの言いたいことは、嫌というほど伝わってきた。ナチュラルに人に財布出させるとか、こいつも将来男とか引っ掛けそうだぜ。
「……あー、はいはい。何がいいんだよ?」
「紅茶。苦いのはヤだよ?」
ふふっと笑いながら言うシャロに背中を向けて、俺は自販機へと向かう。ホットの紅茶とカフェオレを買って、元いた場所まで戻る。
商店街にいた時降っていた雪は、勢いを増すこともなく、だけど止むこともなく今も空からこの地上に降り続いている。女性の好きそうなシチュエーションである。ロマンチックがどうとか、神様の気まぐれもここまで来ると意図的のように思えてしまう。
雪が降っているということは、それなりに温度も低いというわけで、当然そんな状況で外にいる俺達の体温は徐々に下がっている。走っていた後は温かった体も、今は冷えて震えている。この程度の飲み物で回復するとは思えない。
ベンチに座るシャロは、はあっと息を吐いて白くなった自分の息が、消えていくのを眺めていた。大きな木、それもクリスマス使用に装飾されたものだ、その下にいる銀髪の少女は赤い服を着ている。日本の光景とは思えない。何とも現実離れしたものだった。
あまりにも違う世界のように思えて、俺は思わず歩いていた足を止めてしまう。あの場所に行ってしまうと、夢の世界から帰ってこられないような、そんな不安感のようなものに襲われたのだ。
だけど、前に進まないと何も変わらない。
何も分からないままだ。
「待たせたな」
俺は買ってきた紅茶をシャロに投げる。わわっと、慌ててキャッチする構えに入ったシャロは、ギリギリ反応できたようで下に落とさずに済んでいた。
「この寒空の下で、レディを待たせるなんてあれだね、わたしの国では一日は言いなりになってもらえるレベルの罪だよ?」
「高級ディナーはどうしたんだよ?」
「さすがのわたしも諦めたんだよ!」
よっぽど行きたかったのか、ぷんぷんと分かりやすく怒りを露わにするシャロに、俺は思わず溜め息をついてしまう。これから何か大事な話があるってのに、どうしてこう、こいつはいつも通りなんだ。
だけど、そのいつも通りに、安心している自分がいた。
「それじゃあ、話してもらおうか」
俺は買ってきたカフェオレを開けて、口をつける温かかった缶は少しずつ温度を失い始めていた。そんな俺を見て、シャロも紅茶を飲もうとする。しかし、手が悴んで上手くタブを開けれないようで、俺の方をじっと見てくる。
「……貸せよ」
シャロの手から缶を奪って、タブを開ける。確かに寒いし、女の方が男よりも力が弱いのは確かだろうけれど、でも開けられないほどじゃない。これが彼女なりの甘えだったのかもしれない。これから何かをしようという、シャロなりの。
「えへへ、ありがと」
ちびっと口をつけて、紅茶を飲み込むシャロ。缶を持って分かったが、やはりカフェオレ同様に紅茶の方も少し冷めていた。
「さて、何から話そうか……なにか、聞きたいことある?」
空を仰いで、シャロはそう言った。
雪は降り続いている。冬の夜は寒く、外にいる俺達の体温は徐々にではあるけれど奪われ始めている。吐く息は白く、指先は冷たく、体は震えていた。それでも、俺は彼女の言葉を聞かなければならない。
「まず確認しておく。お前の正体はサンタクロースということで間違いはないんだな?」
さっきの俺の問いに、彼女は無言で頷くだけだった。本当の意味で肯定はされていない。それをまず確認しなければ、話が前には進まない。
「いつから、気づいていたの?」
その言葉は肯定の意味に近かった。
俺は少しの間考える。いったいいつから、そう思っていた? シャロが魔法使いであることを告白してきた時は、そんなことを信じてもいなかった。実際にこの目で魔法を見たときでさえ、自分の目を疑った。
だけど、その仮定を立てることで、あらゆることに納得が言ったのだ。そして、極めつけは、やはり聖の一件のあった日のことだ。シャロは、恐らく俺の部屋で、あの本を読んだ。そして、家を飛び出したのだ。
「まあ、聖の一件のときだろうな。気づいたっていうより、そうなんだろうなって思ったのは」
言うと、シャロは小さくそっかと、呟いた。否定をしないところ、やはりあの日、シャロは俺の部屋であの本を読んだのだろう。
