第3章 ③『クリスマスの予定は……』


「俺がここに来たのは別に美人なお姉さんと知り合いになるためでも桐島のことをいじるためでもなくてだな、お前に話したいことがあったんだ」


 騒々しい時間も終わり、日は沈み俺のバイトは終了した。あと少しだけ働くというシャロを待つために、ダラダラとしていた白木屋の前に座る。


「話したいこと?」


 えらく真剣な表情に、何というか違和感を覚える。白木屋辰巳のこんな表情を俺はかつて見たことがあっただろうか。思い返しても浮かんではこなかった。


 俺が聞き返すと、こくりと無言で頷いてどう話そうかとぶつぶつ呟く。そして考えがまとまったのか改めて俺の方に向き直った。


「バスケ部の戸部とライナーいるじゃん?」


「ああ」


 戸部もライナーも同じクラスなので知っている。そこまで絡んでいるかと言われれば絡みはそこまでないけれど、白木屋繋がりで喋ったことはある。友達の友達程度の関係でしかないくらいの認識。ちなみにライナーというのはあだ名で、本名は新居夏樹でライナー。別に外国人というわけではない。イケメンではあるが。


「その三人でさ、山女の生徒と合コンすることになったんだ。でも、人数一人足りなくてさ……そこで、お前に白羽の矢が立ったってわけ」


 山女っていうと確か山県誠果女子高校か何かだったか。結構頭がいいところで有名なので名前だけはおぼろげに知っていた。そんなお嬢様学校っぽいところの人らと合コンするなんてすごいことじゃないか。


「何で俺なわけ?」


 問題はそこだ。バスケ部には他にも部員はいるだろうし、三人はバスケ部なんだからそこは固めていった方がいいだろうに。


「んー、まあいろいろ理由があるんだが。盛り上げ隊の奴らは基本的に彼女持ちだし、あんまり良い奴連れて行っても俺らが霞むじゃん? かといってダメなやつ過ぎても空気よくないだろうから、中途半端で程よいやつって話になって、お前の名前が上がったわけ。ちなみにだけど、名前挙げたのライナーだぜ?」


 ライナーは俺の何を知っているんだ。しかも、呼ばれる原因も決して褒められているわけでもなく、結局のところ自分らの魅力には及ばないがヤバイほどダメではない奴ということだろう。


「正直お前を誘うのは気が引けるんだが……」


「どっちなんだよ」


 とにかくどうだ? と白木屋はぐいっと前のめりになって結論を求めてくる。と言われても、合コンなんて行ったことないし行っても楽しめる気はしない。白木屋はアホだがコミュ力は比較的高い。俺はその反対なのでまず初対面の相手と和気あいあいと会話が出来ない。以上の点から、俺は行くべきではないと思うのだが。


「やっぱパスかな」


「まあ、そう言うだろうと思ったけどさ。残念な気持ちの反面、安心もしたぜ……しかし幸介よ、そういうことなら俺が先に彼女を作っても文句を言うんじゃないぞ?」


「言わねえよそんなこと」


 複雑な気持ちではあるけれど。白木屋に彼女、ねえ……。良い奴なのは間違いないので出来ないとは思わないが言動諸々が残念だし、敬遠されることもあるんじゃないだろうか。猫をかぶればワンチャンあるか、それを含め好きになってくれる人が現れるか。


 見てみたいな、その人。


「ねえ佐倉」


 そんな話をしていると、後ろから声をかけられる。声で判断できたがそいつは桐島奈々子だった。奈々絵さんとの口論を終えて、シャロとの話も一段落ついて落ち着いたのかいつもの調子でやってきた。


「ちょっといい?」


 くいくいっと立って奥に来いというジェスチャーを見せられる。何だよ裏に連れ込んでカツアゲでもするつもりなのか? 桐島さんってばまじでギャル。


「なにか思ってる? 主にギャルだとかそんなこと」


「思ってませんよ……」


 なにこいつエスパーなん?


「ここじゃダメなのか?」


 移動するのも面倒なのでここで済ませれる話ならここでしたい。いるのも白木屋だけだし別に問題はないだろうけど。しかし、桐島の答えは俺の予想とは逆のものだった。


「んー、白木屋がいるから、だめ」


「なんでなんだよ……」


 大して凹んではいないだろうが、低い声で一応ツッコミだけ入れておく白木屋。溜息ついて、さっさと行ってこいと顎で指示されて、俺も立ち上がる。


 奥というからてっきりスタッフ控室なのかと思ったら、一度外に出て店の横にある長めの階段を登らされる。喫茶KIRIKOの二階は桐島家の自宅だ。入るのも初めてということはなく、何度か招待されたこともあるので別に新鮮味はない。と、思っていたが、案内された場所が桐島奈々子の部屋だったので、途端に緊張する。


 女子の部屋に入るのは初めてだぜ……。招待してくれたといってもリビングで飯食うとかその程度だし、同級生の、しかも女子の部屋に入るとか我ながら何してんだと思う。


 桐島は結構男っぽいというか、普通に女子なのだがノリが男子に近いので気軽に話せるところがある。しかしそんなイメージとは裏腹に部屋は結構女子っぽい。友達との写真を壁に貼ったり、ぬいぐるみが置かれていたり、インテリアがピンク多めなのは驚いた。部屋の中央に小さめの机があり、その前に座布団があるのでそこに座らされる。


