第5章 ④『真実』
かつて、この世界には魔法使いが存在していた。
魔法使いといえば、妖精やドラゴンといった想像上の、伝説の中で生きている存在に等しい。仮にこの世界に存在していたとするならば、それは大問題に発展する。例えばこの世界にドラゴンが実在したとして、突如空を駆け回っていたならばメディアはそれを放ってはおかないし、一夜もしないうちに世界的に知れ渡ることになる。
ならば、魔法使いがどうしてニュースにならないのか。魔法使いはこの世界で生きていく上で誰にも覚えられていない。実在していた、なんて話でさえも結局はただの作り話だと言われている。
だけど俺は、この冬本物の魔法使いを見た。
そいつは綺麗な顔をして、小柄な体を動かし回り、子供のような笑顔を浮かべて、周りも気にせずはしゃぎ、そして時に誰かを救おうとして、誰かの笑顔を護っていた。
実際に魔法をこの目で見た時、当然信じられはしなかった。目の前で起きた事実を受け入れるよりもまず、自分の目を疑った。当然だ、魔法なんてものは存在しないと思っていたのだから。
俺はその出来事を忘れやしない。
忘れてやるもんか。
魔法使いを見た誰しもがそう思ったはずなのに、なぜ誰もその事実を覚えていないのか。それも魔法使いの魔法なのかもしれない。だとするならば、それに抗うことは出来ない。
それならば、絶対にこのまま別れてはいけない。
「――っ!」
これでも、運動神経は決して悪くはない。こういう言い方をすると別段良いわけでもないのだと思われるが、それはその通りでもある。だけど、クラスの中でも上位には入るだろう自信は持っている。
その俺が、そう簡単に追いつかせてもらえないとは、シャロのポテンシャルの高さに今更ながら驚かされる。
商店街でシャロの後ろ姿を見かけて、思わず声をかけると、俺を見たシャロは逃げ出した。それを追っている最中なのだが、かれこれ五分近くはランチェイスが続いている。男子と女子の筋力差とかを考えれば十分追いつける時間なのに。俺は一向に距離を詰めれないでいた。
どころか、その背中は遠くなっていくまである。しかしそうなれば俺も意地になってさらに足の回転を速めて距離を縮める。それの繰り返しである為、こうなればどちらのスタミナが先に尽きるかが勝負の分け目だ。
ここで見失うわけにはいかない気持ちもあるけど、男として女よりも先にバテることは許されない、そんな男子としてのプライドが俺の体にムチを打つ。これでいい、明日筋肉痛で動けなくなっても良い、ここで倒れるわけにはいかないのだ。
「ま、てよ……シャロ!」
叫べば声が届く距離にまで追いついたところで、俺は声を振り絞る。それは体力を使うため追いつくまではするべきではない行為ではあるのだが、叫ばずにはいられなかった。だけど、シャロは俺の声に反応しない。
次第に、俺とシャロの距離は縮まっていく。俺の足が速くなったわけではない。シャロの走るスピードが遅くなったのだ。二人の距離は少しずつ縮まり、そして手を伸ばせば届きそうなところまで来た。
俺は最後の力を振り絞り、足を回して手を伸ばす。
「――きゃっ!」
小さく声を漏らしたシャロはバランスを崩してよろよろと体をふらつかせた。転けるまでは至らなかったものの、さすがのシャロもここまでされれば走り直すこともしなかった。
どうやら、覚悟を決めてくれたらしい。
「観念、したかよ……俺は諦め、悪い、んだ」
「……みたい、だね」
こちらを振り返ったシャロの顔が、その覚悟を物語っていた。何かを決意した時の顔、俺はこの顔を見たことがある。俺がこの表情のシャロを見るのは二回目だ。一度目は、シャロが俺に魔法使いであることを告白する時。
その時も、彼女は同じような顔をしていた。
「幸介くん」
ぜえぜえと息を吐きながら、何とか体力を回復しようと務める俺は、膝に手をついて俯きながらひたすらに心臓に酸素を送る。ふらつく足に力を込めて何とか踏ん張る。正直倒れていないのが不思議なくらいだ。気持ちの糸が切れた今なら、突然走られたら反応出来ないだろう。
しかし、シャロはそれをせずに俺の名前を呼ぶ。俺は、くっと弱々しく顔を上げて彼女の顔を見た。
「これから、大事な話がしたいんだ。わたしはクリスマスの夜に最後の仕事をしなければならない。それはわたしにしか出来ないことで……だけど、その前にきちんとお話がしたい、幸介くんと。付き合ってくれる?」
シャロの決意の告白に、俺の言葉は決まっていた。
「ここまで来たら最後まで付き合うよ、魔法使い様」
俺の言葉を受けて、シャロは優しい笑顔を浮かべた。俺が時折目にする、彼女の歳上のような笑み。歳上なんだけど、いつもの様子を見るとどうしてもそうは思えなくて、だけどふとした時に、彼女はそんな雰囲気を醸し出すのだ。
「場所を変えようか」
そう言って、てくてくと歩き始める。目的地は既にあるのだろう、俺は黙ってシャロについて行く。それに関しては何も言わない、だけど先にどうしても聞いて起きたいことがあった。
「なんで、この前黙って帰っちまったんだよ?」
「……」
シャロは答えない。
「聖も、すげえ心配してたんだぞ? あれからも顔出さないし」
「……」
尚も、返事はない。ただ、聖の名前を聞いた時に、表情が微かにだけど動いた。こいつも訳アリなのだろうが、聖のことを心配していた気持ちに嘘はなかったのだろう。それは、素直に嬉しかった。
「お前が突然姿を消して、俺達を避けていたのは何か理由があるんじゃないのか?」
「……」
酷く悲しそうな顔を見せるが、それでも彼女は答えない。
「返事がないな。じゃあ単刀直入に聞いてやる。お前と一緒にいると、俺達が不幸に
なるとか、そんなことを思ったんじゃないのか?」
成瀬先生から聞いた話、図書室で借りた本、出していないはずなのに転がっていたその本の意味を考えれば、そんな考えは浮かんでくる。それが真実かどうか、それは俺には分からないけれど。
「……なにか、わかっちゃったのかな?」
「今のお前の反応で、ようやく確信を得たよ」
これで分からないだなんてことはありえない。全てが繋がったように、俺の頭の中であらゆることに納得がいった。そんなことはないと思いながらも、それを否定するだけの力は俺にはない。
ならば、認めてしまうことが一番楽だ。
「シャーロット・クロース、お前は……サンタクロースなんだな?」
サンタクロースは魔法使い。
魔法使いは、サンタクロース。
サンタ・クロースという人物の血は、長い長い月日が経った今も、こうして誰かに受け継がれている。それは誰かの笑顔を護るために。
皆の幸せを願う者として。
「……」
シャロは、俺の言葉に無言で頷いた。
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