俺が図書室で借りてきた『サンタクロースの記録』という本を。
「その上で、一つどうしても確認しておきたいことがあった」
「なに?」
あの事件は、本来起こるはずのないものだったのだ。
よくよく考えてみれば違和感はある。シャロは本来、あの時俺の部屋に入る用事が一切ないのだ。聖の部屋には、何か手がかりがないかと探していたなんて理由があれば納得できる。だけど、俺の部屋に入る理由は何一つ見当たらない。
「あの日、お前はどうして俺の部屋に入ったんだ?」
まさか主のいない間に金目のものを盗もうだなんて考えていたとは思えない。サンタクロースではなく泥棒になる。不法侵入するという意味では似た者同士ではあるかもしれないけれど、今はそんなことどうでもいい。
ならば、まさか俺のいない間にパンツでも盗もうとしていたのか? タンスを漁り、パンツを取り出してくんかくんかして、あまつさえそのままパンツをちょうだいしようとする変態だったというのか? おいおい、どんだけ俺のこと好きなんだよ。
「……それは絶対に聞きたいこと?」
言いづらそうに、シャロは俺にそう尋ねてきた。ということは、やはり何かやましいことがあるのだ。秘密を迫られた子供は、こんな顔をしている。
「何か一つだけ答えを知れると言われても、俺はこの質問をお前に投げかけるだろう。あれは本来起こり得なかった問題だ。だけど、お前は用事もない俺の部屋に入り、そしてあの本を見つけた。いったいどうして、俺の部屋に入ったのか。その謎を説かずして新たな問題と向き合えはしない」
俺の堅い意志を汲み取ったシャロは、そっかと納得をしたように、否何かを決意したように呟いた。それは俺に向けたものではなく、恐らく独り言のようなものだっただろう。
「ただ、一つだけ約束してほしい」
「約束?」
今までになく真剣な表情のシャロに、俺は思わず固唾を飲み込む。
「絶対に怒らないでほしい」
「……怒んねえよ」
なにを言い出すのかと思えば、そんなことか。
謎を解明したいだけだ。そこにどんな理由があろうと、俺はそれを受け入れてやる。例えお前が金銭的ピンチで金目の物を狙っていたとしても、俺のこと大好きでパンツを盗みたかったという変態であろうとも、そうでなくともどんな理由でも、俺はお前を受け入れてやる。
「あのね、あの日わたしは、幸介くんの部屋で……えっちな本を探していたの」
「は?」
こいつ何言っとるんや?
俺はシャロのシリアスな表情からは想像も出来ないような発言に、思わず声を漏らしてしまった。俺の反応を見て、シャロはテンパった顔をしてさらに続ける。
「違うの。やっぱり幸介くんも思春期ちゃんだし、そういうの持ってるのかなって思って! 深い意味はないんだよ? ほんとうだよ?」
「何も違わねえじゃねえか!」
「わたしは幸介くんが太ももフェチでもまったく気にしないから!」
俺の怒鳴り声にビビりながら、それでもシャロは口を動かすことを止めなかった。伏せながらそれでも言い続けるシャロを、俺はこれでもかという形相で睨みつける。
こいつ、何やってんだよまじで意味が分からん。俺が聖を探すために街の中を駆け回り、そしてようやく見つけてちょっといい話の感じになってる間に、人の部屋でエロ本探してるてなんでやねん。
だけど、よかった。あの本はベッドの下という安直な場所に隠していたものだ。万が一見つかっても最悪の自体を免れるための俺の作戦だ。本陣は別にある、その本を犠牲として本陣の発見を防ぐという俺の画期的作戦がどうやらうまくいったようだ。
「ちなみに、お姉さん好きでも引いたりしないよ? わたしは立場的に幸介くんのお姉さんポジションに当たるけれど、別にそんなの気にしないからね」
「作戦失敗してる!」
なんでベッド下の本を見つけて尚捜索を打ち切らんかったんだこいつは。まさか本棚の奥に隠してある俺の秘蔵コレクションを見つけ出すとは。これはもうシャロの執念深さと探知スキルを褒めるしかないな。ってそんなこと言ってる場合じゃないぜ。
「お前まじほんと、まじ何なんだよ!?」
テンパっているあまり、若者のぱじぱない的な言語を発してしまった。しかし、もう考えることも出来ない。なんでこいつは人のエロ本を探して性癖を把握しようとしてるの? どんだけ俺のこと好きなの?
