第5章 ③『赤い服着た銀髪の少女は』


「それで、菜々子さんとのデートすっぽかしてきたわけ?」


 キッチンでかたことと作業をしている聖が、俺の方には視線を向けずに呆れた様子でそう言った。そんな俺は、ただいまこたつの中で防御力上昇中。まるくなるまるくなる。グサグサ心に刺さることを言われてもダメージはない……。


「まあ、いろいろあったんだよ! 桐島は友達のクリパに行ったし、問題はない!」


「問題大アリでしょ……それに、その輪に入れてもらえなかったこーすけの交友事情が心配だよ。菜々子さんと白木屋さん以外にいないの?」


「お前にそんな心配されたくはない! 心配しなくても十分学校は楽しいから全く微塵もこれっぽっちもモウマンタイなんだよ」


 ふてくされたように言う俺の方をちらとだけ見た聖は、小さく溜め息をつく。その気を遣った小さな溜め息やめて? お兄ちゃんちょっと傷ついちゃうからやめて?


「どうせ家にいてもすることないのに」


 確かに、言われたとおりすることはない。現に今もこたつの中で丸くなっているだ

けだし、息する以外脳のない生き物のような状態だし。桐島との約束を断っていなければ、今頃は寒空の下ジェットコースターにでも乗ってるのだろうか。考えると寒気がしてきた。


「ばっかお前、こうしてダラっとしていることにも意味はあるんだ。何なら、俺は意図的にだらっとしているんだ」


「はいはい……することないんなら宿題でもすれば? 高校生になっても相変わらずあるんでしょ、冬休みの宿題って」


 キッチンでの作業を進める聖が、そんなことを言ってくる。俺が桐島の約束を断って家にいる件については納得したようだ。いや、納得したかはわからないけどそもそも怒ってなどいなかった。呆れた様子こそ見せてはいたが、言葉に刺々しさはなく、柔らかささえ覚えるほどだったのだから。素直じゃない奴だ。


「今日はいい」


 短く答えて、俺はやる気の無さを盛大にアピールする。


「そんなこと言って、毎度毎度終わり頃になって涙流してるじゃない」


「いいの。後の祭りより目先の幸せなの。それが俺の座右の銘なんだよ。自分の心に

は素直でいたいんだ」


 ましてや今日はクリスマスイヴ。全国ではカップルはイチャコラと街中を歩き、友人同士はわーきゃーとパーリナイ。家族は団欒でケーキを囲み、ぼっちのオタクでさえパソコンの前でキーボードを踊らせている。そんな日に、宿題なんてしてられるか。そんなことするくらいならボランティアにでも出かけるぜ。


「私しーらないんだ」


 言って、聖はキッチンから出てくる。手には食べ物になる予定の何か。スポンジか? そんな感じで見ていると、俺の前に持ってきて、フォークを突き刺して俺の前に持ってくる。


「はい」


 差し出されたので、口を開き食す。パサパサした感じといい味のなさと良い、これは完全にスポンジですね。何にでもなれる何にもなれていない素材ですね。こんなものをどうするのかと思い、俺は聖の顔を見上げる。


「なにこれ」


「ケーキだよ。買いに行くより自分で作った方が安いんだよ? 今日は時間あるし挑戦してみようかなって思ってさ」


 声を弾ませながら、聖は言ってキッチンの方へと戻ってくる。俺のリアクションにもなっていないリアクションを見て、スポンジの成功を確信したのか作業を再開する。そりゃ自分で作った方が安いのは当然だが、だからといって作る手間とか考えると買った方が楽だし、あんまり自分で作ろうとは思わないよな。


 さすが俺の妹。やること違うし、何だかんだ楽しんでやがる。


「そりゃ完成が楽しみだ」


 窓から外を見ると、まだ日は落ちていないものの昼の明るさから徐々に光が失われようとしていた。そうすることで街灯が点灯し、世のリア充がそれを見てロマンティックを感じるのだ。その光を作っているのは会社に残る社畜様だというのに。彼らは別にロマンティックあげてるわけじゃないのよ。


 聖も頑張っていることだし、俺も何かするとするか。具体的に言うと、何か買ってきてやろう。晩ご飯とかどうするのか分からないし、チキンとか食いたいだろうし。そういうこと考えるがてら散歩にでも行こう。


「ちょっと出てくるわ。すぐ戻るけど」


 こたつから出て、その寒さに体を震わせながらキッチンの横を通ったときに聖に声をかける。すると、おばけでもみたような顔で俺の方を見てくる聖、何も言わない。ただのしかばねのようだ。


「なに?」


「いや、どういう風の吹き回しかなって」


「うっせ」


 上着を羽織り家を出る。特に目的地もないので自転車には跨がらず、歩いて適当にぶらぶらする。いつの間にか商店街の辺りまで来ていた。さすがにクリスマスシーズン真っ只中ともなればいつもよりは賑わっている。それでも近くのショッピングモールに客は取られているけれど。


