第4章 ⑤『消えたシャロ』


 俺と聖が家に帰ってきた時、家の中に妙な違和感があった。


 少し時間が経ったこともあるが、それでも何となく感じる嫌な予感。聖はそこまで感じていないようだが、俺にははっきりと分かった。


「ただいま……シャロさん?」


 家の中に入って、聖がシャロに呼びかける。俺は確かに、シャロに家で待っていてくれと言ったはずだ。その約束を破ってどこかに行くようなことはあいつはしないはずだ。だけど、どうにも家の中から人の気配がしない。


 リビングに入ってもシャロの姿はなく、返事もない。そもそも、玄関にあったはずのシャロの靴がなくなっていた。その時点でこの家の中にあいつがいないことは分かっていた。


 問題なのは、どうしていないのか、だ。


「どうしたんだろ……怒って帰っちゃったのかな」


「あいつに限ってそんなことはないだろ」


 そう。


 あいつはそんなことはしない。黙っていなくなるなんて、そんなことをするような奴ではないはずだ。バカだし非常識なところもあるけど、人のことをしっかり考えて行動できる奴だ。周りに心配をかけるようなことはしない。


 そのシャロが、いったいどうして。


「なんか用事でも思い出したんじゃないか? 急にバイト入ったとかさ。明日にでもまたひょこっと現れるさ」


 俺は出来るだけ明るく、気にするなという意味を込めて聖に言う。そう見せかけて、もしかしたら自分に言い聞かせていたのかもしれない。中で膨れ上がる、不安の感情に負けないように。それを必死に押し返そうと、そう思い込むようにしていたのかもしれない。


「さ、腹も減ったし飯食おうぜ」


「……そうだね、温め直さないと」


 リビングの机の上に置かれた晩ご飯は、時間が経ってもう冷めていた。聖はそれを温め直そうとレンジのあるキッチンまで持っていく。シャロの分には、サランラップをかけて冷蔵庫に入れる。特に会話もなく、静かな時間が流れる。レンジの稼働音だけが部屋の中を支配していた。その時間がまた、俺の中の不安を増幅させた。


「上着直してくるわ。お前のも持ってくぞ」


 ソファの上に置かれた聖の上着を手に持ってそう言うと、聖は声は出さずに頷いた。泣いて疲れているのもあるだろうけれど、きっとシャロが心配なんだろう。まったく、どこに行ったんだよ。何も言わずに。


 二階に上がって聖の部屋に入る。元あったクローゼットに上着を直す。部屋はさっきと何も変わらない。勉強机の上には教科書やノートが広げられていて、家でまで復習して真面目な奴だと感心する。扉の前にいる俺を見守るようにベッドの上にいるくまのぬいぐるみがこちらを向いている。さっきと何も変わらない、その部屋を出て、今度は自分の部屋に入る。


「……」


 自分の上着もクローゼットに直す。俺の部屋も、何も変わらない。勉強机の上には勉強道具は置かれておらず漫画数冊が積まれていて、壁には好きなアーティストのポスターが貼ってある。変わらない。床には帰ってきた後に適当に置いておいたカバン。倒れていて、中身が散らばっている。


「……ん?」


 中身が散らばったカバンに、何か違和感を覚えた。


 普段なら気にもしないけど、今日は何だかそれがいやに気になった。俺は散乱した中身の中から、一冊の本を拾う。


『サンタクロースの記録』


 その本は、図書室での勉強を終えた帰り際に勧められて借りた本だった。中身も見ていないけど、何となく目に留まったものだ。どうして気になったのか、表紙に写るサンタクロースが何かと被ったからだ。


「……」


 本を開いて、ページをめくる。


 何と被ったのか。そんなもの、自分でも分かっている。シャーロット・クロースはいつも赤い服を着ていた。もちろん、表紙のおじさんとは似ても似つかないけれど、それでもその二つは重なるのだ。


 赤い服、皆の幸せを願う、サンタクロース、そして魔法使い。


 答えは、自然と出ていた。


 本の中に書かれていたのは、いつか成瀬先生から聞いたサンタクロースの伝説と同じようなものだった。もし、俺の想像が正しいとして、そしてシャロがこの本を読んだとしたら?


 あいつなら、きっと。


「あいつ、まさか……」

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