第5章 ②『兄として』
「というわけでだな、今日は聖と一緒に家にいてやりたい」
ホームルームが終わり、クラスメイトは各々仲の良い奴らと集まり、これからの予定について話し合っていた。その中で、いつものグループにいた桐島を廊下に呼び出す。この前あった出来事を説明し、今日は遊びにいけないことを伝えた。
すると、桐島は分かりやすく動揺して、視線を泳がせた。くしゃり、と髪を掻いて斜め上を見る。
「そっかぁ、それはね、聖ちゃんと一緒にいてあげるべきだよ……うん」
「ごめん……せっかく誘ってくれたのに」
俺はなんて勿体無いことをしているのだろうか、と自分でも思うし自分のケツを蹴ってやりたいとも思う。だけど、これは俺が決めたことだ。
「ううん、その……迷惑だったかな、って、ちょっと思ったり」
「そんなことはない! 俺だって、遊園地とかそんな行ったことないし、楽しみだった」
その言葉に嘘はない。珍しく落ち込む桐島を見て、咄嗟に出た言葉ではあったけれど、それでも本当に思っていることは確かだ。俺のその気持ちが伝わってくれたのか、桐島は少しだけ元気を取り戻す。
「ほんと? 気遣ってるなら言ってよ? あたし言われないと分からないし、嫌なら嫌だってはっきり言ってもらったほうが……」
だんだんと声が小さくなっていく桐島の言葉は、最後には聞き取れるかどうかのところまで細く、今にも消えそうなほどにまでなっていた。
「まじだって! だからさ、その……行けるなら、明日とかにでもどうだ? そもそもクリスマスの本番は明日なわけだし!」
俺はどうしたいのか、自分でも分からない時がある。桐島菜々子は恩人だ。こいつがいたから俺はクラスに受け入れてもらえたし、友達も少なからず出来た。楽しい学校生活を遅れているのは間違いなく桐島のおかげだ。
そんな桐島菜々子のことを、俺はどう思っているのか。以前白木屋に言われたことが瞬間的に脳裏に蘇る。考えてみても、答えは出なかった。いや、本当は分かっているのかもしれない。
ただ、認めるのが怖いだけ。
「いいの?」
しおらしく、あくまで控えめに言う桐島は、いつもの調子と比べるとまさしく正反対だった。そのギャップに、彼女の女の子らしさに、思わず心臓がドキッと跳ね上がる。
「ああ! もちろんだろ」
俺は出来るだけ元気な声を出した。桐島が抱いている不安を少しでも吹き飛ばせれるように。俺の気持ちをきちんと伝えるために。
「あれ、菜々子。今日はデートなんだっけ?」
その時、教室から桐島がいつもいるグループが出てきた。その中の一人、金髪に巻き髪ドリルのミッチョンが疑問を口にした。
「あ、えと、そうなんだけどかくかくしかじか」
ざっくり説明すると、ミッチョンは理解したのかどうかわからないけど、ほーんと間の抜けた声を漏らす。そして、自分の毛先をくりくりと弄りながらさらに言う。
「私らがクリスマスパーティーしようってのに、自分だけ断るから何事かと思ったけど、そういうことなら一緒に来る?」
「あ、うん。そだね」
「……お前、確か」
ミッチョン達は予定があって断られたか何か言っていたような気がするのだけれど、そんな気持ちで桐島に声をかけると、ぎくっと悪戯がバレた子供のようにバツの悪そうな顔をして、そしてミッチョンの方に駆け足で近づく。
「さっ! そういうことなら行こう! 今すぐ! 時間が勿体無いよう! そういうことだから佐倉、また連絡するねー」
言葉をまくし立てて、ミッチョンの背中を押しながらこの場を離れようとぐいぐい進もうとする。なにさなにさと焦りを見せるミッチョンも、理解はしないまま自分の足で歩き始める。その後ろから、アンドモアは知った顔でついて行く。
誰もいなくなった中、静かな廊下で俺だけが取り残される。そんな俺の肩を、後ろからポンと叩いてくる奴がいた。
「ま、よくやったんじゃないか? あと何歩くらいだ?」
白木屋辰巳、いつものように知った顔で高みの見物というか、傍観者の位置から楽しそうに眺めている。やけに上から目線だったのが何となくムカついたので、俺は肩に置かれた手を振り払う。
「おっと」
「……帰る」
「悪いな、俺はこれから合コンなんだ」
ぱちくりん、と可愛らしくもないウインクを見せて言う白木屋に、俺は盛大な溜め息を見せた。そういやそんな話ありましたね。オチが見えすぎてすっかり忘れてましたわ。
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