第六回:多治見一族の最期・前編
乱入した際、頼貞は起きた直後とみえ髪を結っていたところであった。
「土岐伯耆(ほうきの)十郎頼貞だな。
鎌倉に他向かおうとしたそなたらの企て、もはや露見したぞ!おとなしく縛につくか、武士らしく刃を交えるか、いざ!」
山本時綱の弁に、一瞬顔が蒼白となったが望む所と叫ぶや、頼貞は刀架(かたなかけ)の太刀を取るや鯉口を切り横へと一閃させた。
敵わじとばかりに庭へと逃げる時綱を追う頼貞であったが、後からやってきた軍勢が木戸口を叩き壊すように乱入してきた。
不意を突かれ、土岐家の若侍が次々と討たれる中もはやこれまでと覚悟したのだろう。
寝所へと戻るや頼貞は、横へ一文字に更に縦へと刃を腹に突き立てて倒れた。
「謀叛人の首討ち取った!」
どこかで様子でも窺っていたのだろうか。鎧(よろい)をきしませながら、山本時綱が大股で近づいてくる。
激痛で意識にしびれをもよおす中、息も絶え絶えな頼貞は肩を足で踏みつけられた。
うめいたのも束の間、振り下された太刀が決着をつけた。
同じ頃、多治見家も六波羅の軍勢に取り囲まれていた。
「何事ぞっ!誰ぞ、物見をしてまいれ!」
昨夜の酒で酔いつぶれていた当主四郎二郎国長は、外からのわめき声の如き騒がしさにさすがに只事ではないと思った。
彼が指図するより早く、そばで寝ていた遊女が枕元にあった鎧やらてきぱきと着せかけていく。
殿!と、鋭い叫びと共に家臣が一人駆けるように入ってきた。名を小笠原孫六という。
片膝を立てて顔を上げたこの者の右腕には、既に血塗られた太刀が握り締められていた。
六波羅の軍勢です。まさかと目を見開く主へ追い打ちをかけるように、
「先頭の旗印に見覚えがあります。小串家のものでした。六波羅の手の者に間違いございませぬ」
「さようか……。皆に呼びかけ、存分に戦うよう触れて回れ。よいか、名こそ惜しめと下知せよ!」
「はっ!」
瞑目したまま遠ざかる足音を聞いていた国長は、血がにじむほどに下唇を噛み締めた。
土岐頼員が裏切ったのだな。六波羅の手勢がと聞いた瞬間、あの気弱そうな男の顔が真っ先に脳裏に浮かんだ。
「同門の悪口を言いたくはないが、あの者を計画に加えるのはどうかと思う……」
六波羅の情報を得るうえで役に立つかも知れぬ。お主に誘われれば、頼員もむげには断れまい。
国長の言葉に、土岐頼貞は渋い顔でうめいた。あの者は生来決断力に欠ける面があり、いざとなれば妻への情愛に捕らわれてしまうのではないか。
そうつぶやき、なかなか首を縦に振らない頼貞を説き伏せてかの者も密謀の一員に加えたのだ。
良からぬことにならなければいいが。盟友のため息まじりの一言が不幸にも的中したことになる。
次回、中編に続く。
※先週は配信を休んでしまい、申し訳ありませんでした。
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