第1章 シャーロット・クロース

第1章 ①『サンタクロースはアルバイトをしている』





 サンタクロースといえば架空の人物。

 一年の中でたった一回だけ仕事をして生計を立てている不思議な白ひげのおじさんという印象を今になっても拭いきれないのは、幼少期からそんなことを親から教え込まれた以外に原因は思いつかない。


 そもそも、そのサンタクロースという人物が存在していないという事実をいつ知るかという話にもなるが、実のところ俺は小学校の高学年になるまではしっかりとその存在を信じていたのだ。だけど、周りの反応や話からして、実在はしないのだと思い知らされる。当時の俺からすれば、残酷な話であった。


 だけど、言われてみればたしかにおかしな話なのだ。そんな人物が果たして、本当に存在するのか。議論を始めれば様々な意見が飛び交い話は尽きないだろうが、今となっては笑い話にもならない、話題にもならない話だ。


 高校生にもなれば、さすがにサンタクロース云々なんて話はしなくなる。


 だって、周りは彼氏彼女が出来ただのイルミネーションを見るだのクリスマスケーキを食べるだの、そんな話ばかりだからである。


 クリスマスイヴの夜、家の中に不法侵入をかまして、なぜか欲しいものを把握していて、そして枕元にプレゼントを置いて音もなく帰っていくおじさんの話など、誰もしない。


 それはきっと、その存在が架空のものであることを、夢の中だけの人物であることを理解しているからだ。俺だってそう思っていた。


 だけど、改めて考えて欲しい。


 本当に、サンタクロースは存在しないのか?


「……」


 いたよ、サンタクロース。


 季節は冬、空気は冷たく、吹く風は肌に痛みすら与えてゆく。暖房のきいた家の中で布団にくるまっていたいという欲を持ちながら、それでも俺が外に出るのは、それが学生の宿命であるからだ。


 もうまもなく冬休み、そんなわけでどこか浮足立っている教室の中で、これまたどこか集中力が散漫している生徒が、それを察してやる気云々を職員室に置いてきた先生から授業を受けて、いつの間にか放課後。


 部活のない俺は、特にすることもないのでそそくさと帰宅する。


 学校までは自転車で二〇分程度。家を出て商店街を抜け、一生懸命漕ぐと到着する。逆に帰りは商店街を通ることになるのだが、朝と違ってこの時間帯の商店街は混むので自転車は押して進まなければならない。中にはそれでもお構いなしに進む輩もいるのだが、そんな非常識な人間ではありたくない。


 そして、話は本題に戻るのだけれど。


 俺の目の前、ちょうどパチンコ店付近で小さなかごを腕にかけて道行く人にティッシュを配っている人がいる。あそこのパチンコ店のバイトの人だろうか、季節に合わせてサンタクロースのコスプレをしている。長い袖は確かに腕を守ってくれているが、しかしミニスカートはどうあっても足を守りきれていない。見ているだけで寒々しいのだが、女子ってのはどうしてあれを耐えれるのだろうか。


 サンタの服を着ていれば、それもうきっとサンタクロースである。


 サンタクロースが誰かに何かを与えるものだと言うのであれば、彼女は紛うことな

くサンタクロース。なぜなら、俺に夢を与えてくれているからだ。


 そんなことを考えていると、そのサンタクロースがこちらに気づいてしまう。やばい、下から上まで舐め回すように視姦していたことがバレてしまったか? いや、視姦というのは言葉違いだ、あくまで観察。そこにいやらしいとか性的とか、そんな形容詞は付属しないので視姦とは違う。


 だけど、大事なのって相手がどう思うかだもんね。性的な目で見てたとか思われたらそれはもう視姦。訴えられたら慰謝料払わされるまである。


 俺の視線に気づいたサンタクロースは、てててっと小走りでこちらに駆け寄ってくる。やばいあいつ駆け足で俺に死刑宣告しに来た。しかもめっちゃ笑顔!


「……な、なにか?」


 思わず挑発的な発言でお出迎えをしてしまう。視線は泳ぎ、明後日の方向に向いた顔はもう自分の罪を認めている裏付けにしかならないのだけれど、これが俺に出来る精一杯の抵抗だった。


 そんな俺の心情など露知らず、そのサンタクロースはにこにこ笑顔でついに俺の目の前までやって来てしまう。


 距離にしておおよそ五センチ。近い近い近い! 後ろめたさを感じていなくてもそのあまりの近さに後ずさってしまうレベル。だけど、今回は後ろに退いてしまったが最後、それさえも訴える証拠とされる恐れがあるので、今回は意地でもこの場を動かない。


