第4章 ③『悪い知らせ』


「あ、おかえりなさい」


 家に帰ると、当たり前のようにそこにいるシャーロット・クロースの姿は。しかし、珍しいことに服装がサンタ服ではなく、もこもこの服に下は相変わらずミニスカートではあるがいつものものではない。あと、髪がポニーテールにまとめられている。


「どしたの?」


「どしたのはこっちのセリフだ。なんだ、今日はいつもと違うじゃないか」


 俺の言っていることを意味を察したシャロは、ふふんと自慢げに鼻を鳴らす。別に何も自慢することではないのだけれど、言ってもまた話が逸れるだけなので黙っておこう。


「シャロさんね、料理手伝ってくれたんだ」


 キッチンから晩ご飯を運んできた聖が、話を聞いていたのか代わりに答えてくれた。それでポニーテールなのか、長い髪って料理のとき邪魔だとかいうもんな。でも、なんで服も違うのだろうか。


「髪はともかく何で服も着替えてるのかとか思ってるでしょ?」


「まあ」


 シャロに心の中を読まれてしまったのは腑に落ちないところだったが、さっさと答えを知りたいので素直に認めておいた。するとシャロは、その場でくるりと一回転して最後に決めポーズと言わんばかりにピースを目の横まで持っていきウインクを見せた。


「いつもサンタ服じゃなんだし、たまには私服も見たいかなって」


 サンタ服は私服のつもりじゃなかったのかよ……。なんて、ツッコむのは野暮なことだろう。確かに、普段と違う装いに少しドキッとしてしまったのは事実だが、思い通りになってしまったところはやはり気にくわない。


「っていうことにしておくんだけど、本当は料理の最中にこぼしちゃって今洗濯中なんだよ。だから、それまで私の服を着てるんだ」


「んもー! なんで言っちゃうのかなーっ!」


 からかうように後ろから言った聖に、シャロはポカポカと拳を当てる。キャッキャと戯れる二人を見ながら、改めてシャロの服を確認する。言われてみれば確かに見覚えがあるような服のような気がする。ていうか、あいつ自称俺より歳上の設定なのに中学生の聖の服が入るってのはどうなんだよ? 暴れているシャロのミニスカートがひらひらと舞う。ちらつく太ももに思わず固唾を飲む。もしかするとパンツまで見えるんじゃないかと思ったが、見てしまうと負けてしまった気分になるので俺は首を振って煩悩を振り払う。


「ほら、あれだよ。よくご飯食べさせてもらってるしたまにはお手伝いしないとと思ってね。せっかく決まったバイトも、お休みになっちゃったし」


 喫茶KIRIKOに行ったあの日、研修というか採用試験というか、とにかく奈々絵さんに気に入られたシャロは喫茶KIRIKOのスタッフとして働くことが出来るようになったのだが、数日前に奈々絵さんが階段から転落して足を怪我し、治るまでは営業を中止することになったのだ。まあ、あの人がメインなわけだし、いなければ営業なんて出来やしない。


「だから日雇いのバイトをしてたのか」


「まあ、そんなところかな。そうでなくてもお金は必要だしね、このご時世なにをするにもお金お金お金って言われるしさ、ないと生きていけないよね」


「まあ、そうな……」


 最近不幸な事件が多い気がするな。事件っていうほどのことでもないけど、奈々絵さんにも不幸が降り掛かってしまったわけだ。別に何かあるわけでもないのだろうけれど、まるで何かの予兆のような。嫌な予感を拭い切れはしなかった。


「つーか、シャロは料理できたのか?」


 イメージの話だけど、今までのこいつを見るに料理が出来るとは思えない。しかし意外とキャラによらずに得意という展開もありえなくもない。そんな俺の思考を透かしたのか、シャロはくくくっと笑う。


「まあ、苦手ではないよ。簡単なものなら作れるね」


「じゃあわざわざうちに来て飯食わなくてもいいだろうに。ここまで来んのも寒いだろ」


 何度か家まで送っていったことがあったけど、うちから少し距離がある。自転車だったからさほど遠くも感じなかったけど、シャロは徒歩だ。歩いてくるにはちょっと面倒になる距離なんだよな。俺なら諦める。


「分かってないなあ幸介くんは」


 ちっちっちっと、親指を振りながら、シャロはしたり顔を俺に向ける。最近この子

的確に俺の癇に障るポイントをついてきてる気がする。


「ご飯っていうのはね、一人で食べるより誰かと食べたほうがおいしいんだよ? 誰かと食べれてる幸介くんは幸せなんだからね!」


「ほーん、そうですか」


 俺はさして興味もない様子を見せつけて、荷物を自分の部屋に持っていくためにリビングを出ようとする。すると、シャロが後ろからぶーっとふてくされた声を漏らす。


「なんだか最近幸介くんがつめたい気がするよ」


「気のせいだろ、冬だからそう感じるだけだ」


「態度に季節は関係ないよう。ぜったい最初の頃よりわたしの扱い雑くなったよ」


 ぶつぶつと呟くシャロを置いて、俺はリビングを出る。まあ冷たくなったというよりは確かに雑くなった気は自分でもするけど。そりゃ初めて会った時と頻繁に会うようになった今とで態度が変わるのは当たり前だろうに。それを言うなら、あいつも最初に比べて遠慮ってものがなくなった気がする。