「あ、あれだよ、二人が帰ってきた時に見せたら空気和むかなって……」
「気まずさ漂うだけだけど!?」
何が悲しくて妹に自分の性癖暴露されないといけないの? 最悪シャロはいいよ、こいつは家族でもないし一応大人だし、いや良くねえけど。ただ聖はだめだろ中学生だし家族だし親父とかに報告されかねない。いやそんなことよりも、これから先何か相談事をされて真剣に答えても「なんかいいこと言ってる風だけどこいつ太ももフェチのお姉さん好きだしな」とか密かに思われるとか絶対イヤだ。そんなんもう家出する。
「まあほら、そんな怒んないで、ね? 大丈夫、幸介くんはしっかりノーマルだよ、わたしが保証する!」
「お前の保証には一切の価値ねえよ……」
もういいやこの話、俺の部屋に入った理由は不本意ながら理解したし、これ以上好きに話させると今度はどんな爆弾ぶっ込んでくるか分かったもんじゃない。さっさと
本題に入るとしよう。
「もうそれは分かった。俺の聞きたいことは以上だから、さっさとお前の真面目な話とやらを聞けせてくれ」
「なんだか一気に投げやりになったね。そんなに恥ずかしかった? しょうがないからわたしの性癖も教えてあげるよ、これでとんとんだよね」
「…………」
「ツッコんでよ。お前の性癖とか興味ねーよ! って。やだな幸介くんもしかして気
になっちゃったの? すけべなんだから」
「うるせえよさっさと話進めろ」
ちょっと気になっちゃったのが恥ずかしい。なんなの別に性癖暴露されたからお相子とは思わねえけど、そういうことなら教えてくれてもいいじゃねえかよう。
「話進めろって、どんだけわたしの性癖に興味津々なのさ幸介くん……。自分の欲に忠実なのはいいことだけれど、時と場合というか相手は選んだほうが良いよ?」
「もうツッコむのも面倒くせえよ」
「めんどいとか言わないで。真面目な話に戻るからさ」
一連の流れを断ち切るようにシャロのテンションが元に戻る。話を切り出したのが俺のため強くは言えないが、でもまさかこんな歩行に話が進むとは誰も予想できなかっただろうに。
「さて、では気を取り直して真面目な話をしようか、幸介くん」
「……ああ」
まるでさっきのやり取りはなかったとでも言うように仕切り直すシャロ。ついていけなかった俺だけれど、空気を読んでその流れに乗ることに。バレたものはもう仕方ない。どうにでもなれだ。
「サンタクロースと魔法使いについては、もう話す必要もないよね。何も変わらない、わたしが魔法使いだということ、そして魔法使いというのが実はサンタクロースだということ、それはもうわかってるよね?」
「まあ」
それは分かっていた。もちろんシャロだってそれは分かっていただろう。なら、どうしてシャロは俺の部屋で本を読んで家を飛び出したのか、それではまるで真実を知らなかったように思える。
「その通りだよ、幸介くん。わたしはあの話を知らなかった」
俺の思考を読み取ったのか、シャロが考えを肯定するように頷いた。時折見せる勘の鋭さはもはや超能力というか、それこそ魔法なんじゃないかと思えてくる。
「正確に言うと、最後まで聞かされていはいなかった。わたし達魔法使いのちからは、人々を幸せにするものだと信じて疑わなかった。だから今までだって、そのちからを誰かのために使ってきたんだ。それはご先祖様と一緒だよ」
ご先祖様というと、サンタ・クロースのことだろう。こいつはその血を受け継いで今この世界で生きている伝説の魔法使いということか。安直ではあるけれど、性がクロースとなっているし、現に魔法も使っているわけだから間違いないだろう。
だけど、真実を知らされてはいなかった。
いや、正直言ってどれが真実なのかは分からない。人々を幸せにしてきたことは間違いではないし、俺はシャロの力が誰かを不幸にしてきたとは思えない。ならば、もしかすると伝説そのものが間違いであるという可能性だってあるのではないのか?