 決意新たに足に力を入れて踏ん張る俺だったが、突如吹いた風に乗せられて俺の鼻孔をくすぐったサンタクロースのいいにおいに、思わず一歩下がってしまった。俺の決意弱い。


 間近で改めて見ると、それは何とも可愛らしい美少女であった。


 銀色の髪は背中辺りまで伸びていて、吹く風によってさらさらと揺れる。毛先にはウェーブがかけられており、どこか大人びた印象がある。雪のように白い肌はおもちのように柔らかそうで、さくら色の唇を際立たせている。真紅色の瞳は、まるでルビーでもそのまま入れたかのようにキラキラしていて美しい。頭の両側につけられた緑色のリボンが、さっきまでの大人っぽさとのギャップを感じさせる。何よりも、背丈が俺の胸上辺りまでしかなく、バイトをしているので高校生以上であることは確かだろうが、容姿の美しさとは裏腹に中学生くらいにしか見えないのが残念だ。せめて、もう少しだけでも胸があればな……。


「ねえ、何か失礼なことを考えてはいないかな?」


 あくまで満面の笑みは崩さずに、だけどその奥にある怒り的な感情を溢れ出してサンタクロースは俺の顔を見る。いや、見た目的にはそうかもしれないが迫力的には睨まれているといった方が正確だろう。


「いや、そんなことは断じてないです、けど?」


 後ろめたさを感じて、最後の方はもうごにょごにょと日本語ではない何かのような発音になってしまっていた。もちろん、視線は落とす。人の感情は表情に出るというので、ここは見られるわけにはいかない。


「そのリアクションが、もう肯定を示しているんだけどー」


 恨めしそうに、じとりとした半眼を向けられて、俺はいたたまれない気持ちにな

る。なので、一刻も速くこの場を去ろうという作戦にシフトする。


「あの、それで何か御用ですか? ここはあなたの管轄から少し離れているように思えるんですけど」


 パチンコ店から少し離れているこの場所は、さっきまでこのサンタクロースがティッシュを配っていた場所から遠い。だいたいはこの辺で配ってくれという指示でもあるものではないだろうか?


「ん? あ、まあね」


 なぜだか照れたように、にへらと表情を崩すサンタクロースであったが、次には俺をからかうような大人の笑みを見せるのだった。


「だって、きみがあまりにも情熱的な視線をわたしに向けているものだから、これは

もうサンタさんとして、サービスしに行くしかないと思ったわけですよ」


 違う! そんな視線送ってなどいない! と断言出来ないところ、自分自身その罪を認めているのだろう。しかし、そう思われたままというのも何となく気分が悪い。このままでは俺はただのエロガッパ高校生ではないか。


「いやいや、そんなことないですよ。あくまで、その、寒い中大変そうだなと思っただけでして。そんな、情熱的な視線だなんて……」


「わたしの国では、いやらしいことを考えている時鼻の下が伸びるんだけど、日本ではそうでもないのかな?」


 言われて、俺は思わず鼻の下を抑える。え、うそ、俺そんなにだらしない表情していたの? やだ恥ずかしい。


 しかし、それすらも罠。まるで俺の行動を読んでいたように、サンタクロースは面白そうに笑う。ニヤニヤと、悪戯が成功した子供のように。


「ほら、やっぱり考えてたんじゃん」


「……高校生にもなれば、煩悩が脳みそに住み着くものなんだ。これは男が避けては

通れない病気みたいなものなの」


 もうこうなれば、隠そうとすればするだけ惨めというか、格好悪くなっていくだけなので、俺は自分の罪を認めることとする。


「開き直るんだ……」


 呆れた様子で肩を落とすサンタクロースだったが、話している限りではどうにも俺を訴えに来た感じではなさそうだ。あくまで、情熱的な視線を送っていた一思春期男子に夢を与えに来ただけの、ただのサンタクロースだった。


「まあ、いいや。わたしもそろそろ仕事に戻らないとだし」


 言いながら、サンタクロースは腕にかけていた小さなカゴを漁る。特に違いもないだろうに、まるでひみつ道具を漁る猫型ロボットのように一つのティッシュを取り出す。


「はい、サンタさんからのプレゼントだよっ」


 にっこり笑顔でそれを俺に渡してきた。


 これはあれだ、営業スマイルだ間違いない。女子って怖えな。何の感情も抱かずともここまで可愛らしい笑顔を出せるんだから、世の男子が勘違いして告白して玉砕するのも頷ける。


「じゃあね、愉快な思春期ちゃん! また見かけたらお姉さんに声かけてねー」


 じゃあ、と手を振りながらサンタクロースは自分の管轄の場所まで戻っていく。お姉さんと呼ぶには、あまりにも幼すぎる容姿が遠ざかっていった。


 肌を刺す冷たい風が頬にダメージを与える。そんな中で、俺は渡されたティッシュを片手に、それをぼーっと眺める。


「サンタからのプレゼントがティッシュって、侘しいな」

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