第4章 幸介と聖
第4章 ①『白木屋プロデュース正しい彼女の作り方』
気づけば今年も残すところあと二週間もない。残すイベントであるクリスマスに向けて本格的に気合を入れる店も多い。それが終われば年末で、そして新しい一年が幕を開けるのだ。まだ少し先のことではあるが。
そんなある日のこと。珍しく部活がないという白木屋が出掛けようと誘ってきた。特にすることもなかったので付き合うことに。電車で数駅進んだ先にある少し大きめのショッピングモール。大幕生もちらほら見えるところ、放課後の行動パターンはある程度限られているのだと実感する。
「いやあ、いつもは部活だからな、のんびりした放課後なんて久しぶりだぜ。それに、最近お前と出かけることもなかったしな」
「まあな。つってもお前たまに部活サボってんじゃねーか」
不真面目というわけではないが、決して真面目に部活に取り組んでいるわけでもない白木屋辰巳。月に一回くらい部活をサボることがある。俺が知っているだけの回数なのでもうちょっと多いかもしれないが。
「人聞き悪いこと言うな。サボってるわけじゃない、体調不良で休んでるんだ。それに休んだ日は罪悪感に苛まれて遊ぶどころじゃないんだ。こうして自由に遊べるなんて滅多にないんだ。お前だって友達少ねえんだから、こんな場所こういうときしか来
ないだろ?」
「余計なお世話だ」
「否定はしないのな……」
自分で言っといて、自分で引くなや。
当時友達ゼロだった俺だが、桐島のおかげである程度クラスに馴染むことが出来た。結果、辰巳とも絡むようになったのだけど。しかし、馴染めたというだけであって、決して休日にまで会って遊びに行くような友達が増えたのかと言われればそうでもない。あくまで、学校内での関係でしかない。
本当に、休日遊ぶのは白木屋くらいではないだろうか。それか中学の頃の友達か。
そういえば、桐島と休日に遊んだ記憶が無い。まあ、あいつにはあいつのグループがあるし、普段はそっちと遊びに行ってんだろう。ならば、今度の遊園地が初めてということになるな。そう思うと、また緊張してくる。
「ゲーセンとかは商店街にもあるけど、ボウリングとかはないもんな、あってギリカラオケか。男二人だが、たまにはパーッと遊ぼうぜ! ……と、言いたいところだが」
やけに真剣な顔つきになった白木屋が、俺の全身をスッと見てからもう一度顔に視線を戻す。なんだこいつ、初めてシャロに会った時の俺か。今の俺だったからよかったけど相手が女子なら通報されてたからな?
「な、なんだよ?」
「お前、クリスマスにデートするらしいな」
なんで知ってるんだよこいつどこからその情報を? シャロなわけないし、まさか聖? あの出来た妹がまた変な気でも回しちゃったの?
「デートじゃない、ただ遊びに行くだけだ」
俺がそう言うと、辰巳は溜め息をついてやれやれと首を振る。その仕草が何というかイラッとした。
「……んじゃ別にそれでいいけど。俺は別に他人のあれこれに口出すつもりはないけどな、相手がお前だからこそ、やっぱクリスマスに女子と遊びに行くのなら一つ言っておきたいことがある」
「なに?」
「服を買いに行こう」
「は?」
腕を組んで、うんうんと唸りながら言う白木屋に、俺は間抜けな声を漏らす。何だ俺の服って何かダメなの? 思い返せば確かに久しく服とか買ってはいないけれど。
「いやだからな、服だよ服。別に今のお前がダサいとか、そんなんじゃねえけど。でも逆に言えばイケてるわけでもないんだ。クリスマスだし、ここはビシっと決めとこうぜ」
「いや、別にいいだろ……。そんな気を張る相手でもないし」
「桐島だって、女子は女子だ」
「なんで知ってんの?」
そのこと知ってるの聖かシャロだけなんだけど、やっぱり聖なの? あの子そんなに俺のこと心配してくれてんの? そういうのって一歩間違えたら余計なお世話になっちゃうから気をつけてね。
「いや、だいたい予想つくだろ。桐島に呼び出しくらってたし、そもそも桐島以外と仲良く喋ってる女子いねえじゃん」
