異世界転生スマブラー

ミズナナ

第1話 スマブラーの魂

 スマッシュブラザーズ、略してスマブラ。この対戦ゲームを愛する人々を俺はスマブラーと呼んでいる





「決まった!優勝はやはりTatsuo選手だ――!」

 勝負が決まると、耳を聾するような歓声が会場に響いた。竜夫は立ち上がり、ギャラリーの方を向くと、右手を突き上げて歓声に応える。

 竜夫がその場を去ろうとすると、不意にバキッというプラスチックが割れる音が聞こえ、振り返った。見れば、決勝の相手だった女プレイヤーのミントが敗戦の悔しさからか、ミントタブレットのケースを握りつぶしていた。ざらざらとこぼれ落ちるミントタブレットを左手で受け止めている。

「竜夫…次は負けないからな」

 ミントはそう言うと、左手にたまっていた数十粒のミントタブレットを一気に口に入れ噛み砕いた。こちらをにらみつけてくる彼女の銀色の瞳は、既にリベンジに燃えていた。

「ああ、俺も負けないよ」

 竜夫は、次の大会でさらに熱い勝負ができることを予感し、胸の昂りを感じた。


 しばらく会場を出口に向かって歩いていると、知った顔がいた。

「あ、Tatsuoさん!今日の決勝も熱かったっすね、1戦目とか俺見てるだけなのにすげー手汗出ちゃいましたもん」

「ああ、確かにいい試合だった。」

「そういえばこれ見ました?最近関西のオフ大会で結果出してるプレイヤーのツイッターなんすけど」

 出されたスマホの画面を見ると、数分前のツイートで「来週の東京の大会でます。早くTatsuoと戦いてー」とある。

「面白れぇ、このプレイヤーの噂は聞いてるよ、なんか俺もわくわくしてきたな」

「やった、スマブラ馬鹿のTatsuoさんならそう言ってくれると思ったんすよね!」

「はは、自分が出ない大会も見に来るお前も、十分スマブラ馬鹿だよ」


 話が終わると、今度は遠くから知らない人が声をかけてきた。

「Tatsuoさん!来月のアイテム有ルール大会は出るんですか?」

「あたりまえだろ、俺の夢はスマブラを楽しみ尽くすことだぜ、オンもオフもアイテム有でも、出れそうなのは全部でるよ」

「やったー」

 喜ぶ姿を見て、竜夫はニカッと笑って見せた。

 それから竜夫は出口につくまでに、多くのスマブラーに話しかけられた。そのたびに立ち止まって話をするから、なかなか会場から出られないのだが、誰よりもスマブラを愛している竜夫にとって、この時間も大切なひとときであった。

 竜夫はたっぷりと時間を使ってから、ようやく会場から出た。久しぶりに外の空気を吸い、体を伸ばす。

「───危ない!」

 突然、前で腕を組んで話をしていた男性が空を見上げて叫んだ。続けて女性の悲鳴が聞こえ、空を見上げた周りの人々は顔を真っ青にしている。一体何事かと竜夫が空を見上げた時、こめかみに鈍器が当たった。

 何が起こったのかも分からぬまま、視界が傾いていき、竜夫は道に倒れた。周りの声が耳に入る。

「救急車!救急車!」

「え!?あれTatsuoさんじゃないか?!!」

「なんで、あんな高いところからゲームキューブが降ってくんだよ?!、そもそも今日の大会はゲームキューブ使わないだろ!?」

「すげぇな、ゲームキューブは無傷だぞ」

「そんなこと言ってる場合か」

 視界はどんどん暗くなり、音も聞こえなくなっていく。

 死ぬのか、俺は…このまま。嫌だ、まだ死にたくない、ミントのリベンジを受けなきゃいけないし、まだ戦ってみたい奴は山ほどいる。まだまだスマブラは楽しみ足りないんだ。嫌だ…嫌だ…。

 そして、竜夫は完全に意識を失った。




 ”私の声が聞こえますか”

 聞こえる…誰だ、真っ暗で何も見えない、体の感覚もない

 ”私は女神です。今あなたの魂に直接話しかけています。あなたは死んだのです。”

 嫌だ!!死にたくない!!まだ死ぬわけにはいかないんだ!!

