第2章 ⑤『サンタ・クロースの伝説』


 日本ではない、離れたどこかの国。そこは年中寒く、雪の降る街と言われていた。


 暖かくもないので、食料を育てるのも一苦労で、貧しい家も多かった。お腹いっぱいにご飯を食べれる日はどれくらいあるだろうか、そんな程に。


 日本で言うところのクリスマスイブの日、つまり一二月の二四日。その日は街でお祭りが開かれることとなっていた。毎年のことだった。


 いつもは我慢している子供達も、この日はお腹いっぱい料理を食べられる。大人たちもこの日だけは、皆に笑顔でいてほしい。そんな気持ちで働いた。


 少し離れた街へ行けば、お金で食べ物も買える。子供の笑顔を守るために、皆は必死に働いて、そしてその日を迎える。


 その日は、猛吹雪だった。


 雪が降ることは珍しくもないこの街で、だけど吹雪くほどの雪風が起こるのは珍しいことだった。これでは車は出せない。車がなければ街へ行くことも出来ない。


 町へ行けなければ、料理を作る材料を手に入れることが出来ない。


 その日、祭りが開かれることはなかった。


 家の中の空気は重く、暗く。寒く、ひもじく。当然、大人たちが見たかった子供達の笑顔はそこにはなかった。


 だけど、どうすることも出来ない。大人たちは自分達の無力さを、そして運命そのものを呪った。泣き叫んでも、奇跡など起きるはずもないというのに、それでも祈ることしか出来なかったのだ。


 すると、奇跡が起きた。


 いや、奇跡を起こしたのだ。


 街の子供達に笑顔が戻ったのは、その翌日のことだった。食卓には豪華な料理が、飾られているもみの木――クリスマスツリーの元にはおもちゃやぬいぐるみが置かれている。


 いったい誰が……?


 大人たちは探した。だけど、見つからなかった。料理やプレゼントが勝手に現れるはずはない。誰かが置いていったのは間違いない。でも昨日は吹雪で街には行けずにどうすることも出来なかった。そんな中で、一体誰が?


 分からないまま、年月だけが過ぎていった。


 そして翌年の同じ、クリスマスの日。その日は、またしても吹雪だった。昨年同様に祭りは開けずに、だけど先に購入していた材料で料理だけは振る舞った。子供達も笑顔だった。


 その日の夜、奇跡は再び起きた。


 子供達の元には、またしてもプレゼントが置かれている。昨年と同じように、誰かがそうしたのだ。でも、皆寝静まりその正体を見れたものはいなかった。


 しかし、ただ一人を除いて。


 一人の大人は見ていた。赤い服を着た、白い髭を生やしたおじさんが手のひらを光らせて、そこに現れたプレゼントを置いていく姿を。


 それはまさしく奇跡。


 魔法と呼ぶに相応しい、奇跡の力であった。


 彼の名前は、サンタ・クロース。


 街の奥に住む一人暮らしの老人だった。


 サンタ・クロースは魔法使いだと言った。最初は信じなかった大人たちだったが、起こった奇跡は、魔法の力とでも言わないと証明できないようなもの。


 一夜にして、子供達に幸せを届けた魔法使いのサンタ・クロース。皆を笑顔にする奇跡の魔法を、夢を叶える、希望を与える、そんな優しい力を持った魔法使いが、かつていた。


 言い伝えられた物語は、そんなハッピーエンドで締めくくられていた。


 全ての物語が、みんな幸せみんなが笑顔のハッピーエンドで終わっているならば、それはどれだけ素晴らしいことだろうか。


 その物語には、続きがある。あまり知られていない、無常で残酷な真実が。


 サンタ・クロースは英雄として、崇められるまではいかないもののそれでも皆から感謝されて、まさしく救世主として、愛されていた。


 先に家族に絶たれて一人寂しく過ごしていたサンタ・クロースだったが、それ以来笑顔に囲まれて過ごすようになっていた。子供達を眺めながら、それは幸せな日々だったそうだ。もう諦めていた、憧れていた温かい日々に、サンタ・クロースも自然と口元を綻ばせていた。


 事件は突然起こった。


 それは何の前触れもなく、襲い掛かってきたのだ。


 街の子供が一人、また一人と高熱で倒れていく。それだけではない、別の子供は木から落下し、また別の子供は転倒し骨を折る。大怪我を負う者、体調を崩す者、問題が生じて笑顔を失った者。次から次へと、子供達に災難が降り掛かった。


 問題なのは、その子供達がサンタ・クロースにずいぶん懐いていたということ。


 この世界に、都合のいい魔法など存在しなかったのだ。


 誰かのために初めて使った自分の力、それは奇跡を起こす力ではあったかもしれないが、決して人々を幸せにする力ではなかったのだ。


 サンタ・クロースは、そのことを理解した。


 大人たちはサンタ・クロースを疑い始めた。彼に懐き、彼の周りに集まっていた子供達が次々に不幸な目にあっていく。彼が関わっていないはずがない。


 英雄と言われ親しまれたサンタ・クロースは、いつしか悪者にされていた。


 言い出せなかった。


 自分の力で、子供達を不幸にしてしまっていたなんて。


 サンタ・クロースはまた一人になっていた。街から離れたところにある広いお屋敷、その中で一人佇む。


 誰とも関わらなければ、誰かを不幸にしてしまうこともない。


 サンタ・クロースを尋ねる、一人の少女がいた。


 成長し、家を出ていった娘だった。サンタ・クロースの血を継ぐ、唯一の存在だった。


 彼は全てを話した。


 自分が持つ力が、幸せを呼ぶものではないことを。


 娘が持つその魔法の力もまた、同様に不幸を呼ぶものなのだと。


 残酷な運命に導かれしサンタ・クロースは、その翌年にこの世を去った。


 ハッピーエンドで締めくくられるはずだったサンタ・クロースの物語は、こうして幕を閉じたのだった。

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