 カバンを置いてリビングに戻ると、晩ご飯の準備は終わっていて聖もシャロも席について俺を待っていた。


「おっそいよ幸介くん。わたしの手作りご飯が待ってるんだから、もっとうきうきしながら入ってきなよ!」


 さっきまでの会話は既に頭の中のメモリーから消去したのか、いつもの調子でトントンと机を叩きながらシャロは言う。


「おう、すまん」


 言って、俺もいつもの位置に座る。俺の横には聖、正面にシャロだ。いただきますと手を合わせて、俺は野菜炒めを口に運ぶ。その姿をじいーっと見ていたのは、いつもなら我先に料理に手をつけるシャロだった。


「どう?」


「ん……まあ、美味いよ。聖の方が美味いけど」


「一言多いんだよ、幸介くんは」


 ふてくされながらも、満足げな表情を浮かべて同じように野菜炒めを食べる。実はその横でふふんと得意げな顔をしていた聖もひょいぱくと食事を進める。料理褒めるとすごい喜ぶもんな、お前。


「そういえば聖ちゃんは何か欲しいものとかあるの? もうすぐクリスマスだけど、サンタさんに何かお願いとかしないのかな?」


 不意に言ったシャロに、聖は一瞬困惑した顔を見せた。シャーロット・クロースは魔法使いだ、サンタ服も着ているしそれはもうサンタクロースといってもいいだろう。しかし、聖はそれを知らない。


「え、サンタ……ですか? んー、そうだなー」


 そんな聖からしてみれば、驚くのも無理はない。え、サンタさんってほんとにいるんですか、というものではなくサンタさんをまだ信じているんだっていう驚きだろう。人間、大人になるにつれていろいろと現実を知る。そういうことをいつまでも夢見れたほうが幸せなのかもしれないけど、世間がそうはさせないのだ。


「別に、これといって欲しいものはないですかね……普通に、みんなで集まれて、楽しい時間を過ごすことができたら、私はそれで幸せです」


 考えた末の答えが、あまりにも子供っぽくなくて俺もシャロも驚いていた。もうちょっとわがままとか言えばいいのに。今年のクリスマスプレゼント選びの参考になるからナイス質問だと思っていたのに。


「そっかぁ、でもそうだよね。当たり前だと思っていることって、必ずしもそこにあるとは限らないもんね。当たり前だって思えることって、実はすごい幸せなことなのかも。プレゼントだけが全てじゃないんだなあ」


 そんな時だった。聖の携帯が音を鳴らす。今まではバイブか、それか好きなアーティストのメロディだったのが、クリスマスソングになっている。表には出さないが、クリスマス本当に楽しみにしてんだなあ。


「お父さんからだ、どうしたんだろ……」


 と、言いながらも声を弾ませながらリビングを出る。親父との電話なら別に聞かれても問題ないだろうに、よく分からんやつだな。


「なんだろね、今から帰るよーとかそんな電話かな?」


「そんなことしてくる奴じゃねえよ。ケーキのリクエストとかじゃないか」


「ケーキのリクエストをわざわざしてくるお父さんではあるんだ……」


 その時だ。


 ドタドタ、と廊下の方で音がした。廊下を走った時に鳴るような音だったが、聖が出したもので間違いはないだろうが何で走ったんだ? 俺とシャロは二人で顔を見合わせて立ち上がり、廊下に出る。


「おい、どうした聖――」


 扉を開けて廊下を覗く。しかし、そこに聖の姿はなかった。あったのは、廊下に無造作に放り投げられた聖の携帯電話だけ。俺はそれを拾って画面を確認すると、通話中だったものがその瞬間に切れてしまう。


「どうしたの? 聖ちゃんは?」


「分かんねえ……」


 近づいてきたシャロに返事をする。どうしたのか、そんなことを考えていると、何かに気づいたシャロが一度リビングに戻った。もう一度こちらに来た時、シャロが手に持っていたのは、聞き慣れた着信音を鳴らす俺の携帯だった。


「電話……」


 画面には、親父の表示があった。親父が俺に電話なんて珍しい、用があるときはだいたい聖にする奴だ、どんだけ娘が好きなんだよと呆れるレベル。そんな親父からの電話だ、そしてこの状況、決していいことではなさそうだ。


『おお幸介か。聖の奴突然返事がなくなったんだが、どうかしたのか?』


「まあ、面倒なことになるんじゃないかなって感じだけど、何か言ったのか?」


 胸の中で膨れ上がる嫌な予感。バクバクと動きを速める心臓を抑えながら、俺は言葉を繋げる。自分の中に浮かび上がってくる予想を否定してくれと願いながら、親父の返事を待つ。


『ああ、ちょっと仕事が長引きそうでな……クリスマスには戻れそうにないんだ』

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