第5章 聖夜の奇跡
第5章 ①『終業式』
一二月二四日、クリスマスイブの日、俺が通う大幕高校では終業式が行われていた。長い長い校長の話を聞くという最後の苦行を乗り越えれば待ちに待った冬休みだ。
「で、あるからして」
その生徒も大して聞いていないというのに、よくもまあ長々と話ができるものだ。年寄りになるとお話が好きになるというが、そういうのが関係しているのだろうか。昔同じ思いをしたのだろうし、負の連鎖を断ち切るべく一言「無事三学期に会いましょう!」くらいで済ましてくれるのが有り難いのだけれど、まあ無理な話なんだろう。
三日間に渡るテストとの激闘は何とか幕を閉じた。勉強の甲斐あって、いつもに比べれば出来は悪くないだろうと踏んでいる。赤点を覚悟する教科も中にはあったが、それでも留年するには至らないだろうし、母さんに怒られるとしても最小限で済むだろう。
シャロが行方をくらませたあの日から数日は経ったが、あいつはまだ姿を見せない。
「相変わらず話長えな、校長は。どうせ誰も聞いてないんだから、また三学期に会いましょう! くらいで終わらせてくれればいいのにな」
ちくしょう、ちょっと思考被っちゃったじゃないか。かったるそうに呟く白木屋辰巳を横目に悔しさのあまり、ギリッと歯を鳴らす。そんなことを思っているうちに、ようやく長い話が終わった。終業式が終われば、あとは教室でホームルームを終わらせるだけなのだが。
「忘れちゃいないだろうな、お前ら。これからビッグイベントである通知表返却の時間だ」
教室に戻り、席に着く。にやにやしながら入ってきた担任の佐藤が教卓に立ってそう言った。そうだ忘れていた、通知表だ。これが母さんの機嫌に大きく繋がることは明らかで、母さんの機嫌が分かりやすくお年玉を左右することは目に見えている。
「自信ないなあ」
ぶつくさと言いながら、桐島は自分の席へと戻っていく。
結局、佐倉家のクリスマスに両親は帰ってこない。仕事だししょうがない。それはどうしようもなく、俺も聖も納得した部分はある。俺はと言うと、一応桐島にクリスマスは遊びに行こうと誘われている。だけど、本当に遊びに行ってもいいのか、ここのところそれをずっと考えていた。
『私は大丈夫だから、こーすけはしっかり菜々子さんとのデートを楽しんできなよ?』
聖にはそう言われたが、だけど聖を家に一人残して俺だけ楽しむというのはどうにも腑に落ちない。両親が帰ってくるから、聖も誰かと遊ぶからという理由があったから良かったものの、聞いてみれば聖はどこにも行かないようだし。
で、あるならば俺はやっぱり遊びに行くことは出来ない。それが出した答えだ。
それを、桐島に伝えなければならない。
「次、桐島」
名前順で順番に呼ばれては教卓で佐藤から通知表を受け取る。決して自信があるわけではない俺からすれば、これは死刑宣告を待つ囚人の気持ちに近い。徐々に近づいてくる自分の名前に、心臓の動きが早くなる。あれだ、歯医者さんでの待ち時間に近いものを感じる。
「お前はとりあえず遅刻の回数を減らせ。あと、授業をしっかりと聞け」
「……はい」
そんなこと言われて渡された通知表が、いい結果を残しているわけがない。それは桐島も分かっているのか、がっくりと肩を落として自分の席へと戻る。恐る恐る開いて中を見て、分かりやすく落ち込んでいるところを見ると、やはりいい結果ではなかったようだ。
「次、佐倉」
「は、はい」
ついに名前を呼ばれて、俺は教卓へと向かう。その背中は、まるで戦場へと向かう死をも覚悟した戦士の者に見えたと、白木屋辰巳は後に語る。ここまで来たら、もう俺にはどうすることも出来ない。目の前の現実をただ受け入れるのみ。
「……」
「せめて何か言ってください」
無言で渡された通知表を受け取って、俺は小さくツッコんだ。何なんだよこの人、俺のことイジメていないか? 教師が生徒の扱いを変えるのはよくないと思う。
「まあ、頑張れ」
そんで絞り出した言葉がそれかよ。もういいよ、じゃあそれで。
先の桐島と同じように肩を落として、自分の席に戻る。一瞬、桐島と目が合った。覇気のない諦めたような表情に、俺もきっと同じような顔をしているんだなと悟った。
躊躇いながらも、自分の通知表を開く。うん、まあそんなもんだよね。良くはない、どちらかというと悪い。だけど思い描いていた最悪の結果ではない。ならば、いい。受け入れて、ありのままを母さんに報告しよう。
「どうだった?」
俺の後に通知表を貰ってきた白木屋が、にたにたしながら席につき俺の方を向く。この顔は結果がよかったのだろうか。いや違うな、俺の結果を見透かしての笑みだ。まじでこいつ性格最悪じゃないのか?
「お前の予想通りじゃないか」
ふてくされて、俺は邪険に扱う。そんな俺の様子を見て、白木屋はくくっと笑う。何がそんなに面白いんだか。
「まあいいじゃないか、これでようやく解放されるんだから」
確かに。
テストに通知表と頭をが痛くなるような問題はおおかた解決。ようやく俺には平和な冬休みがやって来たのだ。そう、ここで大事なのは開き直ることだ。
「ちなみにだが、俺のも見るか?」
ちらっと、通知表を開いて俺に見せてくる白木屋の顔は、どこか誇らしげで何となくムカついた。その顔が結果を物語っているのだから。
なんでこいつこんな感じなのに成績いいんだよ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます