第2章 ⑥『背中に当たる感触は……』
話を聞き終えた頃には、作業の方もおおかた終わっていて、後はやるからと言われて俺と桐島は解放されたのだった。結構な時間が経っていて、連絡はしたものの聖が帰りを待っているだろうと思い、昇降口のところで桐島と別れて、俺は自転車を走らせる。
成瀬先生に聞いた話は、恐らくサンタクロースの物語だろう。曲がり曲がって日本にやって来た物語の原点なのかもしれない。どの物語も、必ずしもハッピーエンドで綴られているわけではない。後味の悪さでもないけど、何だか沈んだ気持ちになってしまって、それは桐島も同じだったようだ。
あまり考えてしまうとまた気分がブルーになってしまいそうなので、ブンブンと頭を振って思考を飛ばして、振り払うようにペダルを漕ぐ足に力を入れる。
「あれは」
いつものように商店街の中を突っ切る。すると、おろおろと探しものをする少女を見つけた。赤い服を着たシルバーの髪の少女。ここ数日で何度も見かけた後ろ姿に、俺は思わず声を漏らす。
「なにやってんだ?」
俺が声をかけると、シャーロット・クロースはハッとしてこちらを振り返る。俺の顔を確認したシャロは安堵のような息を吐いた。白く色づいたその息は風に吹かれて消えていく。
「幸介くん、奇遇だね。どうしたの?」
「奇遇かは知らねえけど、それはこっちのセリフだ。なんか探しものか?」
明らかに落とし物をした人の行動だったので、そうだろうと確信を持って聞いた。案の定そうだったようで、シャロは眉をしかめて困り顔を見せる。
「まあ、ちょっとね。アパートの鍵を落としてしまって……かれこれ三〇分は探してるんだけど、全然見つからなくて」
この寒い中、よくもまあそれだけ探したものだ。俺なら五分で諦めて帰る。と思ったが、鍵がないから家に帰れないのか。
「家に誰かいないのか?」
「わたし一人暮らしなんだ」
もちろん知る由もないので仕方のなかった話だが、シャロはどこかの国から一人で
日本に来ているようだった。頼れる身寄りもおらず、途方に暮れていたとのこと。
「大家さんに言えば合鍵とか貸してくれないのか?」
アパートのシステムは知らないけど、合鍵っていうのは用意されているものではないだろうか。万一の、こういうときのために。事情を話せば貸してくれると思うけど、それももう試したのだろうか?
「大家さんは明日まで旅行に行ってるんだ。帰ってきてたら頼ったけど、今はどうしようもないよね」
たはは、と少女漫画の古いリアクションのような乾いた笑いを見せた。
知り合いであるため、さすがに放ってはおけないので、俺は一度自転車を降りて端っこに停める。シャロも俺についてきて真ん中から移動してきた。どうやら捜索は諦めることにしたらしい。懸命だろう。
「バイト先に知り合いとかいないのか? 頼れる人とか」
「えとね、恥ずかしながらバイト辞めてきたんだ」
ポリポリと頭を掻きながらシャロは溜め息を混ぜてそんなことを吐いた。バイト先といえばティッシュ配りだろうか、それとも他になにかしていたのかそれは分からないけれど、とにかく辞めてきたらしい。
「店長のセクハラでね、ちょっと言い返したら口論に発展して、さすがに怒って飛び出してきちゃった」
そういう感じで出てきたのか。もしかしたら鍵もそこに忘れてきたんじゃないのか? シャロ自身もその可能性にはうっすらと行き着いていたのか憂鬱そうな顔をする。まあ、飛び出してきたのなら、取りにはいけないよな。
「……何とかならないのか? お前の、その……力で」
いろいろあって頭の片隅に送っていた問題を、ふと思い出す。シャーロット・クロースの魔法使いの話。信じ切ったわけではないが、受け入れるくらいには気持ちに整理もついていた。
俺の言っている言葉の意味を理解したシャロは、自分の手のひらを見つめる。グーパーと開いて閉じてを数回繰り返して、小さく唸る。
「ダメなんだ。わたしの魔法は、願いの魔法。強く願う力がないと、発動することは出来ないから。そしてそれは、自分には使えない。魔法っていうのは万能ではないんだよ」
「そうなのか……」
あの時は、風船を取りたいという、子供の強い力が発動源となったらしい。そう容易くいつでも使えるわけではないらあしい魔法に頼ることも出来ずに、シャロはいよいよ追い詰められてがっくりと肩を落とす。
「どこかのホテルに泊まるにしても、お金ないんだよなあ。給料日前だから」
ポケットから取り出した小銭入れのがま口を開いて、逆さにして振る。中からは小さな紙くずが落ちてくるだけで、一円さえも出てこない。さすがになさすぎだろ……。
「仕方ないから、今日は野宿でもするよ。明日になれば大家さんが帰ってくることだし、だから心配しないで」
無理に笑って、シャロは強がる素振りを見せる。この寒さの中、じっと鍵を探していたのだ。体は冷えているだろう、夜はさらに寒さが増す。死にはしないだろうけど体調は崩しかねない。
「さすがに知ってる奴に野宿なんてさせられねえよ。一晩くらいなら、俺んち来るか?」
聖だって事情を説明すれば理解してくれるだろう。あいつは出来る妹だからな、いろんなことを話さずとも察してくれるに違いない。俺のそんな提案を聞いて、シャロは呆気に取られたような顔をしていた。
「なんだ?」
「いや誘い方下手くそだなと思って。わたしそんな軽々しく男の人と一晩を共にしたりしないので」
「どういう思考回路してんだお前の頭は。いやじゃあいいよもうこの寒い中凍えてろ」
俺はそそくさと自転車のスタンドを蹴り上げて、この場を離れようとする。そんな俺にしがみついて阻止してくるシャロは、半分涙目だった。
「わーわー、ごめんなさい嘘ですちょっと言ってみたかっただけです! ……でもさすがに悪くない? ご家族の方にも迷惑かかるだろうし」
この言葉は本当に思っているのだろう。あまり迷惑とかをかけたがらない性格であるのはいいことだが、だからといって自分を蔑ろにしていいわけではない。
「家族っていっても、うちには今妹しかいないから大丈夫だと思うぞ?」
「ほんとに? ほんとのほんとにだいじょうぶ?」
「まあ、たぶん……」
念入りに確認してくるシャロに、自信なさげな返事を返すと、シャロは「たぶんて」と肩を落とすのだった。まあ自分の宿がかかっているのでいろいろと心配になるのも分かるけど。問題ないだろ、きっと。
「じゃあさっさと帰るぞ、もう寒い」
「なんだよう、わたしはこの寒さの中で鍵探してたんだよ? 最近の子供ってば根性とかそういうのないんじゃ――ああうそうそ! ごめんなさい置いてかないで!」
泣きっ面のシャロを後ろに乗せて、俺は自転車のペダルを回す。この前も思ったけど、二人乗りってあんまりしないからいざすると運転しづらいんだよな。力もいるし、体力も二倍減ってしまう。
「この前も言ったけど、わたしこの乗り物慣れてないから! 安全運転を心がけて進んでよ? 仕方がないから体を密着させるけれど、意識はあくまで前に集中させること!」
ふにっと、背中に柔らかい感触が当たる。ぱっと見た感じ、そこまであるようには見えないのだけど、こうして当たるとしっかりと女の子の体であることを実感してしまう。なんてことを考えていると、一瞬ハンドルがふらつく。
「だから言ってるのにッ!」
これは男子として仕方のないことなんだよ、許してくれ。逆らうことの出来ない男の本能の恐ろしさ、女性には分かるまい。
だけど、まあ、ここは一つ。
「ありがとう」
「なんでお礼言われたのっ!?」
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