「別に大した話でもないんだけどね、これ」


 正面に座った桐島が、先ほど引き出しから取り出した紙切れを俺に見せてくる。机に置かれたそれを見ると、どこぞの遊園地の招待券である。


「これは、おおはらパークの招待券か?」


 おおはらパークというと、うちから電車で三〇分程離れた場所にある結構人気の遊園地だ。この辺の奴らは子供の頃に一度は行っているだろうし、大人になっても十分楽しめるようになっており、同級生でも遊びに行っている人は少なくないと思う。


「そうなの。ママがくれたんだけど、行く人いなくてさ……佐倉、暇かなって」


 招待券というとシーズン毎に区切られているものなのだが、このチケットは少し特別な仕様になっている。使用期限を見るとクリスマスシーズン限定。たぶん、期間を限定することで安く手に入れることが出来るのだろう。


「イルミネーションとかやっててさ、結構綺麗みたいなんだよね」


「へえ。他にいないのか? いつも一緒にいるグループの」


「ミッチョンとゆりは彼氏と会うらしいし、ミーナはなんか用事あるらしくて」


「なんだっけ、久保田とか大津とか」


 桐島のよくいるグループはミッチョンとゆりと久保田と大津だったはずだ。ミーナはあまり会ったことないけど他のクラスの人らしい。


「いや、あいつらと二人きりはちょっと……」


 何とも微妙な顔をしながら桐島はお断りをするのだった。あれな、大勢でいるときは別に何とも思わないけど少数になるとちょっと気まずいみたいな間柄な。俺もよくあるぜその経験。


「つーか、あれか、チケットは二人分しかないのか」


「あ、うんそうなの。ミッチョンとかがダメなら、佐倉かなって」


 どうかな? と控えめな調子で尋ねてくる桐島。いつもよりもしおらしく大人しいので何だかこっちまで調子が狂ってくる。


「それともあれ? クリスマス予定とかあるの? 白木屋と遊ぶとか」


「そういや白木屋に合コンは誘われていたけど……」


「ごごごご合コン!?」


 俺の言葉を最後まで聞き終える前に過剰に反応した桐島はバンっと机を叩いて腰を浮かせた。その衝撃で、招待券がひらひらと落ちる。


「い、いや行かねえぞ? そんな誘いをさっき受けたってだけだ」


「なんだ、そうなのか……」


 早とちりをしてしまい恥ずかしかったのか、体を小さくして俯いた。今日の桐島はいつもの桐島とは雰囲気が違うため、ほんとうにこっちもどう接していいのか分からなくなるな。


「それで、じゃあ予定はないの?」


「……まあ、あると言えば嘘になるけど、まだないと決まったわけではないというか」


「今そういうのいいからハッキリ答えて!」


「あ、ありませんです!」


 あまりの迫力に、思わず敬語になってしまった。ピンと背筋を伸ばしてしまったぜ。こいつたまにすごい怖いんだもん、やっぱギャルだよオラオラ系だよ。


「あんた、また今あたしのことギャルって思ったでしょ? 違うとか言わないでよ? あんたの顔がそう言ってたんだから」


「だからお前はエスパーか」


「何度も何度も繰り返して言うけどね、あたしはギャ」


「お約束は分かったから話戻して! 脱線してるから!」


「お約束っ!?」


 声を荒げる桐島と冗談はいったん置いておくとして、俺は腕を組んで考える。クリスマスの予定は特にない。それは事実だ、悲しいことに。


「まあ、そうだな」


 佐倉家のクリスマスは基本的に家族で過ごすというのが暗黙の了解であったが、今年は母さんらが帰ってこないらしいし、そうなると聖もどうするか分からんしな。もし聖が友達とパーティーでもしてしまったら俺の晩飯とかないしな。友達と出かければとも言っていたし、家にいるよりは健康的か。


「それじゃあ、行くか……」


「ほんと? それじゃあ、うん」


 でも俺絶叫系とか得意じゃないんだけど、大丈夫かな? 今ここで言うべき? いやでも何か格好悪いし黙っておこう。見栄張ってダメそうなら白状するスタイルでいこう。よし決定。


「幸介ー。シャロちゃんバイト終わったけどー?」


 部屋の外から奈々絵さんが俺の名を呼ぶ。話しているうちにどうやら時間になったらしい。シャロの合否がどうなったのかは分からんが、奈々絵さんの機嫌とかを見るに大丈夫そうだな。


「それじゃ行くわ」


「あ、うん。じゃあまた連絡する」


 おう、と手を挙げて返して俺は部屋を出る。すると、にやにやした奈々絵さんがずいぶんと楽しそうに俺の顔を見てきた。


「なんですか?」


「いや、なんでもないわ。楽しんできなさい」


 盗み聞きでもしていやがったのかこの人は。にやにやの意味を何となく察した俺はおもちゃにされるのもゴメンなのでそそくさと帰っていく。


 シャロはまだ帰る準備をしているだろうから、もう一度白木屋の方に顔を出す。戻ってきた俺を見て、よっと軽く手を挙げてきた。


「なんだったんだ?」


「あ? まあなんだ、クリスマスの予定が入ったってやつだ」


 軽い調子で俺が答えると、ほへーと間抜けな声で返してくる。同時に奥からシャロが出てきたので、じゃあなと言って扉の方に行く。


「……へ?」


 最後に聞こえた白木屋の声は、驚き混じりの本気の漏れた声のようだった。

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