 ”残念ながらもう死んでいます。しかしながら、私はあなたのその強い感情に導かれ、今こうして話しています。同じ世界に生き返らせることはできませんが、記憶を残したまま、他の世界に転生させてあげましょう。そこで、あなたの魂が満たされることを願っております。”

 体も無いのに、自分がどこかに飛ばされているのを感じた。

 他の世界に…転生?異世界転生ってやつか?…‥いや待ってくれ!!、他の世界じゃ駄目なんだ、この世界じゃないと、スマブラはできないんだ!!!

 必死の願いも空しく、また意識が飛んだ。



 目を開けると、視界の中心に、いつもと変わらぬ青い空が見えた。

「なんだ!夢だったのか、そうだよな、異世界転生なんてあるわけが…」

 勢いよく体を起こした竜夫は、自分のことを興味津々な面持ちでのぞき込んでいる人々の顔を見て、ゾッとした。馬面だとかそういう次元を超えて、馬そのものの顔をした、二本足で立っている人。同じように犬の顔をした人。一見普通に見えるが、獣耳の生えた美人。竜夫は本当に異世界に転生してしまったのだと理解した。

「おいおい、兄ちゃん顔色悪いけど大丈夫かい?」

「あの兄ちゃんが、何もないところから急に現れたんだってよ」

「ほー、それじゃ、転生者様ってことかい、転生された直後なんて、俺は初めてこの目で見たよ」

「言い伝えじゃ、転生者に優しくすると幸運がやってくるんだろ?」

 周りで野次馬のように騒いでいる人々の様子からして、取って食われるというわけではないらしい。言葉も理解できるし、むしろ歓迎されてるようにも感じる。街並みも日本とそう変わらず、高度に発達した社会らしい。

 しかし、そんなことはどうでもいいのだ。生き返っただとか、それなりに生活できそうな世界観だとか、スマブラができないのであれば全て無意味だ。

 竜夫は座ったままうつむき、沸々と湧き上がる不満を、次第に声に出して呟き始めた。

「…いっそのこと、記憶なんて消してくれりゃ良かったんだ、スマブラを愛した日々の記憶が残ってるのに、今はスマブラができないなんて、それこそ俺に取っちゃ地獄じゃないか」

 その様子を見て、世話焼きな野次馬たちもどうしたものかと相談を始めた。

「なんだか、かなり落ち込んでるみたいだなー」

「転生者は、前の世界で満たされなかった人が来るって言うぜ、きっと何か前の世界に未練があったんだろ」

「そりゃあ辛いな」

 野次馬の中から、犬の顔をした男が竜夫の前にしゃがみこみ、地面に小さな三角錐の物体を置いた。

「兄ちゃんちょっとこれでも見てみなよ、元気でるぜ!」

 竜夫が浮かない表情のまま、ぼんやりとその様子を見つめていると、三角錐の物体から光が出て、何もない空中に動画が映し出された。ピエロのような恰好をした人がおどけて踊っている動画だった。

「ほら!おもしろいだろ?今大人気の芸人さんなんだぜ」

 どうやら元気づけようとして、動画を見せてくれたらしい。それにしても、先ほどは高度に発達した社会とは思ったが、空中に大画面で動画を映し出せる手のひらサイズの端末があるということは、現代の日本よりいくらか科学は先を行っているのかもしれない。

 一瞬、この端末があれば、いつでもどこでも大画面でスマブラができて便利だなと思ったが、肝心のスマブラが無いことに気づき、再び落ち込んだ。

 気を遣ってくれた犬顔の男に笑顔を返してやりたい気持ちはあったのだが、どう気持ちを盛り上げようとしても、スマブラがもう二度とできないという事実がちらついて、心は沈みゆくばかりだった。それほどまでに、竜夫にとってスマブラはかけがえのない存在なのだ。

 「あ!だぶ」

 馬面の男になんと返そうか迷っていると、竜夫の横を走り抜けようとした子豚の少年が転んだ。犬顔の男が手を差し伸べる。

「おいおい、ぼうや大丈夫かい?」

「だいじょうぶだぶ。ありがとうぶ。」

 語尾のぶ、というのは口癖なのだろう、産毛やつぶらな瞳と相まってとても可愛らしい。少年は立ち上がるとすぐにまた走っていった。

「そそっかしいぼっちゃんだな、ん?これは」

 犬顔の男が地面に落ちていたシルバー色の物を拾い上げた。子豚の少年が大きなショルダーバッグをかけていたから、落としてしまったのかもしれない。竜夫がその落とし物を注視すると、目を疑った。

