第2章 ③『お似合いカップル?』


「ギリギリセーフ、ですよね?」


 昇降口で少し駄弁っていたせいで、結局ギリギリになってしまった俺達は走って教室まで向かうハメになってしまった。ドアを開くと既に担任の佐藤は教卓にいて、朝のホームルームが始まっていそうな雰囲気であった。


 桐島は、恐る恐る佐藤に尋ねる。


「またお前らか」


 メガネをキラリと光らせて、佐藤は呆れて肩をすくめる。教師が生徒にしていい仕草ではないように思えるのだが、対象が桐島なので俺はノーダメージだ。


「あたしは、またって言われるほど常習犯じゃないですけど?」


「はあ? 俺のが珍しいっつーの。桐島の方が遅刻回数多いぞ。俺には聖という最終兵器があるから遅刻は免れてるんだ」


「このシスコン」


「なんだと!?」


 違う違うと顔の前で手を振って否定の姿勢を見せる桐島だったが、しかし心当たりはあるようで強くは言ってこない。事実俺は遅刻回数は少ない。ギリギリの登校だからそういうイメージはあるけど、遅刻にまでは至っていないのだ。


「なんだ佐倉、お前最近喋るようになったな。高校デビューか?」


「そんなんじゃないっす」


 教師が生徒に言うセリフではないだろう、と思いながら遅刻でもないようなので怒られる前に自分の席へと向かう。ちなみに夏前にあった席替えで桐島と隣になった俺だったが、今は幾度かの席替えを経て、別の場所となった。俺は相変わらず後ろの席をキープ出来ている。窓から離れて二番目の列の後ろから二つ目の席。教卓にいる先生の目からは隠れれるので悪くはない。


「相変わらず仲いいなお前らは」


 俺の前の席に座る男子生徒が、姿勢を変えて後ろの俺の方を向く。そいつはにやにやと鬱陶しげな笑みを浮かべて、声を潜めて話しかけてくる。


 白木屋辰巳。短髪の髪と着痩せした筋肉質な体が特徴的なバスケ部所属のクラスメイト。夏終わりにあった文化祭頃から少しずつ喋るようになって、今ではこの学校の中で一番気軽に話せる相手にまで発展した。


「別に、たまたまそこで居合わせただけだ」


「またまたぁ、そんなこと言っちゃって佐倉君ってばおちゃめさん!」


「うるさくしてると先生怒るぞ。あの人は生徒にペナルティを与えることを楽しみにして教師やってるところあるからな」


「佐倉、何か言ったか?」


 地獄耳……。俺は全力で首を横に振り無罪を主張する。するとそこまで突っ込んでこなかった佐藤は再び話を再開する。先生の話は最後まで大人しく聞くとしよう。今回は大丈夫だったが何やらされるか分かったもんじゃない。


 朝のホームルームを終えると、佐藤は教室を出て行く。それを合図として再び教室内にはざわめきが取り戻されるのだ。各々仲のいい友達のところへ移動したりトイレにいったり次の授業の用意をしたり。


「怒られてやんの、ぷぷぷ」


 バカにするような、というか完全にバカにしている様子で、桐島が俺の机の前にやって来た。ちなみに、桐島は前の方の席に移動してしまい、授業中は教師の格好の的とされている。比較的授業は真面目に聞いているのに成績あんまり良くないからな、こいつ。端的にいうとバカなんだ。


「な、なににやにやしてんのよ気持ち悪い……」


「別にしてねえよ」


 おっと表情に出てしまっていたらしい。人間上を見て成長するというが、時には下を見て安心することも大事だと俺は思うのです。そんな俺の反応が気に食わなかったのか、桐島は納得のいっていないように唇を尖らせた。


「お前ら、ほんとに仲いいな。カップル通り越して夫婦か」


「夫婦じゃねえよ!」「夫婦じゃないわよ!」


 白木屋がからかうように言ってきて、咄嗟に否定してしまったがまさか桐島とハモってしまうとは。なんか恥ずかしいし、それを見て楽しそうに笑う辰巳がさらに鬱陶しく感じるし。


「息ぴったりじゃないか。もう付き合っちまえよお前ら」


 からかうようにではあるが、しかし少々真面目なトーンで辰巳はそんなことを言う。しかし、俺達はと言うと、そんなことを言われてもどうすることも出来ずに、しかしお互いにこういう時の対処法を理解しておらずオロオロとしてしまう。