違った。俺の分かりやすい校内関係図が答えを示しているだけだった……。それも図星なので、何も言い返せない。しかし、案外洞察力ありやがるぜ……。やるじゃないか、白木屋。
「お前は知らないかもしれないけど、桐島って結構人気あるんだぜ? 見た目は文句なしに可愛いし、それであのコミュ力だ。誰とでも仲良くなれる、誰にでも気さくに話しかける。狙われないわけがない」
「まあ、そうだな。モテそうだよなあいつ」
「いや、だからモテそうっていうかモテるんだって」
はあっと溜め息を見せる白木屋は、どうやらマジで呆れている様子だった。
「ちょっとくらいビシっと決めていかないと、幻滅されるぞ。自分が気合い入れてオシャレしてきたのにお前が適当な感じだとショックだろうぜ?」
「そんなんじゃないって。チケット貰ったけど、いつものメンバーは予定があるから仕方なく俺と行くことにしたって、本人言ってたし」
そう言うと、今度ははああああああっとさっきよりも長く深い溜め息をわざとらしく見せつけてくる。
「それでも、気のない男子をクリスマスに誘うかよ。俺が合コンではしゃいでるうちに、ずいぶん進んでくれたじゃん」
聖もシャロも、白木屋までもそんなことを言うのか。そこまで言うのならば、そうなのかと思ってしまうじゃないか。
「彼女、欲しくないのか?」
「欲しくないわけないだろ。ただ、友達だってロクに出来ない俺に、彼女なんてまだ早いと思ってるだけだ。彼女云々言うよりも、まずは友達を作るところから始めてる
の」
すると、辰巳は溜め息はせずに首だけをやれやれと言うように横に振る。何でか、今までで一番腹立つ仕草である。
「いつの話してんだ、お前」
「何が?」
「そりゃ友達いなかったさ、昔はな。俺だって絡んでなかったし。でも、今はいるじゃん。そりゃ多くはねえけど。友達なんて多けりゃいいってわけじゃねえぞ? 俺は量よりも質だと思っている。そして、質のある友達を、お前はちゃんと持ってる」
「……そうかねえ」
「胸張ってくれねえと、俺や桐島に失礼だぞ?」
こいつ、たまに真面目なこと言うんだもんな、調子狂う。だけど言っていることはごもっともだ。今の俺には少なからず友達がいる。思い描いていたような感じではなかったけど、対峙な奴がいる。
「そんな友達の一人が、勇気を持って一歩踏み出そうとしているわけだ。双方の友人として、応援しないわけにはいかないんだよ。お前が迷惑だって言うんなら、そりゃ無理におせっかいは焼かないけどな」
どうだ? とでも言いたげに、白木屋はぱちりとウインクしてくる。こいつ、普通にイケメンなのに何で彼女出来ないんだろうな。あ、そうか、中身か。
そんな話をしながら小腹が空いたという白木屋についていきフードコートへと向かった。中にあるファーストフード店に入り、辰巳はがっつり、俺は軽く注文して席につく。
大きなハンバーガーを口いっぱいに詰め込んでいる辰巳の前で、俺はポテトをちまちまと口に運ぶ。辰巳が口の中身を全部飲み込んで、ジュースを飲む。
「で、実際どうなわけ?」
「何が?」
唐突な質問に、俺はそう返す。
「桐島だよ。あっちがどう思っているかはこの際置いておこう。それは関係なしに、お前は桐島のことどう思ってるって話」
辰巳の言葉に、俺は口に持って行こうとしていた腕を止める。
俺が、桐島を、どう思ってるかって。
「そんなの、友達じゃねえのかよ」
「そりゃ友達だよ、今までだってそうやって接してしてたんだから、ましてやさっきの話聞くに彼女云々を意識することもなかったわけだしな。だからさ、そのまま友達でいいのかってこと。好きじゃねえの?」
「ぶふッ……好きって」
俺は飲んでいたジュースを盛大に吹いてしまう。まさかこんなベタな真似してしまうとは。
「普通に、そのまんまの意味。付き合いたいとか思わないのかなって。女子と仲良くなったら、自然と考えることだろ?」
「考えねえよ、考えたことねえよ」
「……オクテだねー、幸介クンは。そりゃ自分から行動しようってなるわな桐島も」
言いながら、白木屋はくくっと笑う。何かおかしいことあったか?