「わたしも最初は疑った、そんなはずはないって思ったよ。だけど、あのお話は正しかった。わたしは今までに違和感を覚えたことはあったし、そのとおりだとすると納得できることも多いんだ。現にわたしは、みんなを不幸にしてきた」
「……なんで、そんなことが言えるんだよ?」
あまりにも冷静に、自分のことを否定しようとするシャロに、俺は心の中がざわついた。自分が信じてやらないで、誰がお前を信じるってんだよ。
「最近起きているニュースでの事件だって、間接的に言えばわたしが関わったことが原因なのかもしれないし、取り上げられていないだけで、この街ではいろんなことが起こっていたよ? それに幸介くんの身近でもそれは起こっていたじゃない」
俺の身近で、不幸な目にあった人間? 分からない、そいつにとっての不幸というのが何なのかも分からないし、それが俺の把握していることとは限らない。俺の知る限りでは、不幸な目にあったやつなんて――。
「そうだね、まずは……マスターとか」
「マスター、奈々絵さんか?」
桐島奈々絵、俺の同級生である桐島菜々子の母親であり、俺がバイトしている喫茶KIRIKOのマスターでもある。そこで働くことになったシャロだったが、働き始めて数日後に、奈々絵さんは階段から落下し怪我をした。そして、店は一時営業を中止することになった。
「奈々絵さんが階段から落ちたのがお前のせいだってのか? あれはただの奈々絵さんの不注意だろ?」
「その言い方はそれはそれで酷いよ幸介くん……。確かにそういうのは簡単だよ、ようは気の持ちようだってこともわかってる。でも、わたしが関わったせいでマスターに不幸が訪れたとも言える。それだけじゃないしね、その娘の菜々子ちゃんだって」
桐島に不幸? 何かあっただろうか。それならば、どちらかというと合コンが酷い結果となったらしいテンションだだ下がりの白木屋の方がまだ考えられる。あいつも一応、シャロと関わっているんだから。
店にバイトにいけば、そりゃシャロは桐島と関わるだろうけれど、今日だって学校で桐島と会ったが何か不幸があったとは思えない。
「考えてみてよ、今日はもともとどういう日だったのか」
「どういう意味だ?」
シャロはこれでもわからないか? と肩を竦めてみせた。その仕草が妙に癇に障り、俺はギリッと歯を鳴らす。だけど、今日が何の日かなんて、ただのクリスマスイブで……。
「デートの日、だったよね?」
「……」
「ほんとうは今日は菜々子ちゃんと幸介くんはデートのはずだった。だけど、それが中止となって菜々子ちゃんは落ち込んだことでしょう。それだって、わたしが関わったからこその結果とも考えられる。そして何より、一番の身近な存在である聖ちゃんにだって、不幸はあったよね?」
聖に不幸……。今日の桐島の不幸だって聖を一人にしたくないからで、それは元を辿れば親が帰ってこれないという報告が原因だ。あれがなければ、聖は今日は母さん達とクリスマスを過ごして、俺は桐島と遊びに行っていた。もし仮に、親が帰ってこれないという不幸がシャロのせいだと言うのならば、桐島の件にも間接的にとはいえ関わっているとも言えなくはない。
だけど、それを認めるかどうかは別だ。
「聖ちゃんの、唯一の願いすらわたしは叶えてあげることができなかった。ううん違う、叶ったはずの願いを、わたしがダメにした」
聖の唯一の願い。そういえば、いつだったかシャロが聖に聞いていたことがあったな。だけど、その質問に聖は悩んで、ようやく出した願いは、ほんのささいなものだったはずだ。
『別に、これといって欲しいものはないですかね……普通に、みんなで集まれて、楽しい時間を過ごすことができたら、私はそれで幸せです』
俺の脳裏に、あの時の聖の言葉が蘇る。そんな些細な願いであったはずだ。だけど、その後叶うはずだった願いは、打ち砕かれてしまう。
「聖ちゃんは特にわたしと仲良くしてくれたんだもん。申し訳ないことをしたと思っているよ。謝っても許してもらえるとは思っていない」
「聖はそんなことで怒ったりしねえよ。姿を見せないお前のことを心配さえしていたんだぞ」
親が帰ってこれないことをシャロのせいにしたりなんてしない。そんなことで人を嫌いになれるような奴じゃない。俺の思いは、聖の気持ちは、しっかりとシャロに届いたのか、シャロは少し瞳を揺らしていた。
「それに、関われば関わるほど不幸があるっていうんなら、俺はどうだって言うんだよ? 俺は別に、何かを不幸だなんて思っていないぞ?」
確かに今までの話は筋が通っているとしても、まだ認められない。奈々絵さんよりも桐島よりも白木屋よりも聖よりも、この街の誰よりも、俺はきっとシャーロット・クロースと関わってきた。