「ちょっと!それ貸してください!!」

「お、おう」

 それまでろくに言葉を発しなかった竜夫が、急に立ち上がって大きな声を上げたので、犬の顔をした男は少し驚いた様子で、その落とし物を差し出した。

 …まさかこの世界にあるわけがない。あまりにスマブラを欲しているせいで、似たものを見間違えたに決まっている。

 ぬか喜びすることを恐れるように、そう心に言い聞かせながら、竜夫はそれを受け取った。しかし、それを両手で握った時の感触は、気の遠くなるような時間をかけて手に馴染んだものと相違なく、竜夫は瞬時に確信した。

「これは!GCコンだ!」

 GCコン(ゲームキューブコントローラー)は、スマブラー達がこよなく愛したコントローラーだ。その愛されようは、ゲーム機本体が変わった今でも、オフ大会での使用率が最も高いほどである。もちろん、生粋のスマブラ―である竜夫も愛用していたため、これを見間違えることなどありえない。

 竜夫が子豚の少年が走っていった方を見ると、彼の小さな後ろ姿がかろうじて見える。竜夫は即座にGCコンを片手に持ち換え、走り出した。

 「お、おい転生者さん?まだこの世界のこと何にも知らないんだろ?!あぶねえって」


 そうして、子豚の少年、竜夫、世話焼きな犬顔の男が間隔を空けて走り始めた。竜夫にとって、横目に流れる風景は全く目新しいものばかりで、普段なら見たこともない車や、建物、人種に目を奪われるのだろうが、今はまるで気にならなかった。ただ、スマブラへの手がかりを見失うまいと、子豚の少年の背中を見つめ、ひたすら足を動かした。

 百メートルほど走って、やっと声が届きそうな距離まで近づいた時、子豚の少年が公園のような場所に入った。

 竜夫もすかさず公園に入ると、そこはベンチとテーブルが置いてある広場だった。テーブルの上には先ほども見た三角錐の端末が置いてあり、空中にディスプレイが表示されている。まだ少し離れているので、ディスプレイで何を表示しているのかは分からないが、ディスプレイの周りには4~5人ほど集まっているようだ。

「みんな!少し遅れたぶ」

 子豚の少年が声をかけると、シマウマの顔をした男や、白猫の顔をした女が一斉に振り向いた。背格好からして竜夫と同年代程度の大人に見えるが、この世界でこの感覚が正しいのかはよくわからない。

「お、ハム五郎、遅いじゃないか、もう先に始めてたぜ…ところで、うしろの兄ちゃんは誰だ?」

 シマウマの顔をした男に言われて、子豚の少年がこちらを振り向く。

「ぶ?あ、さっき座り込んでいた人だぶ?それに、ぶーのコントローラー!」

 少年は慌てて自分の手提げ袋をのぞき込んだ。

「…もしかして、さっき転んだ時に、落としてたんだぶ?」

「ああ、その通りだ。」

 竜夫は少年のすぐそばまで駆け寄ってしゃがみこみ、コントローラーを手渡した。

「ありがとうございますぶ。わざわざ追いかけて届けてくれるなんて親切な人ぶ」

 少年は満開の笑顔でお礼を言った。

「それと、少し聞きたいことがあって─────」

 そう語りかけた時、竜夫は少年の肩越しに見えたディスプレイに目を奪われた。

「ぶ?」

 竜夫が口を開けたまま固まったので、不自然な沈黙に子豚の少年が首をかしげた。しばらくして、竜夫は突然立ち上がり、ディスプレイの方にふらふらと近寄った。

「…この画面中央に一の字が浮いているようなシンプルなステージ。赤い帽子のキャラクターにでかいゴリラ。極めつけは画面下のダメージ%表記…。これは、これは、まさしくスマブラじゃないか!!」

