第五回:六波羅急襲
土岐頼員(よりかず)という男もつくづく間が悪いといえる。
気の利いた者であれば、いやいやすまなんだ。もう二度と致さぬ。土下座の一つでもしてその場を取りなしたであろう。
今夜という今夜こそは、何もかも包み隠さずおっしゃってくださいませ。
涙ながらの妻の一言に、うるさいと浴びせて逃げようとしたからたまらない。
「ならば今宵限りで私を離縁してくださいませ!もはや、これ以上の屈辱には耐えられませぬ……」
顔を覆い泣き崩れた。この場合、男はいつの時代でも途方に暮れるしかなく、これをうまく切り抜けられる御仁がいたら筆者は是非ともご教授願いたいくらいだ。
多治見国長にうまうまとはめられたという不満も渦巻いてであろう。決して他言致すなと妻の肩を叩きながらすべてを打ち明けた。
古典太平記では、頼員のこの行動を浅ましく情けない限りとばかりに批判しているが、元々そのような男を国家転覆の大事に引き込んだほうも見る目がない。
秘事を知らされた女房にしても平静ではいられない。せめて我が夫だけは助かるようにはできぬか。
浅はかであろうともそう思うのが人情であり、事実彼女はその通りにした。
夫には内緒で参りました。明け方に娘が沈鬱な表情で訪ねてくれば父親ならずとも心配になってくる。
更に朝廷に倒幕の計画があり、頼員も心ならずもその一味に加わっている。半狂乱の娘の話に斎藤利行は二度驚いた。
事が事だけに単なるたわ言と片づけられない。早速使者を送って娘婿を呼び寄せて詰問した。
女房一人すら御しきれない男だ。
事と次第によっては只ではおかんといわんばかりの義父のさまに、頼員は恥も外聞もなくうろたえてすべてを暴露した。
「元を正せば、今回のことは同族の土岐頼貞、多治見四郎二郎(国長)にそそのかされて心ならずも加わったもの。
私には、鎌倉に刃向かおうという気持ちはゆめゆめございません。
どうか、どうか……お義父(ちち)上のお力でお慈悲の程を……」
うなだれて涙までこぼすさまに、我が婿ながら情けないと苦々しくも思ったが己の命運も懸かっているだけに利行に迷っている暇はなかった。
事の次第を知らせるため六波羅殿へと急いだ。
奉行の一人である斎藤利行の報告に、すぐさま鎌倉へ早馬を走らせ六波羅には京内外の武士が集結した。
翌朝、正中元(一三二四)年九月十九日午前六時、三千余騎の手勢が集められ土岐頼貞、多治見国長邸へ向かうことになった。
が、さすがに大軍の気配を先方に気づかれるのを恐れたのだろう。
土岐邸へ向かっていたほうの大将山本九郎時綱は、軍の大半を三条河原に留めて己一騎と中間の者二人に長刀(なぎなた)を持たせて急いだ。
隠密に事を進めていたせいもあろう。土岐邸では宿直の侍たちが油断しきって高いびきで寝ていた。時綱は一気に頼貞の寝所へと踏み込んだ。
次回、「多治見一族の最期:前編」に続く。
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