なのに、その俺に不幸が訪れないのはおかしいじゃないか。
「……不思議だね、それはわたしにもわからない。幸介くんは何か特別なのか……いいや違うか、幸介くんは――」
シャロが何かを言おうとした時だった。
俺のポケットの中で携帯電話が音を出しながら暴れる。この音は誰かから着信があったことを知らせている。俺はどうしようかと思ったが、どうぞと視線で語ってくるシャロを見て、画面を確認する。
相手は聖だった。
「出てもいいよ。ううん、聖ちゃんきっと心配してるんだから、出てあげないと」
どうしようかと、一瞬躊躇いを見せた俺に、シャロがそんなことを言ってくる
確かに、少し出かけてくるとだけ行って家を出て、この時間まで帰ってこないというのはさすがに心配だろう。事情だけでも説明してやらないと。
『もしもしこーすけ? 今どこにいるの?』
「ああ、悪い。帰りに雨が降ってさ、ちょっと雨宿りしてたんだ」
シャロと会ったことを伝えるべきか悩んだ。言えばきっと、家に連れてきて一緒にご飯を食べようなんて言い出すだろう。そうすれば聖はきっと喜んで笑顔で、いつものシャロならばあいつも同じように喜ぶことだろう。
でも、今は……。
『ご飯できてるんだから、帰ってくるなら早く帰ってきてよ』
「ごめん、もうちょっとしたら帰るから。なんだったら先に食っててもいいけど」
『帰ってくるんなら、待っとくよ。せっかくのクリスマスだっていうのに、一人でご飯食べるのもなんか嫌だし。だから、早く帰ってきてよね』
それだけ言って、聖は通話を切る。怒っている様子は声からは伺えなかった。呆れているとかそういうのではなく、あきまで普通にそう言っただけなのだろう。今のあいつなりの甘えなのかもしれない。
確かに、今日はもともと聖を一人で寂しい思いをさせないという理由で桐島との約束を断って家にいたんだ。それで聖を一人にしてるんじゃ本末転倒だよな。
「ちゃんと家に帰って、聖ちゃんと一緒にいてあげないと」
「でも、お前との話は……」
だからといって、シャロとの問題を先延ばしにいていいわけではない。今日ちゃんと話さないと、なんだかどこか遠くへ行ってしまいそうな、そんなよく分からない不安感が俺の中に広がる。
「わたしは今日、きちんと幸介くんとお話するって決めたんだ。だから、ちゃんと全部言うよ。でも、聖ちゃんを悲しませるのはよくない」
「じゃあどうすれば……」
すると、シャロはうーんと唸る姿を見せてから、空を仰ぐ。日は落ちて、すっかり暗くなった空にはぽつりぽつりと星が光っていた。頼りなく、小さな光を放つ星を見つめながら、シャロは何かを思いついたようにこっちを見る。
「今日の夜、日付が変わる前にもう一度ここにきて? わたしはずっと待ってるから、だからその時もう一度お話しよう。まだ話せていない大事なお話」
「ずっと待ってるって、寒いだろさすがに。何ならうちに来ても……」
俺が家に来て一緒に飯でもどうだ、と提案しようとすると、シャロは全てを聞き終える前に頭を振って断った。きっと、何を言っても無駄なのだろう。
「わたしはこれ以上、誰かを不幸にしたくない。だから、聖ちゃんとも会えないんだ。悲しいけど、辛いけど、これはわたしが決めたことだから」
「そうか……」
こいつはそれでも、俺とは会ってくれるのだ。俺に何を伝えようとしているのか、それは分からない。だけど、それはきっと大事なことなんだと思う。誰よりも関わった俺にだけ言ってくれる、大切なこと。
「それにずっと待ってるっていっても、今からずっとじゃないよ? さすがに寒いし、どこかでいったん温まるよ! なに、それだけ思ってもらえてると思ってた? 幸介くんちょっと自意識過剰なんじゃない?」
「うるせえよ……」
ちょっと心配してやったのに、俺の気持ちを返してくれ。
そんなことを思っていると、シャロは数歩歩いて俺から離れる。そしてくるりと回って俺に向き直った。
「そういうことだから、いったんばいばいね。ちゃんと、約束守ること。いいね?」
「こっちのセリフだ。来てなかったら大声で叫んで探し回るぞこの野郎」
俺の冗談にふふっと笑みを浮かべたシャロはまた数歩離れる。俺は追うことはせずに、ただ離れていくシャロを見届ける。
「じゃあね、幸介くん。楽しい時間を過ごしてきてね、メリークリスマス」
小さく手を振って俺を見送ろうとするシャロ。俺が見届けてやろうと思ったが、そういことならば先に俺が離れてやろう。大丈夫さ、すぐに会える。
忘れてはいけない、今日が何の日なのかを。
誰もが等しく幸せで、みんながハッピーで笑顔になれる、そんな願いの込められた一日なのだ。
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