第1章 ④『幸介とシャロ』


 商店街から少し離れた場所にある広場に大きな木がある。どこかの誰かが飾り付けをしてクリスマスにはキレイな光を放つクリスマスツリーとなる。もみの木なのかは分からないが眺める人々はそんなことまで考えてはいない。結局、綺麗でロマンティックなら満足するのだろう。


 かくいう俺も、今まで気になったことはなかったし。


 広場にはベンチがあり、俺達はそこに二人で腰掛けることにした。正直、座ってまで話すこともないのだろうけれど、かといって移動しながら話すとしても目的地がないため、放浪することになる。ならば、座った方がいいだろう。寒いけど。


「どこかおしゃれなカフェにさりげなく誘導するとか、そういうところ、女の子的にポイント高いんだけどなー?」


 なにやら不満げな声を漏らすサンタクロースに、俺は大きな溜め息を見せてやる。


「野良犬に囲まれているピンチを救ってやった上に、さらにお前をカフェに連れていかなければならない理由が見当たらない」


 助けてやっただけでもありがたいと思ってほしいものだが、それでもまだサンタクロースはぶつぶつと文句を垂らしている。初対面とはずいぶんと印象が違うものだ。あの時は、何というか小さいものの可愛らしく大人しい人だなとか思っていたけど、今目の前にいるのは同一人物とは思えない印象を与えてくる。


「なんだか、ファーストコンタクトのときに比べて冷たいような気がするなあ。同じ人だとは思えないよ」


「同じようなこと考えてんじゃねえよ……」


 ちょっと恥ずかしいじゃねえか。


 肩を落としてツッコミを入れてから、しかし確かにここで座って話をするには少し寒いし、さすがに相手は女の子なのでサービスの欠片もないのは紳士としてよろしくはない。なので俺は一度立ち上がり、


「ちょっと待ってろ」


 そう言ってその場を離れる。タタっと軽快なステップで広場の外側に自販機を見かけたのでそこまで向かう。おしゃれなカフェは連れて行かんが、まあ飲み物くらいなら奢ってやるか。


 あのサンタクロースは何を飲むのだろうか。さすがにこの寒さで冷たいものを欲しがりはしないだろうから、とりあえずホッとを買っていくことにするけど、見た目からしてブラックコーヒーとかは飲めなさそうなんだよなー。子供っぽいところがあるから甘いものが好きそうなんだけど、日本人離れした容姿から見て外国人と想定すると紅茶とかの方が喜ぶのかもしれない。


「冬だから、いろいろ置いてるな」


 ブラックコーヒーやカフェオレはもちろんのこと、紅茶やらホットミルク、さらにはコーンスープやおしるこまで置いている始末。レパートリーが多すぎて選べやしませんですよこれは。


 悩んでも仕方ないので、紅茶とカフェオレを買っていく。俺は気分的にはブラックコーヒーでも良かったんだけど、今回はあいつへの接待だと考えよう。ガコンガコンと音を立てて落ちてきた缶を手に取り、あちあちとお手玉しながらさっきの場所まで戻る。


 元いた場所まで戻ると、サンタクロースは寒そうに肌を擦りながら、時折はあっと手のひらに息を吹きかける。そして空を見上げてなんだか悲しそうな顔をしたかと思えば、くすくすとおかしそうに笑う。一人で忙しいサンタクロースに、俺は自分の存在を教えるようにわざと大きな音を立てながら近寄った。


「待たせたな」


 俺の存在に気づいたサンタクロースはむすっとして、頬を膨らませた。しかし、その表情から怒りなどは伺えない。まあ、単純におふざけ的なノリだろう。そうだよね?