「ま、どっちでもいいんだけどよ。チャンスがあるなら掴むべきだろ? 桐島となら、付き合っても違和感なく過ごせると思うけどな、今のお前ら見てると」
「……なんだそれ」
もしも。
これは仮の話で、例えばの話。所謂想像というか、妄想であり妄想でしかない世界だ。
俺と、桐島が付き合うことになったとしよう。
その光景を想像してみても、確かにあまり違和感はないように思える。あいつはいつも通りに接してくるだろうし、俺だってそんな感じだろう。ふと、俺たち本当に付き合っているんだっけと疑問が浮かんでくるくらいに普通で、いつも通り。
逆に、他のクラスの女子で考えてみよう。
うん、想像できないな。会話してるところとかまず難しいし、そもそも続いても五分保たなさそう。その空間から逃げ出したくなってる自分しか想像できない。
もっと仲いい女子で想像しないと比較対象にならないな。と言っても俺他に仲の良い女子いないし……。
シャロだ、あいつがいた。あいつで考えよう……。
ダメだ、食べ物食ってるとこしか想像できない。挙げ句、俺の財布の中身が空っぽになるところが浮かんでくる未来が想像できるまである。
そう考えれば、桐島とは本当に何の違和感もなく想像できた。
でも、だからと言って、好きなのかと聞かれると、答えがよく分からない。
「深く考えんなよ。どうせあれだろ、好きでもない奴と付き合うとかできねえよとか考えてるんだろ。古いんだよ、乙女か。あれだよ、一緒にいて居心地よかったらそれでいいの。好きっていうのは次第に分かっていくもんなんだよ」
「……そういうお前は、彼女いた事あんのかよ?」
そういえば、辰巳の恋愛事情を俺は聞いたことがない。もともと興味もなかったし、聞こうとも思わなかっただけだけど。でも今、ここまで言われると、こいつのそういう部分も気になってくる。
「んー、そりゃ無くもないけど。今はフリーだけどな」
「あんのッ!?」
サンタコスのお姉さんにテンション上がったり、合コン程度ではしゃいでるから、てっきりないと思ってた。というか決めつけてた、いやそうであってほしいと願っていた。
「まあな。なんだ、聞きたいか? 俺の恋バナ」
「聞きたくねえよ」
いつものにんまり顔で言ってくるもんだから、俺は即答してやった。中身までは興味ないんだよなー。どうせ惚気けて終わりだろうし、参考にもならないだろうし。
「そっか、残念だ」
毛ほども残念と思っていなさそうに、白木屋は呟いた。
「さ、真面目な話はこの辺にしといて、服買いに行くか」
「そもそもその提案を俺が了承していない件についてなんだが」
「なんだ、何か不満か? 今回どうあれ、勝負服は一着くらいあるに越したことはな
いだろ? お前これから先もずっとそんなどっちつかずの服で生きてくつもりか? 服の買い方も知らねえってんじゃ、これから先苦労するぜ?」
「……あれだろ、オシャレするって言ったら金かかるじゃん。そういう感じの服って高いだろ」
「お前の服に……というより、オシャレに対する偏見がすごいことは分かった。でもな、現実はそうじゃない、オシャレ=高い服を着るってわけじゃない。そこまで高くない服だって、見せ方次第でオシャレに見えるんだ。逆に言うと、普通の服をどうイケてる風に見せるかってところに、オシャレの腕ってのは発揮されるんだぜ」
キラっと、星が出るようなウインクを決めた白木屋が何だか少し大人に見えた。部活しかやってないエロガッパだと思っていたけど、俺よりも立派にいろんなことを知っている。
「なら、俺の既存の服でコーディネートをしてくれればいいんじゃないのか?」
「……それだと、新しさがないだろ? お前のダメなところは、そうやって今ある状
況に満足していることだ。人間ってのはな、常に新しいものを見つけなければいけないんだ。さ、行くぞ」
言いながら、白木屋は立ち上がり、歩き始める。渋々ながら、俺もその後を追う。
デパートの中は広い。意外でも何でもなく、外観通りに広い。
それは当然、多くの人に集まってもらうため、あらゆる手を駆使しているからだ。その一つは、やはり様々な店が展開されているためだろう。
一口に服屋と言っても、いろんな店があるのだ。レディースからメンズ、キッズ用や婦人服、メンズだけでも何店舗もある。ちなみに、店の違いは俺にはよく分からない。
