第4章 ②『これはたぶんデートなのだろう』


楽しみなことが目の前にある。するとどうしても他のことが霞んでしまい疎かになる。


 クリスマスには桐島と出かけることになっている。それが終われば冬休みで年末と来て新年が幕を開ける。お年玉もある。だけど、何かを忘れてはいないだろうか。忘れてはいけない、何か大事なこと。重要な……。


 そう。


「今日はこの辺にしとくか」


 すっかり忘れていたのだが、その前に期末テストが待っているのだ。このテストを無事終わらせなければ楽しいことが全てなくなってしまいかねない。この成績でお年玉の額が決定するといっても過言ではない以上、疎かには出来ない。ということで、俺は授業が終わると図書室で勉強をしてから帰ることを日課としていた。


 もう時間がない。


 焦る気持ちを抑えて、俺は集中して勉強に励む。集中力が切れたら無理をせずに中断する。そうして、何とか身につけてある程度出来るようにはなった。


 図書室も閉館の時間になり、俺は荷物をまとめて帰る支度を始める。俺以外にも勉強をしている人はちらほらと見えるが、図書室でする人はあまりいないのだろう。そこまで混雑してはいない。


「……ん?」


 図書室から出ようとしたとき、ふと視界に入ったのは図書委員のおすすめのコーナーだった。いつもなら何事もなくスルーするところだが、今日は何となく視界に止まった。というのも、赤色と白色が見えて、自然とそっちに意識がいってしまったのだ。最近よく目にするその二色に、ついつい反応してしまった。


「気になる?」


「……ん?」


 本のタイトルは『サンタクロースの記録』というもの。表紙には赤と白の服を着た白ひげのおじいさん。いわゆる、よくイメージされるサンタクロースの姿だった。それを眺めていると、後ろから声を変えられた。振り返ると、ショートボブにメガネをかけた、いかにも本とか好きそうな容姿をした生徒が、俺の方を見ていた。


「その本、私が置いたんだ。この時期だしさ、誰か見たいかなって。でも、まさか男の佐倉が気にするとは思わなかったけれど。女子をユーザーに据えていたんだけど。意外とそういうの好きだったり?」


 にたにたと笑いながら、その女子生徒は馴れ馴れしく話かけてくる。誰だっただろうか、と一瞬考えるが、俺の名前を知っているということは同じクラスであることは間違いない。他クラスに交流などないからだ。


「まあ、ちょっと」


「せっかくだし、借りてけば? 私、その本結構好きでさ、出来ればいろんな人に呼んでほしいわけよ。サンタクロースの物語、クリスマス前に読んでおいて損はさせないわよ」


 それを聞くだけで、彼女がこの本をほんとうに好きなんだということは伝わった。嬉しそうに、楽しそうに、彼女の語る言葉は俺の耳に入ってきたのだ。


 ああ、思い出した。確か、南倉飛鳥、桐島の友達のミーナさんだ。同じクラスのいつも本を読んでいる生徒、以前に一度だけ何かの行事で絡んだことがあった。本を読んでいるイメージしかないが、地味という印象は持っていない。行事ごとには結構積極的に関わっていたように思える。


「そうなんか。じゃあまあ、せっかくだし」


 そういうわけで、ささっと手続きを済ませて俺は本をカバンの中に入れる。特に話すこともないし、片付けの邪魔するのも悪いだろうと俺はそそくさ図書室を出ようとする。


「あ、ねえ佐倉」


 後ろから呼びかけられて、俺は無言で振り返る。なに? というニュアンスを込めた視線の意図は伝わったらしく、ミーナさんは割りと真面目な表情を受けべて言う。


「菜々子とデートするんだってね。頑張れ」


「……頑張れと言われてもなあ」


 全く、女子ってのは噂拡散機か何かなのかね、誰か一人に発信するだけで一気に広まってしまう。ネットの海に流せば終わるというが、女子に話しても終わるだろこれ。まあ桐島から聞いたのだろうから、それは正規のルートということで目を瞑るが。


 あともう言わないけど、これだけの人から言われるのだ、これはたぶんデートなのだろう。

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