 ディスプレイに写った映像を見て、竜夫が驚きと感動の混ざった表情をしていると、隣にいたシマウマの顔をした男が口を開いた。

「お、おう…スマブラだけどよ、それがそんなに感動することか?」

 シマウマ男はいかにも訝しむような目線を向けたのだが、竜夫にはもはや何も聞こえていなかった。

「そうか、この世界にもあったのか…………良かった…」

 竜夫は再びスマブラに出会えたことを実感すると、温かい湯舟のような安堵感に包まれ、自然と言葉が出た。

 その様子を傍から見ていたシマウマ男は、小言で子豚の少年に耳打ちする。

「おいおい、ハム五郎、この兄ちゃん大丈夫かよ、なんかやべー薬やってんじゃないだろうな」

「ぶーも分からないぶ、さっきすれ違った時はもっと暗い感じだった気がするぶ」

 すると、先ほどの犬の顔をした男が公園に入ってきた。

「誤解しないでやってくれ、その人は、今さっきこの世界に来たばかりの転生者なんだ。何もないところから現れるのを見たから、間違いない」

 子豚の少年たちは、犬顔の男を見てその言葉に驚き、即座に竜夫を見た。

「転生者さんぶ!?すごいぶ、初めて見たぶ!」

「それも転生したばかりとはな、こりゃ縁起がいいや。」

 辺りの雰囲気が一変したので、竜夫も急に、柄にもなく感動していたことが恥ずかしくなった。

「そう、そうなんだ、転生したばかりで混乱しちゃって…。それと、そっちの人もありがとう、さっきから親切にしてくれて」

 竜夫は犬顔の人にお礼の言葉を言った。

「ああ、構わないよ」

 竜夫は少し落ち着こうと一度深呼吸すると、いろいろと不可解なことがあると気付き、シマウマ男たちに問いかけることにした。

「ええと、この世界にもスマブラがあるってことが、すごく不思議なんだが、あんたらここに集まってスマブラしてるってことは、スマブラ相当好きなんだろ?なにか知らないか?」

「どうしてって、結構前から当たり前のようにある大人気ゲームだからなあ。逆にあんたの元の世界にもスマブラがあるって聞いて、こっちがびっくりしてるくらいだぜ。シロネはなんか知ってるか?」

 シマウマ顔の男が、隣の白猫女に訊いた。

「そういえば、聞いたことがあるわ…。スマブラが作られたのは、昔、転生者からの熱い要望をゲーム会社が聞き入れたからだって」

 続けて犬男が口を開いた。

「俺はゲームについては詳しくないがちょっといいか?、そっちのシマウマ混じりさん達も転生者には珍しいイメージがあると思うが、世界全体で見れば月に数人の頻度で転生してきているらしい。もちろんこの広大な世界だから、それでも珍しいことには変わりないんだが、彼らはその後もこの世界で生活しているわけだし、そっちの世界の文化がこの世界で広まっていてもそれほど不自然ではないと思う。」

 竜夫は、何とも言えない、感慨深い気持ちになった。自分より前に来た転生者が、この世界にスマブラを広め、そのおかげで今自分がスマブラに再び出会えている。その巡り会わせと、先人の努力に、竜夫は深く感謝した。

「はっはっは、まあなんだっていいじゃねえか。大事なのは、あんたがスマブラだけが生きがいの筋金入りのスマブラーって事と、ここにはスマブラあるってことだ。どうだい、俺といっちょ1on1でスマブラやらねぇか?どうせその様子じゃ、早くスマブラやりたくてたまんないんだろ?」

 シマウマ男の提案を聞くと、竜夫の気分はガラリと変わり、対戦ができることに胸が躍った。

「ああ、よろしく頼むよ!」


 子豚の少年のコントローラーを借りると対戦準備を始めた。二人はディスプレイの前に並んで座り、その後ろで白猫女や子豚の少年、他の数人の彼らのスマブラ仲間は立って囲むようにして見ていた。1Pのシマウマ男がキャラクター選択画面を開く。

 「おお、キャラクターもたくさんいるな!」

 パッと見た感じだが、元の世界のスマブラと同じくらいのキャラクター数がいるようだ。しかし、キャラクターの姿形はかなり異なっているようだし、名前も違う。

 スマブラの顔と言ってもいい赤帽子のキャラは「レッドボーイ」という名前になっているし、大きなゴリラのキャラに至っては「ゴリラ」と何の捻りもないキャラ名になっていて、思わず笑ってしまった。

 よくよく考えてみれば、元々スマブラは人気ゲームのキャラを集めたオールスターゲームだ。元のゲームが無いこの世界において、配管工なんて設定や、複雑な固有名詞を沢山出しても、覚えづらいだけだろう。そう考えればこの安直な名前も覚えやすい気がする。

 言ってみれば、この世界のスマブラはキャラクターの魅力を差し引いて、ゲームシステムの魅力だけで普及したということになる。スマブラの面白さは竜夫の功績でもなんでもないが、自分の好きなものが他の世界でも認められている事がなんだか嬉しく、竜夫はにやにやと口元が緩んだ。