「レディを待たせるなんて、しかもこんな寒空の下でだよ? これはあれだよ、わたしの国では高級ディナーへのご招待は堅いよ?」


「悪かったよ。つっても数分だろ、カップ麺も完成しないぜ?」


 三分も経っていないだろ、という意味の冗談だったのだが、サンタクロースにはそれが通じなかったようで、クエスチョンマークを浮かべてこてんと首をかしげる。サンタの国にはカップ麺ってないのかな。


「どっちがいい?」


 両手にある紅茶とカフェオレを見せて尋ねると、サンタクロースはにへっと表情を崩して俺の方を見る。


「なにさ、そういう気遣えるんだねぇ。それならそうと早く言えばよかったのにー」


 言いながら、缶のパッケージを交互に確認する。そして悩むこと数秒、紅茶の缶を指差した。どっちかっていうとカフェオレが良かったので、こちらとしてもありがたい選択であった。


「ありがとね」


「まあ、これくらいはな」


 そろそろ。


 まず一つ聞いておきたいことがあった。どうして野良犬に囲まれていたのかとか、日本人じゃないよねとか、年齢いくつなのとか、そういうのよりもまず確認しておきたいこと。やっぱり、いつまでもサンタクロースと呼ぶのはどうだろう。ただのコスプレ少女だというのに。


「とりあえず、名前聞いとかないとな」


「人に名前をきくときはまず自分からだって習わなかったの? って言いたいところだけど、いろいろと助けてもらった恩もあるし、ここはおとなしく自己紹介しときましょうか。わたしの名前はシャーロット・クロース。みんなはシャロって呼んでくれるから、きみもそう呼んでくれてかまわないよ?」


 予想通り、外国人であった。さすがに名前だけでどこの国の人なのかまで把握できるほど俺は外国に詳しくはない。日本人じゃないんだな程度の認識だし、話をするにはそれだけで十分である。


「日本人離れした容姿だとは思っていたけど、やっぱり外国人なのか」


「なにそれきれいってこと? 遠回しじゃなくて素直に褒めてくれればいいのに」


「そういう意味で言ったんじゃないんだけどな」


 体をくねくねさせながら照れるシャロに、呆れてものを言う俺であったが、しかし事実きれいだと思ったことは内緒にしておこう。何となくだけど、知られたくはない。


「にしては、ずいぶん流暢な日本語だな。外国の人とは思えないぞ」


 ペラペラと話すシャロは日本人と遜色ないくらいに日本語が上手だ。初対面の時も思ったが、見た目の感じとは裏腹に流暢に喋るものだから外国人であることを軽く疑ってしまう。


 俺がそう言うと、シャロは分かりやすくドヤ顔を見せて胸を張る。はっきり言って、張っても大した胸はないんだけど。


「まあ、練習したからね。努力の成果ってやつだよ。知ってるよ、日本人の三本柱、友情努力勝利、だよね?」


 ちょっと違うけど。知識の偏りが少し心配になるけれど、いちいちツッコんでいても話が進まないのでスルーすることとしよう。


 プルタブを引きふたを開けた紅茶をちまちまと飲みながら、そんなことを言うシャロであった。俺も一気には飲まずにカフェオレを飲んでいるけど、寒さのせいかあれだけ熱かった缶が既にぬるい。恐るべし冬。


「それでようやく本題に入るけど、なんで野良犬に囲まれてたんだ?」


 ここまで来るのにずいぶんと遠回りをしてしまった気もするけれど、必要だった項目なので仕方あるまい。俺が本題を提示すると、シャロはうーんと、えらく言いづらそうな表情を見せた。


「そんなに深い意味はないんだけどね。わたしって犬が苦手なんだけど、特に大きなわんちゃん。最初は狙われたりしてなかったんだけど、わたしが怯えてるのを察してか、追いかけてきたの」


 なにそのお化け屋敷のおばけみたいな考え。犬もするの? 自分のこと怖がってる人に対して集中攻撃とかしてくるもんなの? 俺が疑いの眼差しを向けていると、それに気づいたシャロがムッと頬を膨らませる。


「信じてないでしょ? 別にいいんだよ信じなくても! それが真実ってやつだし、それ以上の話なんてないんだから。そういうヤンキーみたいな考え持ってるから、わんちゃんって嫌いなのよ」


 その犬がたまたま持っていただけのようにも思えるけれど、事実苦手なんだろうし昔何かあったのは確かなんだろう。そこまで気にはなっていないし、聞こうとも思わないけど。俺は野良犬に囲まれたことはないから、どうにも信じ難いけど。


