最終話 エピローグ

 ギブアップ宣言が通用するかどうかは分からなかったが、シシ・ジュリーはじゅうぶんに楽しんだ、と過去の世界から二人を連れ戻してくれた。


 秋野の異能力は消えたが、五年前に使われた改竄までを戻す事はできなかった。

 あまりに昔の改竄を戻せば、これまで組み上がっていたなにもかもが狂ってしまうためである。

 なので、須和映絵が一人になった改竄はきれいさっぱりと解除され、平穏な日々を取り戻した。


 異能力による改竄が元に戻ってすぐ、須和と井丸は秋野の部屋へ訪れた。

 付き合う事になった、と報告をするためである。


「……早速、傷心中も考えず、性格が悪いわね、このチビ……ッ」

「分厚い脂肪だからまったく堪えていないと思いまして」


 二人で睨み合い、ふふふふふふふっ、と不気味な笑いを零す姿に、井丸が一言。


「お前ら、仲が良いな」



 本当に報告だけをした後、部屋から出た須和と井丸。

 薄っすらと聞こえる、秋野の抑えた声に、井丸は部屋に戻りそうになる。


「――映絵、なんで止めるんだよ」


「行かないであげて。今は一人にしてあげて。いま一連が行ったら、あの子は二度と一連を忘れられなくなる。今だけは――わたしの傍にいてほしい。恋人の、手を握っていてほしい」


 井丸一連ならば、こんな言葉をかけても構わず戻ってしまうだろう、と須和は思っていた。

 だが、隠す気のない大号泣に、井丸も足を止める。

 もしかしたら、秋野維吹はわざと、聞こえるように泣いているのかもしれない。


「明日。いつものように、あの子に接してあげてほしい。それが、一連ができる大切なこと」


 伸びた手をドアノブから離す。


「……ああ」

 と力のある声を放ち、扉から離れる。


「一連は、受け身が多いよね。積極的なのはいつもわたしや秋野なのに」

「? なんの事だ?」


「彩乃とだって、大体は彩乃の方からのアプローチなんでしょ?」


 話が見えていない井丸はぽかんとするだけだった。

 須和は井丸のネクタイを引っ張る。

 井丸と目線を合わせ、一瞬、唇同士を重ねた。


 井丸よりも少しだけ長く生きている須和は、多少は大人っぽくなったのかもしれない。

 キスの一つでは、まったく取り乱さないのだから。


 動揺したのは井丸の方だった。

 制服の袖で口を押さえたが、拭う事はしなかった。


 もったいない、と、井丸は思っているという事なのだろう。


「一歩前進、でしょ?」

「お前なあ……っ」


「じゃあ次は、一連からしてね。わたし――待ってるから」


 小さな背中で守られる者であった須和映絵は、いつの間にか大きく成長していた。


 自分を救ってくれた相手を救い、惚れさせるまでに。


「これからだね、わたしたちの青春」

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青春嘲笑劇 渡貫とゐち @josho

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