 竜夫たちが対戦準備を進めていると、野次馬として駆けつけてから、なにかと世話を焼いてくれていた犬顔の男が頃合いと思ったのか口を開いた。

「さて、そろそろ俺は帰るよ」

「あら、見ていかないの?」

隣に立っていた、白猫女が言った。

「うん、俺はスマブラやったこと無いから場違いな気がするし、転生者さんも、君たちがいればもう大丈夫だろ?」

「場違いだなんて…、スマブラなんてたかがゲームよ、そんなに敷居を上げないでもいいんじゃない?。まあ、そのたかがゲームのことで、この転生者さんは必死になっていたし、私たちもその気持ちが多少は理解できるくらいにのめり込んでいるわけだけどね。時間があるなら見ていったら?良かったら解説くらいするわよ」

 白猫女は妙に気品が漂った声でそう言った。犬男はその白く美しい毛並みの横顔に見惚れてしまった。

「じゃ、じゃあせっかくだから…」

「そう」

 短く、どこかそっけなくもある返事にさえ気品が漂っていて、犬男は一人生唾を飲んだ。

 

 竜夫がレッドボーイ、シマウマ男がゴリラを選ぶと、対戦が始まった。ステージは何の障害も、台もないシンプルなステージである終点、ルールはアイテム無しの3ストックマッチだ。

「最初1分くらい操作確認していいぜ、感覚が違うかもしれないからな」

「ありがとう、助かるよ」

 シマウマ男の厚意に甘えて、開始直後に試しに軽く動かしてみると、キャラクターの動き、技はほとんど前の世界と変わらないように感じた。これだけ転生直前の仕様と近い操作感なのは若干不可解だが、今はそんなことより、早く対戦を始めたい。

「待たせたな、始めようぜ!」

「おっしゃ!」

 2キャラは一斉に中央に向かって走り始め、竜夫のレッドボーイの空中キックが当たると、流れるようなコンボが始まった。

「おお、こんなに攻撃がつながるものなのか」

 犬男が感嘆していると、白猫女が口を開く。

「そうね、比較的レッドボーイってキャラはコンボが繋がりやすいキャラではあるわ、おまけにゴリラは体が大きいから。でもそんなことより、まずあなたに見てほしいのは画面下よ」

「下?」

「画面下のダメージ%表示、左側が1Pのゴリラのダメージ%、右側が2Pのレッドボーイのダメージ%。スマブラってゲームには他の格闘ゲームみたいに無くなったら負ける体力ゲージが無いの。その代わりにあるのがこのダメージ%。ダメージを受ければ受けるほど、この値は大きくなって、値が大きいほど攻撃を受けたときに大きくふっ飛ぶようになるわ」

「へえ、体力ゲージが無いのか、それでどうやったら勝ち負けが付くんだ?」

 後ろで話をしている間に、竜夫の攻撃は反撃の隙を与えることなく、瞬く間にヒットしていき、ゴリラのダメージ%は一気に100%ほどになった。すると、レッドボーイが爆発を伴うパンチをして、ゴリラは勢いよく画面外に吹っ飛んだ。ギャラリーたちが「おお」とか「やるな」と声を上げる。

「今みたいに、大技を当てて画面外に吹っ飛ばすの、ゴリラが画面外に消えたら、ゴリラのストック数が3から2になったでしょ?あのストック数が0になったら負けよ。」

 画面中央からダメージ0%のゴリラが新しく現れるが、ゴリラの2ストック目が始まっても、一方的にレッドボーイの攻撃が当たる。レッドボーイはまだほとんど攻撃を食らっていない。

「それにしてもいきなり差がついたわね、ここから逆転するには、ゴリラは復帰阻止とか決めたいところかしら」

「復帰阻止?」

白猫女は犬男に視線だけ動かして、またすぐにディスプレイを見た。

「そう、でもまずは復帰の説明からね。画面外に出せば勝ちってルールにおいて、足場の外側はとても危険よ。足場の端、いわゆる崖端にうまく掴まれればいいけど、失敗すれば即1ストック失うわ」