「どこにしようかな」
声を弾ませる辰巳の後ろを付いて行っている時だった。何だか、見覚えのあるシルエットが視界に入った。とあるお店の前で、道を通る人に元気に明るく声をかける一人の少女。
「どうぞー、ただいまクリスマスセールなうでーす!」
サンタ服を身にまとい、銀髪の髪が動きと一緒に揺れる。一見子供のような雰囲気に、バイトしてて大丈夫なのかと不安になるような少女。日本人離れした独特のオーラを放つ銀髪の少女なんて、そうそういないだろう。
「ん? どうした幸介」
「……いや、別に」
「サンタ服の子か。あれはあれでいいのかもしれんが、俺は可愛い系よりも美人系のが好みだからなー。お前はあっち系だったか? シャロちゃんもどっちかっていうと可愛い系……って、あれ」
「さ、急ごう」
バレても厄介だ、さっさと先を急ごう。ていうか、あいつこんな場所まで来て何や
ってんだ。バイト熱心過ぎるだろ。と思ったが、あいつ的には死活問題だからバイトはするに越したことないのか。呼び込みくらいならば素人にでも出来るし、ここまで足を伸ばせばバイトも見つかるわけだ。
「なんで声かけてくれないの? 寂しいなあ、もう」
バレる前に先に進もうと早歩きになる、が少し遅かった。殺気の間にロックオンされてしまっていたらしく、いつの間にか追いつかれてがっちり肩を掴まれた。前に進めない。なにこいつの握力、女子のそれじゃない。
「いや、気付かなかったんだ、お前いたんだな」
「いやいや、さっき情熱的な視線をこっちに向けてたじゃない。あいつ、こんなとこまできてバイトなんかしやがって、かわいいやつめ……みたいな」
「いい感じにかすってんじゃねえよ! そこまでは思ってねえけど。でもお前、何してんだよ、こんなとこで?」
いつもと同じサンタ服に身を包むシャロに、俺はさっき抱いた疑問をぶつける。
「なにって、見ての通りバイトだよ。って言っても今日だけの日雇いバイトなんだけど。気づいたんだよ、お客さんの呼び込みならば、この絶対的美少女の姿を活かせるんだってね」
「……へえ」
「何か言ってよ、寂しいなあもう」
「なにしてんだ幸介。って、さっきの可愛い系サンタはやっぱりシャロちゃんか」
俺のツッコミが飛んでこなかったことにぶつぶつ言っているシャロに呆れていると、少し先に行っていた白木屋が戻ってきた。
「やだ、可愛い系だなんて、そんなことあるかもー」
分かりやすく体をくねくねさせて喜んでいる様を表現するシャロ。表情豊かで分かりやすいところはお前のいいところだよ、うん。
「くねくねすんな、気持ち悪い」
「気持ち悪いとは何よ!」
ポカポカと俺を叩いて怒りを露わにするシャロは、ハッと何かに気づいて後ろを振り返る。それはまるで命を狙われたエージェントのような。
「やば、店長がこっち見てる」
真剣な顔で言うシャロにつられて俺たちもそっちを見ると、確かに何となくご立腹な雰囲気の人がこっちを睨んでる。
「戻らないと。幸介くん達はクリスマスのための買い物かな? 良かったらうちにも寄ってねー。じゃあばいばーい。これは二人にナンパされたってことにしとくからー!」
そう言いながら、シャロは戻っていく。店まで戻ると、頭に手をやりながら何かを説明してる。あいつマジで俺らにナンパされたって説明してんじゃねえだろうな?
「寄ってねって、ここ女性用のアクセサリーの店じゃねえの?」
「そうだな。まあ、桐島へのプレゼントを買うくらいにはちょうどいいんじゃないか?」
「んん、プレゼント?」
「ああ、クリスマスプレゼント」
そうか、クリスマスプレゼントか。クリスマスに会うんだから買っとかなきゃダメだよな。こういう経験今までになかったから何も考えていなかった。俺の反応に、白木屋は笑顔を凍らせる。ダラダラと汗をかいて、そして一言。
「まさか、忘れてたのか?」
「忘れてたわけじゃない」
「とても覚えていた奴の顔には見えんが?」
「最初から頭の中に無かったんだ」
「……余計ダメだろ」
呆れた声には、さすがの俺も同意。こうなると、白木屋に誘われてよかったと確かに思えた。俺ってやつはどうにも世間の常識ってやつをあまり理解していないらしい。
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