第七回:多治見一族の最期・中編
恐らく頼貞はもうこの世の人ではあるまい。無理な頼み事をしたばかりに、事は破れ盟友も死なせたことになる。
(すまぬ、頼貞……。詫びはあの世でさせてもらう……)
刮目するや、国長は皆の者出合えいと大音声で下知した。
館の者たちが間近に迫りつつある血戦に向けて準備に追われるなか、小笠原孫六はただ一人先陣を切っていた。
門を破って侵入しようとした者たちは、彼の射る矢が命中して悲鳴を上げて倒れていく。
一本、また一本と次々と繰り出される矢は、過たず敵の鎧を射抜いてその命を奪っていく。
館の周囲は蟻の大群が群がったのかと見紛うほど、人の波が押し寄せている。
数百、あるいは数千と思われる大敵を前に、弓引く手がほんの僅かでも震えを帯びない。
その一点だけを取っても、孫六は呆れるほどの胆力の持ち主といえる。
とはいえ、二十四本用意した矢が減っていくに従い、来たるべき時が迫ってくるのを自覚せずにはいられない。
顎で弓の弦と矢を押さえながら、箙(えびら)に手を伸ばした孫六は既に種切れとわかり苦笑した。
強く引き絞り、今にも放たれるはずだった一本を手に収めるや、
「冥土の旅も、不用心であってはならぬからのう……」
一人ごちて腰に差すや、箙をそのまま投げ捨てた。ほんの一瞬、その間だけ不気味なほど静まり返った。
彼らから見れば、櫓から那須与一の生まれ変わりかと思えるほど必殺必中の矢を浴びせてくる孫六は、仁王よりも恐ろしく見えたのではないか。
それでも、もはや射かけるべきものを持たぬので勢いづいてきた六波羅勢に向かいこの男は睥睨しながら高らかに叫んだ。
「六波羅の者共よう聞けいっ!我こそは、多治見家にその人ありといわれた小笠原孫六なるぞ!
お主らを滅ぼさんと正義の謀(はかりごと)をしたが、事破れて自害いたす!
日本一の剛の者の死にざま、とくとよう見て後々の語り草にせよっ!」
微かに男は、顔をほころばせたように見えた。先陣にいた一人がそう語ったことは同僚にはなかなか信じてもらえなかった。
瞬きをする、ほんの僅かな間だった。
太刀を抜いた孫六が腹を切るのかと見上げていた者たちは、すぐに切っ先を口にくわえたことであっと短い叫びを洩らした。
何をすると思う間もなく、宙を飛んだ武士は彼らめがけて真っ逆さまに落ちていった。
後頭部を貫いた切っ先の鋭さと遺体のむごたらしさに、思わず何人かが目をそむけた。
敬意を表してであろうか。小さく念仏を唱える者さえいた。
六波羅勢が孫六の最期にしばし釘付けになるなか、甲冑で身を固め万全の態勢となった国長以下多治見一族郎党を加えた二十余人は、庭先で敵の侵入を今や遅しと待ち構えていた。
たった一人の武士の死にざまに毒気を抜かれたのだろう。
この先どのような命知らずがいるやも知れずと、六波羅勢は門前から先へ踏み出せないでいた。
次回、後編に続く。
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尊氏謀叛ー江戸版太平記ー 江戸嚴求(ごんぐ) @edo-gon
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