「それならそれでいいんだよ。変に事件性とかなくてよかったよ」


「じけんせいって?」


「何だろうな、危ないことに巻き込まれてなくてよかったってことだよ。あんまり考えて話してないんだ、ニュアンスで察してくれ」


 そう言うと、シャロは難しい顔をして、ニュアンス? なんて呟きながら俯くのだった。


「心配してくれたんだね、ありがと」


 考えても答えが出ない問題には時間を使わないタイプなのか、気を取り直して困惑顔から笑顔にシフトチェンジしたシャロは、俺の方をじっと見つめてくる。


 まっすぐ見つめられてお礼を言われて、何だか気恥ずかしくなった俺はそっぽを向いて頬を掻く。分かりやすい照れ隠しだった。シャロには気づかれないでほしいところだ。


「別に、そんなんじゃないけど」


「お、なんだ少年照れちゃってー。かわいいとこあんじゃん!」


 うりうり、と肘で俺の脇腹辺りをつついて来ながら、シャロは目を細めてからかいモードに変貌する。この辺は何となく、初対面の時のイメージに似ている。あれか、からかわれていたからか……。


「うるせえやめろ! 言葉はいらん行動で示せ!」


 別に求めてはいないが、あまりにもからかいがしつこく、また恥ずかしいというか照れるというか、とにかくこの状況を打破したかった俺はそんなことを口にした。


 まさか、この後に「仕方ないね、感謝してるのは確かだし、きみがそういうんなら……」とか言いながら服をはらりとはだけさして白い肩を露出させて程よく興奮した俺にさらに追い打ちをかけるように「ほら、きみが望んだんだよ?」なんて言いながらじりじりと俺との距離を詰めてきて、挙句あと少しでキスでも出来てしまうほどの距離まで近づいて「ほら、きて(甘えるように、しかしあくまでも色っぽさを忘れない表情と声)」なんて言われてワンナイトパーリーが始まったり……。


「……きみは何を想像してるのかな?」


 ハッと我に返ると、バカにしたような半眼のシャロが目の前にいた。それこそ、あ

と少しで触れ合えるような距離感でのことだ。覗き込むように俺の顔を眺めていた。危ない危ない、もうちょっとで変な扉が開くところだった。


「いや、何でもない……」


「人間は嘘をつくとき、斜め上を見るらしいね?」


「へえ、で?」


「それに、また鼻の下が伸びてたけど」


「気のせいだ」


 言って、俺は鼻の下を押さえて隠す。俺ってやつはどうしてこう分かりやすいのだろうか、昔はそうでもなかったというのに。ペテン師とか呼ばれててもおかしくないくらい嘘つきだったのに。鼻は伸びないけど。


「まあ別にいいんだけどね。感謝してるのはほんとだし、わたしの国では貰った恩は忘れない。日本と一緒だよ、ギリとニンジョーってやつ」


 微妙に違うようなそうでもないような。あまり自信もないので口は挟まないことにしよう。


「こうしよう」


 人差し指を立てて、シャロは何かを思いついたように口を開いた。いい案なのだろうか、るんるん気分で鼻歌でも歌い始めそうなほどに上機嫌である。


「きみのお願い事、なんでも一つきいてあげる」


「なんでも? 今お前、なんでもって言ったか?」


 何でも言うことは、そりゃあもちろん何でもなんだろうな? 少年誌では出来ないようなことも一八歳未満には過激すぎて見せられないようなことも、それはもうとにかく何でもありという認識でいいんだろうね?


「うん、なんでも。きみが望むのであれば、そういうことでもいいんだよ?」


 なにこれ誘われてるの? すぐ傍にはライトアップされた大きな木、人も通らない夜のベンチ、そこそこいい時間でテンションも上がってきている。女子も時間帯によっては獣と化すのだろうか? なにぶん、こういう経験が皆無故に判断しかねるが、聖、お兄ちゃん大人になってお前のもとに帰っちゃってもいいですかねいいですよね!


 ん? 聖?