 ゴリラが腕でなぎ払う攻撃を当て、レッドボーイは足場の外側に出された。空中ジャンプから、上昇技を使って崖に掴まる。

「だから、今みたいに空中ジャンプや、各キャラ異なる上昇技を使ってどうにか足場に戻るの、これを復帰って言うわ」

 今度はレッドボーイがゴリラを掴んで外側に投げた。ゴリラは空中でジャンプをして足場に戻ろうとする。

「今、ゴリラは空中ジャンプを使ったわね、空中ジャンプを使える数はキャラごとに決まっていて、ゴリラもレッドボーイも1回、この回数は着地しない限り回復しないわ、だから、このタイミングで攻撃を受けると─────」

 すかさず竜夫のレッドボーイはステージ外に出ていき、足場の外側でゴリラに蹴りを当てた。するとゴリラは少しだけステージから斜め下に離される。

「──────ゴリラはもう空中ジャンプが使えないから、あとは上昇技を使うしかないわ、でもゴリラの上昇技の移動距離だと────」

 ゴリラはぐるぐると周りながら上昇する技を使ったが、崖端の一歩手前で失速し、ゆっくりと落ちていく。

「―――——届かない、こんな風に相手の復帰を邪魔することを復帰阻止って言うの、ストックに直結するだけに、復帰と復帰阻止の攻防はスマブラの醍醐味と言ってもいいわね」

 ゴリラが落ちていったところから、「ズドーン」という音と共に衝撃波のようなエフェクトがでて、ストックが1減る。

「それにしても、また随分と説明しやすいタイミングで、復帰阻止されてくれたわねゼブラオ。これだけ差がつくと、そろそろ勝つのは厳しいんじゃない?」

「うるせぇぞシロネ!こっからメテオ3連発で逆転すっから黙ってろ!」

 シマウマ男をからかって、白猫女はくすくすと笑った。

「メテオって?」

犬男が問いかける。

「ん?メテオも復帰阻止の一種よ、足場の外側で真下に向かって吹っ飛ばすの。低%から撃墜可能で強力だけど、できる技も決まってるし、なかなか決まらないんだけどね」

 その瞬間、レッドボーイが空中で拳を振り下ろすと、画面内の時が止まった。

「え…?」

 白猫女の困惑が口から漏れ出ると、時は再び動き出し、ゴリラは隕石のごとく、勢いよく真下にふっ飛んでそのまま撃墜された。竜夫のメテオが決まったのだ。これでゴリラの残りストックはゼロ、竜夫の勝利だ。

「うっそ…」

 白猫女はあまりに鮮やかな動きに、しばらくぽかんとしていた。


 勝負の最中、竜夫はスマブラができる喜びをかつてないほど実感していた。左スティックを弾くたびに、幸福感が体の奥底から湧き上がるようだった。

 異世界であることや、後ろでギャラリーが見ていること、対戦相手のことまで忘れ、ただ気の向くままにキャラクターを動かしていると、気づけば勝負がついていた。

 勝った瞬間、ギャラリーが大いに沸いて、竜夫の周りを取り囲んだ。そこで竜夫は夢から覚めたかのように、自分の周りの状況を把握した。

「すごいぶ!とっても強いぶ!」

「ああ、ゼブラオもそこそこ強いはずなのに、3たてとはな、あんたすげぇよ!」

「俺は今初めてスマブラ見たけど、なんかすげぇ興奮した!」

 続けざまにシマウマ顔の男が悔しがる唸るような声が聞こえて、隣を見る。

「くぅ~、まさかメテオまで決められるとはな、くっそ悔しいぜ!もう一回だ、次は負けねえぞ」

「だめだよ、転生者の兄ちゃん今度は俺とやろうぜ」

 続けて周りの人々が次は自分と対戦しようと口々に言った。竜夫の胸が熱くなる。

 俺は今、なんてもったいないことをしたんだろう…。今の対戦、俺は目の前のディスプレイとコントローラーばかりに夢中になっていた。俺の知らない事ばかりのこの世界で、スマブラだけは前の世界と同じことが嬉しくて…。

 でもそうじゃない、同じなのはスマブラだけじゃないんだ。いいプレイが出たら一緒に熱くなって歓声を上げるギャラリー。負けが悔しくてリベンジするプレイヤー。強い奴と対戦してみたいってギラギラした目のプレイヤー達。同じなのはスマブラって名前とゲームシステムだけじゃない。スマブラが好きでたまらないって気持ちは、スマブラーの魂は、異世界だろうと変わらないんだ!!

 竜夫は熱い思いを胸に抱えたまま、笑顔で叫んだ。

「おっしゃあ!!片っ端からかかってこい!!」




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