「そ、そんな理由で付き合えるかアホ」


「そうよ、思考回路がぶっ壊れてんじゃないのアホ白木屋アホ」


「そんなアホアホ言うなよ……テスト前にいつも助けてやってんのはどこの誰だ?」


 こいつ、アホなくせして成績はそこそこ優秀なんだよな。完璧かと言われればそうでもないし苦手教科もしっかりあるが、それでも教師に褒められる程度には勉強が出来る。少なくともいつも赤点ギリギリのところを争っている俺や桐島とは違った。部活もやって勉強もして、発言のアホさとは裏腹にしっかりとやることやってるんだよなあ。


「そういや幸介」


 気を取り直してと言わんばかりに辰巳は話題を変えた。基本的にくだらない話しかしない辰巳であるが、いったい何を思い出したと言うのか。


「昨日商店街のところでお前を見かけたんだけど。あのサンタコスのお姉さんはいったい何者? 超美人じゃなかった? 遠目でも分かっちまったけど外国の人っぽかったな」


 昨日のあれ、というと野良犬に襲われていたのを助けたときか? いや違うな、あれは一昨日だ。迷子の子供を親の元まで連れていき、そしてその後……シャーロット・クロースの魔法を目の当たりにした時のことだろう。その瞬間は周りに人はいなかったので見られてはいないだろうけど、商店街を一緒に歩いてるとこでも見られたか?


「まあ、ちょっと知り合っただけの人だけど」


「誰それ」


 俺の言葉をまるで遮るように、ちょっと低めのドスの利いた声で桐島が割り込んできた。目が笑っていないので結構怖い。女子ってばなんでこんなに怖い顔ができるの? さっきまではニコニコ笑顔だったのに!


「説明できるほどの関係じゃねえよ。たまたま商店街で会って、ちょと話しただけだ」


 嘘はついていない。いろいろあったはあったけど、説明すると長くなるし面倒くさいのでこの程度でいいだろう。別に関係ある話でもないんだし。しかし、桐島はまだ納得していない様子で、むむむと唸りを見せている。


「なんで外国人と……」


 スルーしよう。あまり触れると多分こっちがやけどするパターンだこれ。そんな桐島は置いておき、辰巳の方に向き直る。


「その時間って、お前部活はなかったのか?」


「昨日は用事があって早上がりだったんだ。じゃあ商店街で見かけてな、急いでたから声もかけずに行っちまったんだけど、やっぱり気になったんだ。あのお姉さんのことが頭から離れなくてさー」


 その姿を思い出してか、興奮が漏れ出す辰巳に呆れた溜め息を見せる。見た目は確かに日本人離れしていて可愛らしいのは確かだもんな。中身の残念さがほどよく現実味を味あわせてくれるけど。


 運動もできて勉強もできる。そこそこ良いやつなのに彼女がいないのは、やっぱり性格というか、言動とかが問題なんだろうか。彼女欲しい彼女欲しいとは年中言っているけれど、まだ吉報を聞いたことはない。


「商店街によく出没してるらしいから、通ったらいるかもしれんぞ」


「そんなことまで話し合う仲とは……桐島にライバル出現か!」


「ちょっと待って、それどういう関係なの?」


 いつもならライバルってなによ別にそんなんじゃないし! とか言ってツッコむところなのに、今日はえらく調子が悪そうだ。ツッコミにキレがない。辰巳も言っていてちょっと心配しているように……見えないな。こいつやっぱり面白がってる。


「なあ」


 ふと、気づく。


 俺達以外の生徒が全員いなくなっていることに。ちょっと前から何だか静かになったなとは思っていたけど、いつの間にか生徒全員が消えているのは一体どういうことだ? まさかここからミステリー編に突入でもするのか?


「……気づいたか、幸介。俺も今さっき気づいた。そして確認したところ」


 まあ、そんなわけもなく、ただ単に、学生らしい理由でしかなく、それは俺達にとって死刑宣告にも似た無情な展開とも言えた。辰巳は机の中のファイルから時間割表を取り出して俺に見せる。


「次の授業は化学。移動教室だ」

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