第9話

「こんな朝っぱらから、一体誰よ」

「お嬢さまの婚約者です」

「はぁ? なんであの人がこんな時間に」

「私に聞かれても困ります。とにかく早くお着替えになって、サロンの方にお越しください」

「……いやよ、今は会いたくないわ。適当に理由をつけて追い返して」

「プレゼントを持ってきたそうです」

「いらないからお返しして」

「どうしても受け取っていただきたいそうです」

「どうしても受け取りたくないって突き返して」

「せめてちゃんと見た上で突き返してほしいそうです」

「ああもう、仕方ないわねえ!」


 ユリアが不承不承起き上がると、侍女はブルーのリボンがかけられた「それ」をユリアに手渡した。そして目を丸くするユリアに対し、「あの方にしては変なプレゼントですね」と私見を述べた。



 ユリアが慌ててサロンに入ると、アンドリューはほっとした笑顔を浮かべて立ち上がった。


「お早うユリア、朝早くから悪かったね」

「お早うございます……なんで貴方がこれを持ってるんですか?」


 ユリアが挨拶もそこそこに古ぼけた鏡を差し出すと、アンドリューは軽く肩をすくめた。


「骨董屋で買ったからだよ。前に話したと思うけど」

「そんな……それじゃ貴方は本当に鏡の男性なの?」

「そうだ。婚約者に好かれたくて、君に色々アドバイスしてもらってた情けない男だよ」

「だけど、どうして……貴方はアリスが好きなんでしょう?」

「誤解だよ。彼女は友人の奥方で、それ以上でも以下でもない」

「すごく楽しそうに話してたわ」

「だから誤解だ。彼女が相手だからってわけじゃなく、俺は本来ああいうお喋りな男なんだよ。君の前ではあまり喋らないでしかめっ面をしていたのは、君は無口でクールな人が好きだって聞いたから、格好をつけていただけなんだ」

「そんなこと、いったい誰から聞いたのよ」

「決まってるだろう、アンダーソン夫人だよ」

「アリスに?」

「ああ、君の好みがわからないから、君の親友である彼女にアドバイスを頼んだんだよ。好きなアクセサリーとか、男性のタイプとか、色々ね」


 そういえば鏡の中の男性は「彼女の親友にアドバイスしてもらって、彼女の好みに合わせた品を用意した」と言っていた。


「それじゃ前にピンクで可愛らしい品を贈ってきたのは」

「ああ、それが君の好みだと夫人が言っていたからだ」

「いつもファーストダンスしか踊らなかったのは」

「君がダンス嫌いだと夫人が言っていたからだ」

「レストランで私の希望を聞かずに注文したのも」

「いや、それは別の男友達のアドバイスだ」

「あ、そうなのね」


 彼には残念な男友達がいるらしい。


「なあユリア、俺はルイスの結婚披露パーティで初めて君を見かけて、可愛いなって思ったんだ。第一印象はきりっとした感じだったのに、笑うとふっと柔らかくなるギャップがとても魅力的で……この女性と一緒にいたいと思って、婚約を申し込んだんだよ。それでその……その鏡を受け取ってもらえないだろうか」

「この鏡を?」

「ああ、君は以前、古ぼけた鏡なんか贈って許されるのは家族くらいだって言ってたろう? 俺は君とそういう関係になりたいんだ。変な物を贈っても、仕方ないわねって笑い合えるような、そんな気の置けない関係に」


 アンドリューの言葉に、ユリアは泣き笑いのような表情を浮かべた。


「……分かったわ。こんなもの二枚ももらってどうするのよ! って言いたいところだけど、貴方がくれるんなら仕方ないわね」


 ユリアは鏡を胸に抱きしめて、「今までで一番素敵なプレゼントだわ」と小さな声で呟いた。アンドリューはその上から、ユリアを優しく抱擁した。

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