「あ」


 思い出した。俺、買い物の途中やん。


「どうしたの?」


「すっかり忘れていたけど、俺妹に買い物頼まれてた帰りなんだった。こんなところでゆっくりしてる場合じゃないんだ。大人の階段上るチャンスだけど、妹待たせるわけにもいかないからな。残念だけど気持ちだけもらっとく」


 といっても、それでもずいぶんと待ちぼうけをくらわせてしまったのだけど。今頃家でどうしているだろうか……怒っているなんてことはさすがにないと思いたいけれど、家を出発してから結構経ったしな。寄り道した感満載だからなー。一応、謝ろう。あと言い訳考えとこう。


「そっか、それはざんねん」


 すんと鼻を鳴らして、肩をすくめるシャロ。まさか本当に一八禁な展開を期待していたわけでもないけど、お願いを叶えてくれる気持ちはあったようだった。


「じゃあ何か考えててね。できれば、そうだなー……クリスマスまでには言ってほしいかな」


「え、まだチャンスあんの?」


 ずいぶんと太っ腹じゃないか。俺がそう言うと、シャロはふふんといった調子で片目を瞑って可愛らしくウインクを決めた。


「言ったでしょ。受けた恩は忘れないって」


 言って、シャロは一歩二歩と歩いて前に出る。そして、くるりと回って俺の方を向き直った。月明かりとイルミネーションに照らされたシャロは、まるで幻想の中にいるように綺麗で、思わず心臓がはねてしまう。


「かえろっか。妹ちゃん待ってるよきっと」


 それは絵になる一枚だった。銀髪で、赤い服着た彼女は、この景色が嫌というほど似合っていた。連想されるのはサンタクロース。もしかしたら、彼女はほんとうにサンタクロースで、俺に幸せでも運んできてくれたのかもしれない。


「そうだな」


 俺も立ち上がって、自転車を動かす。シャロの横に並ぶと、彼女も同じタイミングで一歩前へと踏み出して歩き始める。


「ちなみに、何かお願い事の候補とかあるの?」


 からかうように言ってくるシャロに、俺は唸る。本気でそういうことをお願いしようとは思っていないし、それはシャロも分かっているんだと思う。だからこそ、彼女はその質問を俺にしてきたのだ。


「急に言われても、ぱっと出てこないもんだな」


 今までも特に考えてはこなかった。母親はともかく父は聖のことが大好きでとにかく聖優先だった。何か買うのも、どこかに行くのもとにかく聖の意見が反映された。別にそれに対して不満はなかったし、兄妹というのがそういうものなのか程度にしか考えていなかった。


 だからこそ、自分の意見を主張する機会はあまりなく、そういうことを考えることもいつしかなくなっていた。


「そっか、まあそだよね。じゃあしっかり考えておいてね。ほんとうになんでも叶えてみせるから」


「……何なんだよその自信。空を自由に飛びたいなって言ってもいいのかよ?」


 何えもんだっつの。


 俺が冗談でそう言うと、しかし当のシャロは本気と捉えたのか先程までのふざけた様子は一切見せずに、ただこちらを見てもおらず、まっすぐ前を向いたままシャロは口を開く。


「いいよ」


 短く。


 だけどそこには確かに彼女の意思があった。


「わたしは、魔法使いだから」


「……え?」


 今、なんて?


 さすがに聞き間違いか勘違いか、そう思って聞き返そうとしたが、シャロはいつの間にか俺の数歩先まで進んでいた。そして、こちらを振り返り、最後に美しい笑顔を俺に向けてきた。


「ちゃんと考えててね、約束だよー!」


 そこまで大きな声を出さなくても届くというのに、安っぽいB級青春映画のワンシーンのように俺に言ったシャロは、そのまま返事も聞かずに走って行ってしまった。


 そもそも、連絡先も知らないのでまた会えるかも分からないというのに。だけど不思議とまた会えるような気はする。運命というものを信じているわけではないが、しかしそういうものを感じずにはいられない。


 そんな一時であった。


「願い事、ね……」


 呟きながら、俺は自転車に跨がり、そしてペダルを回す。温かい飲み物を飲んで暖まったのも束の間、体はもう芯まで冷えている。寒さを増した夜道、白い息を吐きながら俺は自宅への道を進むのだった。


 ただ一つ、シャーロット・クロースの最後の一言だけが忘れられずにいた。


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