 頑張ってイルミネーションは飾り付けられているし、クリスマスツリーを連想させる飾り付けも施されている。こういうのを見ると、今日はクリスマスなんだと思わされるし、やっぱり良い気分になる。聖ではないが、やはりこの雰囲気は嫌いではない。


 商店街を抜けると、まもなく学校である。適当に歩いているとこんなところまで来てしまっていたようだ。さすがにここまで来てもすることはないし、商店街の中をぶらぶらしようかと折り返そうとした時だった。


 見知った顔を見かけたのは。


「白木屋?」


 短髪の男が、こちらを振り返る。その表情はえらく不機嫌そうである。オーラがもう話しかけてくんなって感じ。声をかけてから気づいたので時既に遅しだが、その前に分かっていたら絶対そっとしとく。


「……なんだ、幸介か。なにしてんだ、こんなとこで」


「お前こそ、今頃合コンじゃなかったのか?」


 学校から帰る前からウキウキしていたじゃないか。そのテンションが鬱陶しすぎてとうぶん無視してやろうかと思っていたのだが、今の白木屋にその痕跡はまるでない。別人のようだ。歩いているうちに世界線が変わり、合コンなどなかった世界に来てしまったのだろうか。


 そんな冗談を考えていると、白木屋ははあっと溜め息をつく。


「さいっあくの集まりだったぜ」


 それは心底そう思っているのか、白木屋は思い出してかずいぶんとゲンナリした様子で言った。いったい何があったというのか。それは聞いてもいいのか分からなかったので、話してくれるまで待っていたが。


「今はお前とも話す気になれないな。また今度聞いてくれ」


 ほんとうに虫の居所が悪いらしい。いつもからは考えられないような状態の白木屋は、じゃあと軽く手を挙げて行ってしまう。さすがに後を追うようなことはせずに、白木屋の姿が見えなくなるまで歩いていった方を眺めていた。


 白木屋が完全に見えなくなってから、俺も逆方向に歩き始める。何があったかは分からないけれど、何かがあったことは間違いなさそうだった。不幸な目にでもあったのか、例えば集まった女子サイドが全員化物だったとか、実はドッキリでしたとか、男連中が腰抜かせて逃げ出したとか、合コンとか言ったことないから何が不幸なのか考えることも出来ないけれど。


 残念なことだ。


「……あ」


 雨が降ってきた。そこまで激しくはないものの、さすがにこの中を走って帰るのは躊躇ってしまう。なので、商店街の中まで来た俺は適当な店で時間を潰すことにした。すぐに帰るつもりだったのだが、まさかの展開に俺はやや自分の行動を後悔する。ちょっと気まぐれで動くとこれだよ。もう絶対外に出てあげないんだからねっ!


 とりあえず聖には連絡だけ入れて、雨が弱まるのを待つ。天気予報を見ると、そこまで長引くものではないようで、少し待てば雨雲はどこかへ行ってしまうようだった。


 予報の通り、雨は引いていった。その時にはもう太陽は本日の仕事を終えて空から消えていた。店を出た俺は、異様な寒さに、ぶるっと体を震わせる。さっきまでに比べて酷く寒いのは、もしかすると雨の影響だろうか、そう思ったが違った。頬に当たったそれが、俺に答えを教えてくれる。


 空はだんだんと暗くなり始めていた。ちかちかと、街灯が光を灯す。空から振ってくる白いものに気づいて、俺は空を見上げた。雪だ。ホワイトクリスマスイヴ、今年の神様はリア充に優しく我々非リア充に厳しいようだ。雪とか、子供の頃にはテンションがあがることもあったけど、さすがにこの歳になると大して揺さぶられはしない。わあーホワイトクリスマスだ綺麗! とか、そんなことも思わない。わあ雪だ寒い! くらいだ。


 そんなことを思って一歩二歩と歩き始めたその時だった。


「――っ」


 視界に、赤と白の服がちらついたのは。


 この時期、サンタ服のコスプレをしている奴なんてたくさんいる。だけど、それに加えて銀色の髪に日本人離れした容姿と雰囲気を放つ奴はそうはいない。


 そして、その少女を俺は知っている。


「シャロ!」


 反射的に彼女の名前を呼んでしまう。


 俺の存在に気づいたシャロは、当然こちらには駆け寄ってこない。明らかにここ数日避けられていた。会わないようにされていた。ならば、シャロが取る行動はただ一つだ。


「幸介くん……――ごめん!」


 駆け出したシャロを見逃すまいと俺も後を追う。


 もしここで姿を見失ってしまったら、もう二度と会えないような気がする。そんな嫌な予感が、俺の胸の中をざわざわと侵食していく。


 翻る銀色の髪を、揺れる緑色のリボンを、離れていく赤い服を、そんなシャーロット・クロースの姿を、俺は見失わないようにしっかりと捉える。


 あの野郎、なんで謝りなんかしたんだよ。俺に何かしたのかよ。あの時勝手に帰ったことに罪悪感を抱いているんなら怒ってねえからその足を止めろよ。分かってる、そうじゃないんだよな。俺はそれを確認したいんだ。


「なんで――」


 なんで、あいつはあんなに悲しそうな顔をしていたんだよ。

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